『初めてのカクテル』(オトナの恋愛ラジオドラマ・イシダカクテル_2022年8月23日オンエア分ラジオドラマ原稿)

洗い立ての白いシャツを着て中洲を歩いていると少し大人になった気分になる。

博多湾に沈み始めた太陽の代わりに、ネオンのあかりが灯り始めている。
そして僕は、少し重たいレストランの扉を開いた。

店員「ご予約のお客様ですか?」
男「実は、30分ほど早く着いてしまって」
店員「かしこまりました、ではこちらにどうぞ」

と言って店員さんに案内されたのはテーブル席ではなく、
お店の手前に設けられたバーカウンター席だった。

女の子との初デート。
緊張し過ぎた僕は待ち合わせの場所に1時間も早く着いた。
中洲をぶらぶら歩き時間を潰すこともできなくなった僕は30分も前にお店に到着したのだった。

店員「何か飲まれますか?」

はからずも座った咳は初めてのバーカウンターだった。
僕はカクテルなんて飲んだこともなければ、ましてや頼んだこともなかった。
とりあえずビールで、と言える空間ではなかった。

男「えーとじゃあ、食前酒を」

何とか知っていた知識、食前酒という言葉が出てきた自分を褒めてやりたかった。
少しして店員さんは氷の入った赤褐色のいかにもカクテルなグラスを僕の前に出してこう言った。

店員「ネグローニです」
男「ネグローニ?」

初めて聞いた名前のカクテルだった。

店員「カンパリにベルモット、ドライジンを合わせたカクテルです。スライスしたオレンジを合わせてあります」

そして僕は初めてネグローニを飲んだ。

男「おいしい」
店員「ありがとうございます。日本ではあまり知られてませんが、ネグローニは世界でもっとも飲まれているカクテルなんです。ベルモットの深い甘さがドライジンの辛さやカンパリのほろ苦さを和らげてくれます。ほんのり甘くてちょっとビターな大人のカクテル、それがネグローニなんです」

それから僕はこの店員さんにお酒のことをたくさん教えてもらった。
イタリア生まれのこのカクテルはネグローニ伯爵の名前から付けられたこと、
マティーニのオリーブはいつ食べても良いが少し浸しておけば味や油が出てるので途中で食べるのがベターだということ、
フローズン系のカクテルに2本のストローがついてくるが、その2本で飲むと飲みやすいということ、
そしてこのレストランにバーが併設してあるのは、早く着いた僕のような客が相手が来るのを待つ間のウェイテンバーだから、ということ。

ネグローニを飲み終えた僕はほんの少し大人になれた気がした。
待ち合わせの時間を少し過ぎたとき扉を開けて彼女が入ってきた。

女「ごめんね、お待たせしちゃって」

それから僕は彼女との初めての食事デートを楽しんだ。
ネグローニのおかげで緊張は解け、根拠のない自信と少しの余裕も持てていた。
だから彼女を楽しませる会話もできたし、食事に合わせたワインを頼むなんてこともできた。
そして食事を終えた僕は彼女にある提案をした。

男「ねえ、このあとバーに行かない?」
女「あー行きたい。あ、すぐ近くによく行くバーがあるんだ」

彼女のその言葉で、僕はまた緊張し始めたのだった。


おしまい


※こちらの小説は2022年8月23日放送(21:00~21:30)
LOVE FM こちヨロ(こちらヨーロッパ企画福岡支部)でラジオドラマとしてオンエア

作:Gota Ishida

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