短編小説を書き始める(2)

 仮題「混沌」という短編小説、あえて言えばSFに分類されるようなものを書き始めている。(1)で、小説を書き始めた経緯とさわりの部分について投稿したが、今回、前段の部分まで書き終えたので投稿する。
 前回もお断りしたが、タイトルも本文も今後修正する可能性があり、あくまで途中経過の参考程度ではある。それでも、皆さんに興味を持って読んでいただけたらありがたい。

「混沌」

 スマホのアラームが鳴った。安井孝雄は飛び起き 、慌ててスマホの画面を見た。6時30分。「あっ、そうだ今日は休みだ」と独り言を言いながら、孝雄はそのままぼんやり画面を眺めていた。今どき通常の祝日であれば自動的にアラームは切り替わるのだが、今日は急きょ本社勤務者のみに休暇が与えられた日だった。それでついついアラームを設定しなおすのを忘れていた。「もう一度起きてしまったし、そのまま起きてしまうかぁ」とぶつぶつ独り言を言いながら、孝雄はベットから抜け出した。
 今日は2054年1月20日。ほんの少し前に新年を迎えたと思っていたのだが、もう数週間も経ってしまっている。時がたつのは早いものだと言うが、本当にその通りだ。ついこの間2050年が終わり、さあ21世紀もいよいよ後半に突入かと思ったような気がするのだが。それからあっという間に3年以上もたってしまった。そういえば2051年のニューイヤーは大々的なイベントがあったように思うが、そんなことももうとっくに忘れている。
 21世紀が始まった頃のことは知らないが、どうだったのだろうか。20世紀生まれの会社の古参にでも聞いてみれば、頼まなくてもいろいろ話してくれそうだが、相手にするのも面倒だ。いったい、その後の半世紀で何かが変わったのか。少なくともその前の半世紀から比べれば、確かに大きく変わったのだろう。それにより世界がより希望に満ちたものなったかどうかはわからないが。
 ITの世界で言えば、ここ数十年の進歩は目覚ましい。AIは人間を超えたと言われて久しいが、確かにそうなのだろう。しかし、所詮、機械は機械だ。今や人間そのものをITに繋げる方向に、ここ10年くらい急速に舵が切られるようになった。孝雄はそういう時代の最先端をいく企業に勤めている。
 現代はとにかく生み出される情報が膨大になってきた。それと同時にフェイク情報もそれ以上に増えていった。多くのフェイク情報がまん延し、様々な問題も引き起こしたものの、それを防ごうとする技術も開発された。それよりも、多くの人たちがそういう状況を認識できるようになり、リテラシーが向上してきたこともある。しかし、そのためには今まで以上の情報処理を余儀なくされるようになってきた。多くの人はAIを頼りにし、膨大な情報処理を任せてきたが、それよりも自分の脳の記憶容量を拡大して「自分で」処理したいというニーズがでてくるのは、ある意味必然であった。
 孝雄の会社ではそういうニーズをいち早く取り込み、埋め込み用のチップの開発は5年くらい前にはすでに終えていた。しかし、チップを埋め込んで脳の記憶容量を拡大するというのは倫理的な面から社会的抵抗も大きかった。しかし、ここにきてやっと解禁に至り、現在では一般的に普及しているとは言えないものの、それでも少なくない人々が利用しているような状況になってきた。もっとも孝雄自身は、社内開発のための実験台にすすんでなり、かなり前からその恩恵を受けているので、やっと時代が追いついてきたくらいの気持ちでいる。そんな彼だが、いよいよチップの埋め込みが解禁となる、多分1年半くらい前だろうか、同僚とかわした会話を思い出していた。 
「孝雄、元気かい。チップ、いや頭の調子はどうだい?」
「全然問題ないよ。快適そのものだ亅
「そうだよな。より多く記憶できるようになって、悪いことなどないよな亅
「確かにそうだ。なんというか、扱う情報量が増えると、脳がそれをカバーしようと、より活発になるような気がする。ドーピングみたいなものかね」
「頭の細胞なんて、ほとんど使ってないという話もあるし、問題無いんじゃないの?」
「まあねえ。でも流石にちょっと疲れる時もあるけどね。まあ、激しい運動すれば疲れるのと本質的には同じだと思うけどね」
「確かに。ところで、おれたちは実験用としてけっこう使いこなしてきたけど、やっと解禁になるらしいね」
「ああ、上の方が相当管轄の役所とかいろいろ交渉してたらしいのは聞いていたけど」
「まあ、良かったよな。なんかやばいものならともかく、オレなんか純粋にもっと早く解禁してほしいと思ってたから」
「そうだよな。まあでも、理由はよく知らないけど、社内でも途中でやめたのもいるし。何事もうまく付き合うのが大事なんじゃないの」 
「まあね。付き合うと聞いて思い出したけど、須藤さんは元気かい」
「ああ、真弓ね。まあ、ぼちぼちだよ。だって、付き合い始めたばかりだぜ」
「そうだな。そういえば、彼女もチップは埋め込んでいたよな」
「ああ。もともとは仕事仲間だったし」
「そうだよな。まあ、彼女にもよろしく言っといて。じゃあまた」
 孝雄には同じ会社に付き合って2年になる須藤真弓という恋人がいる。付き合い始めた時は同じ勤務地だったが、その後彼女が、実家の両親のこともあって名古屋支社に異動となり、今は遠距離恋愛になってしまった。普段簡単に会うことができないのは、二人にとって寂しいことではある。もっとも遠距離恋愛と言っても、 新幹線を使えば3時間程度である。しかも同じ会社で、週末にあわせて真弓が東京本社に出張してくることもあり、なんだかんだ二人でうまくやっている。
