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陰謀論が生まれる心理的背景を解説します

あなたは、2001年の9月11日に起きたアメリカの同時多発テロはアメリカ政府の陰謀だと思いますか?このテロは、アメリカ政府がイラクとアフガニスタンで戦争を始めるための口実を作るための、自作自演だと思いますか? 少しでもあなたがそう思うなら、その信念が形成された背景には、どのような心理的要素が絡んでいるのだろう?

今回は、一般的に陰謀論が生まれる原因について、進化心理学的なアプローチからの研究成果を紹介したいと思います。この記事は、文末に引用してある心理学のレビュー論文を参考にしています。(*レビュー論文とは、過去に関連する領域の実証研究と理論研究を体系的にまとめて、ある現象に対して全体として何が言えるのかを広い読者層に向けてまとめた論文のこと)

陰謀論の定義

陰謀論とは一般的に

「あるグループの主要メンバーが、悪意のある目的の達成のために、密かに議論し秘密の合意に至ったのであろう、という信念」(*)

の事を指します。陰謀論が他の価値観や信念と違う一番の特徴は、陰謀論では対象の矛先に、敵意が潜んでいるグループが認識されることにあります。例えば、「ブラジル人は陽気な人が多い」と言う信念は、ブラジル人がこちらに対して敵意を示してないと受け取れる場合がほとんどだと思うので、これはただの信念(ステレオタイプとも言える)であり、陰謀論にはなりません。例えば、アメリカ同時多発テロが陰謀論だと解釈するには、「アメリカ政府が、自分にとって不都合な存在である」と解釈する必要があります。この場合、自分が少なからずアメリカ政府に対して敵意感を見出していると言えます。他にも色々な要素がありますが、アメリカ政府への不信感が強い人ほど、アメリカ政府への陰謀論が生まれやすいと言えます。

*注)この定義では、陰謀論が正しいかどうかは定義に含まれません。陰謀論が真実である場合もあれば、そうでない場合もあるでしょう。ここでの議論の中心は、陰謀論を信じるかどうか、と言う点です。

実は、陰謀論は特に稀な現象ではなく、今まで研究されている限りでは、かなり多く言語や文化の普通の人が持ちやすい心理現象であり、あらゆる事柄について陰謀論が生まれうることが報告されています。この様な背景から、陰謀論は実は普遍的な現象であり、我々ヒトの心理にかなり深く根付いているのではないか、という前提から、進化論のアプローチはスタートします。進化論のアプローチで心理現象を説明する方法は、人間に備わる心理的な現象について、「何か適応的な機能・役割があるのだろうか?」と言う問いに答えながら、理解していくやり方です。進化論の言う機能とは、個人の子孫を多く残すために有利に働いたかどうか、と言う事を指します。つまり、適応的な特性とは、過去の環境下で、その特性を持っていた個人の方が、持っていなかった個人よりもより多くの子孫を残してきたため、現代の我々にも受け継がれてきた事を意味します。ある心理現象を説明しようとするときに、「個人の子孫の繁栄にとって、得だったのかどうか?」と言う観点から、検証可能な仮説を立てて、現代人を使って検証していきます。

この様な進化的なアプローチで、「陰謀論を信じることは、どんな得があるのだろう?」と言う前提から研究をスタートさせていくと、非常に興味深い示唆が得られます。今回紹介するレビュー論文では、陰謀論には4つの適応的なメカニズムの上で成り立っているのではないかと言われています。

1:パターン認識 (Pattern Recognition)

コイントスを10回連続で投げました。そして、以下の結果が出ました。

「裏裏裏表表表表表裏裏」

これは、ある一定の法則にしたがっていると思いますか?それとも、単なる偶然だと思いますか?

