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ぼくとしんたろう。

夢を見る。

それも毎日。

夢では、僕は僕ではなく、「しんちゃん」と呼ばれる男の人になっている。

どうやらしんちゃんは、しんたろうという名前の高校生のようだ。

毎日同じ夢を見るというわけではなく、

ある日は、なんてことない、しんたろうが家族と過ごすだけの夢。

ある日は、なんてことない、しんたろうが友人達と過ごすだけの夢。

ある日は、なんてことない、しんたろうが恋人と一緒に学校から帰るだけの夢。

しんたろうは多くの人に愛され、しんちゃんという愛称で呼ばれ、「僕」とは正反対の人間。


そして今日もまた、夢を見た。

なんてことない、しんたろうが、トラックに轢かれるだけの夢。


夢を見るようになったのは、いつ頃からだっただろうか。

物心ついた時には、しんたろうの夢を見ていた気がする。

きっと、それ以前から、僕は夢でしんたろうになっていたんだろう。


顔は知らない。

夢では、僕がしんたろうなのだから。

夢の中で、鏡を見るような場面はいくつかあった。

けれど、夢から覚めると、覚えていない。


ずっとしんたろうと一緒だったから、なぜその夢を見続けるのか、意味を考えたことは無かった。


今僕は、涙を流している。

動悸も激しく、布団で横になっているにも関わらず、まるで運動をしていたかのように全身が汗だくだ。


ずっと一緒だったしんたろうが、死んだ。

もちろん、夢の中の出来事だ。


ただ、ようやく、分かったことがある。


しんたろうは、実在する人物だ。

いや、実在していた、か。


そして気になることがひとつある。


夢で見る場所は、僕が住むこの楠木町だということ。


僕は小学六年、12歳。

しんたろうは、高二の誕生日を迎える前、16歳で死んだ。



今晩からしんたろうの夢は、見ないだろう。

そんな予感がする、と同時に、


僕はしんたろうが本当に実在していたのか、確かめなければならない、そんな気がした。


長い夢を、しんたろうの人生を、僕がそれを見ていた「意味」を、探してみようと。


そう思い、僕は布団から起き上がった。





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