 会社の方では、孝雄は次の大きなプロジェクトに絡んでいた。それは埋め込んだチップ同士を通信するというものだ。脳の記憶容量の拡大のために埋め込まれたチップなら、次はそのチップ同士を通信したいという方向になるのは必然だ。実はそのあたりは会社の方でも最初から考えていて、チップ本体にはすでにその機能はもっており、今はそれを封印したような状況になっている。そして、この技術についてもほぼ完成の域まで来ているようだが、やはりこれも倫理的な課題が大きいようだ。
 一方、ネット上ではさまざまな情報交換がされており、まだ発表もされていな通信機能について、憶測情報が溢れている。そして、いわゆる闇サイトの中には、通信機能をハッキングして通信に成功したと触れ込むサイトが登場していた。孝雄はずっと気になっていて、最近はかなり突っ込んで調べていたのだが、提供されているアプリはちゃんとしたもののようであった。
 なかなか仕事が頭から抜けない孝雄であったが、今日はとにもかくにも起きてしまったので、まず簡単に朝食をとった。そして、歯を磨きながら、さて今日はどうするものかと、考えていたのだが、ある考えが浮かんだ。今日は本社しか休みではないので真弓は出勤しているはずだがと思いながらも、彼女にちょっとメッセージを送ってみた。
「おはよう。今日は仕事だよね」
「何、朝からどうしたの」
「 いや 今日、本社は休みなんだよね。それで、ちょっと君のとこに行こうかなと思ったんだけど」
「そうなの。今日は定時に仕事が終わるから、夕方なら大丈夫よ」
「そうか。じゃあ5時に、会社近くのいつものカフェで会おうか。ちょっと試してみたいことがあるんだけど、直接話をした方がいいかなと思って」
「何なの、まあ今ちょっと忙しいから、あとでゆっくり聞くわ」
「はい。それじゃあ、また後で」
 孝雄は早速新幹線の予約を済ませ、そしてパソコンに向かい準備作業をした。それでもまだ時間が余ったので、車の洗車で時間を潰した。そういえば彼女とどこかにドライブにでも行こうかなどと話もしたが、すっかり忘れていた。しかし、今の彼の頭の中はそんなことを考える余裕もなかった。そして、昼頃に彼女のところに向かった。
 孝雄は早めにカフェに着き、しばらく待っていると真弓がやってきた。3か月ぶりに見る彼女は、以前より落ち着いた感じに見えた。
「 久しぶり。なんかちょっと雰囲気変わったね」
「 そう?ちょっと髪の毛を伸ばしているからかも」
「そうなんだ」
「あなたも元気そうね。仕事は順調に行ってる?」
「まあ、特に変わりなしだよ。それで…」
 孝雄は、来る前に、脳のチップの通信機能をハッキングしたというサイトを再確認し、そしてアプリはダウンロードしていた。孝雄は真弓に協力を求め、それを確かめたいと思ったのだった。二人はすでにチップは埋め込まれているので、スマホのアプリを操作することで通信は可能になる。しかし、そのためには彼女が合意してもらう必要がある。孝雄は真弓の顔を伺いながら、話を切り出した。
「ちょっと相談があるんだけど」
「なあに、また急に」
「君もチップを埋め込んでいるし、今は支社勤務とはいえうちの会社にいるから知っているだろうけど、チップを通信でつなぐという話は知っているだろう」
「ああ、でもあれはまだまだ開発中なんでしょう」
「まあね。でもプロテクトはずして通信に成功したというサイトのアプリをダウンロードした」
「ふ~ん」
「端的に言えば、我々二人でつないで、テストしてみないか、という相談なんだ」
「でも、これは会社の開発中のものではないということね?」
「そう、もちろん会社の方は、今はごく限られた人間で開発を進めている状況だし、そういうものを勝手に使うことはできない。だからあえてネット上に出回っているものを手に入れた」
 孝雄はそう言いながら真弓が断らなければいいがと慎重に話をしたのだが、真弓はむしろ彼よりも積極的だった。
「まあ、そんなこと気にしていたら、何もできないわよね。おもしろそうだから、やってみましょうか」
「そうか。協力してくれる?これからやろうとしていることは他社製品調査みたいなものだから、万が一会社にばれても、そうそう怒られることはないとは思うけど」
「またぁ、すぐそういう言い訳を考えるのね。そういうあなたの冒険心がないところはちょっときらいよ」
 孝雄はちょっとむっとした。彼はいわゆる裕福な家庭の出で、あえてリスクを取るようなことをしなくても人生を順調に歩んでこれた。だから冒険的なことはしない習性になってしまっている。それを彼自身もわかっていて、どこか引け目を感じているのだが、やはり他人から指摘されると気分が悪い。もっともそれを知ってて、真弓は孝雄をからかっているのだった。
 もっとも孝雄はすぐ気を取り直し、平静を装った顔で話を続けた。
「はいはい。でも、さすがに何が起きるかわからないし、まずは次の週末休みの時にテストすることにしよう。それまでにアプリはインストールしておいてくれればいい」
「そうね、わかったわ」
 孝雄はもう実験の事にすっかり心が奪われていた。明日は仕事があるし遠方なので今日はこれで帰る、と真弓に言い残し、そうそうに帰ってしまった。せっかく会って、一緒に食事すらしないで帰る孝雄にあきれる真弓であったが、相変わらずねと思いながら、怒りもせず孝雄を見送った。そして、何よりも彼女もまた、この実験が楽しみであり、孝雄が見つけたサイトを彼女自身もすぐ見てみたいと思った。

(続く)


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