人間の認識能力が、偶然の出来事にも何かしらの因果関係のパターンを作り出す様に働いているということは、(特に認知)心理学では長年報告されてきた現象です。進化の視点から見ると、このような認識能力は、我々の先祖が昔住んでいた、今よりもより閉ざされて単純な環境の下では適応的に働いていたと言えます(つまり、このような能力を持っていなかった先祖は、子孫を残すことに失敗した)。しかし、このパターン認識は現代だと特に、全くランダムな現象についても因果関係を結びつけたくなってしまうので注意が必要です。

パターン認識の傾向は、個人差があります。例えば、上のコインフリップの確率は完全に50%の割合でランダムに作成されたにも関わらず、陰謀論を信じやすい人ほど、この事象に対して「仕組まれたコイントスだ」と推測をしやすいことが分かっています。もっと身近な例でいうと、ルーレットや宝くじの結果について、確率とは関係のないところであれこれとストーリーを繋ぎ合わせることでしょうか。

このパターン認識については、高学歴な人であるほど、その傾向が弱くなることが分かっています。おそらく、高等教育を受けることにより、論理的で分析的な考え方が向上するからだと思われます。

また、不確実な状況にいるときほど、関係のない事柄に対して関係性を見出す傾向が高まる事も報告されています。

陰謀論は、このパターン認識の能力があるからこそ、作り出せるものです。

2:意思の検出 (Agency Detection)

意思の検出とは、「他の生物(物体)から、動機や意思を読み取る能力」の事を言います。我々ヒトには、他の動物と比べて、他者が考えていることや動機を読み取る能力が非常に優れています(これは心の理論と繋がる要素です)。陰謀論が生まれるには、あるグループが「意図的に計画した」と言う推測が不可欠ですので、この意思を検出する能力は、陰謀論に深く関わっています。

意思の検出する傾向には個人差があります。例えば、人によっては、擬人化(anthropomorphism:人間でない物質や生き物に、感情や意思を読み取ろうとすること)する傾向に大小があると言われています。そして、この擬人化する傾向が高い人物の方が、陰謀論に陥りやすいと言う報告もあります。つまり、他人の行動について、モチベーションや意図を過度に読み取ろうとする傾向のある人ほど、陰謀論(「〜〜と言うグループがOOと言う目的でXXしたに違いない」)に陥りやすいと言う事です。

他者から意思を検出する能力は、人間の社会性には絶対不可欠なのですが、この意思の検出力が過度に働くと、陰謀論に繋がる事が予測ができます。

3:脅威マネジメント(Threat Management)

自分の子孫を後世に残すことにとって、死はおそらく一番の脅威でしょう。ヒトには脅威や危険を瞬時に認知する能力が備わっていて、恐怖に対しては非常に敏感です。例えば、「木の枝を蛇と見間違える」方が、「蛇を木の枝と見間違える」よりも、ずっとリスクが少ないはずです。そのように危険を過剰に認識する能力が、人間が繁栄してきた上では欠かせない能力であったがゆえに、私たちはあらゆる脅威に対して過剰な反応を示す能力があります。

脅威には様々な種類がありますが、陰謀論に一番関連している脅威は、不確実性と、外集団からの脅威です。

ヒトは不確実性な状況に直面すると、そこに意味を見出そうとする傾向が強く働きます(これはパターン認識に共通するロジックです)。例えば、ハリケーンなど人間のコントロールの及ばないランダムな現象によって生死を脅かされると、「神の仕業に違いない」といった、意味を見出そうとする反応が出ます。これは、意味やパターンを見出すことによって、脅威に対する不確実性を柔らげるための反応だと言われています。

戦争などの外集団による攻撃も、一種の脅威だと捉えることができます。現代でも、人間の原始的な生活に最も近いと推測できるアマゾンのヤノマミ族では、最も高い死因の一つは部族間や隣人同士の争いによるものであると言う報告もあったり、エクアドルのワオナニ族では、全人口の死因の過半数以上はグループ間同盟による争いである事が分かっています。つまり、グループ間の争いは人間が長い間直面してきた問題で、進化の観点から見ると陰謀論とは、外集団からの敵意や脅威を認識して、それに対応する過程で生まれてきた可能性が高いと言われています。このように、陰謀論が生まれやすい状況には、アメリカ同時多発テロなどのように、外集団による攻撃が関わっている事が多いのです。

また、不確実性といった恐怖を感じやすいかどうかの傾向についても、個人差が存在します。

4:同盟の検出(Alliance Detection)

人間には、協力し合っている人間同士は仲間同士である、そうでない人間は外集団である、と素早く認識できる能力が備わっています。例えば、種族や肌の色から、我々は瞬時に人間のグループをカテゴライズする能力があります。この能力は、友好的なメンバー(自分の味方かどうか)と、敵対的なメンバー(自分の外集団であるかどうか)を見極めるための簡単なシステムです。このような能力が基盤にあってこそ、外集団による脅威を認知できるのです。

このグループ分けをする能力もまた、個人差が存在します。

陰謀論は、適応する心理的メカニズムの副産物である

以上の考察を統合して見ると、陰謀論は、これら4つの心理的特性による副産物であると言えそうです。副産物とは、それ自体に適応的な意味があるわけではないものの、他の適応的なメカニズムから派生してくるメカニズムだと捉える事ができます。陰謀論自体には適応的な役割はなさそうだけれども、①パターン認識②意思の検出③脅威マネジメント④同盟の検出それぞれをの機能を見てみると、適応的な機能があることが検証されています。したがって、これら4つのメカニズムがうまく調和したときに、陰謀論は適応的な戦略となりうるのではないか、と言うのが、現時点における心理学からの答えです。

また、以上の考察から言えそうなことは、陰謀論は「集団として」起こる反応だと言うことです。そして、集団としての脅威と認識されて、初めて陰謀論は起こりやすくなると言えます。

例えば最近、アメリカのメジャーリーグの球団アストロズが、過去の試合で不正なやり方でサイン盗みをしていたのではないかという疑惑が浮上しています。

これが陰謀論になり得るには、あなたがアストロズに対して敵対心が湧くのかどうか、またこの出来事が自分にとって大切なものなのかどうか、に寄ります。逆に、野球に対してなんの興味もない人にとっては、この出来事が陰謀論だと捉える可能性は極めて少なくなると言えます。

逆に、より広い集団を脅かしやすい現象と、陰謀論の関係性は多く報告されています。例えば、自然災害、干ばつ、飢饉といった集団を襲う脅威の状況下では、陰謀論が生まれやすいとも言われています(これらの環境の脅威下では、主に資源の争いを巡ってグループ間の対立がしばしば起こりやすい事も理由の一つです。)

陰謀論は、集団を起点として生まれるものなので、陰謀論を持ちやすいグループと言うのも、報告されています。例えば、極右団体、カルト団体、ポピュリズム主義の団体、などが例に挙げられます。これらの団体は、外集団を敵視する傾向が強いので、陰謀論を形成しやすいのではないか、と推測されています。これらのグループは、陰謀論の対象になりやすい一方で、陰謀論により陥りやすいのです。

最後に、陰謀論に陥りやすい個人差と、状況の特徴について整理しましょう。

陰謀論を信じやすい個人の特徴(個人差)

不確実性を恐れる人

論理的・分析的な思考に欠ける人(学歴と関連あり)

生物でない物体などに対して、意思や感情を過度に見い出そうとする人(擬人化をよくする人、スピリチュアルな思考に近い)

恐怖や敵対心を感じやすい人

人間のグループを過度にカテゴリー化する人

陰謀論を生み出しやすい状況の特徴

自分と対立するグループが敵意を含む行動を示した(と自分が解釈した)時

自分の大切にしているものが、外集団によって脅かされている時

自分の生命を脅かすような状況下(自然災害や、戦争など)の時


文献:
van Prooijen, J. W., & van Vugt, M. (2018). Conspiracy Theories: Evolved Functions and Psychological Mechanisms. Perspectives on Psychological Science, 13(6), 770–788. https://doi.org/10.1177/1745691618774270

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