スタジオビジット:Hu Rui (胡芮)

友達のキュレーターLi Weiwei が昨年、上海にあるam space というオルタナティブスペースで企画した三人展が面白かったのだが(それについてもいつか書きたい)、その出品作家のひとり、Hu Ruiのスタジオを訪ねた。

Hu Rui(HP)は1990年生まれ。NYUで映画を、UCLAでメディアアートを専攻。アメリカに9年いて去年帰国、世界で最もラグジュアリーじゃないかと思われるアーティスト・イン・レジデンス、Swatch Hotel(上海)に参加したあと、今年から香港の科技大学で教えるため香港へ引っ越すはずが、コロナ禍で授業が全面オンラインになっている大学から「まだ上海にいていいよ。いま隔離期間長いから」と言われて上海に留まっているところにお邪魔した。

彼の表現は、基本的には3Dアニメーション。初めて見た彼の作品は、飛行機の中で水着の若者たちが集っていた。

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見ているとだんだんと水位が上がっていって・・・

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Hu Rui 《soon it will be deep enough》, 2019, single-channel HD video with sound, 04:44

頭だけが水上に出ているところまできて、映像はフェードアウトする。このあとみんな溺れ死んじゃうのかな・・・という不穏な想像と、明るく平和な雰囲気が混ざり合う余韻。

ロスで過ごした院生時代、友達たちが楽しんでいたプールパーティの情景がもとになっている。日本とか中国で生まれ育ったら違和感あるよね、あのテンション。そう言うと、そうなんだよね、と笑う。この、強い疑義ではないんだけど、どうしてもあの文化に戸惑ってしまうメンタリティの、表現のさじ加減が絶妙。学芸的に書くなら、「資本主義、拝金主義、あるいは享楽的なライフスタイルを前に、やや思考停止せざるを得ない一人の東アジアから来た若者の視点が、控えめに、ユーモアを交えて提示されている」。

そこに、飛行機に乗るたびに感じていた事故の可能性と、近年、環境問題から生じたFlight Shame(飛び恥)意識の急激な高まり、そういう「いますぐ危ないってわけじゃないけど、実は危ないんだよね・・・」という感覚も重ねられている。茹でガエルの寓話のように。

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別の過去作品は、ゲーム(FPS)のスタイルをとっている。アメリカ滞在中に起こったいくつかの乱射事件がベースになっている。

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Hu Rui 《Would You Help Me to Carry the Stone》, 2017-2020, single-channel video with sound, 08:58 *ゲームで作ったあと、あらすじをビデオ作品として編集している。「まだ情報量が多いから、ボイスオーバーとか、もっと自然に見られる工夫をしないとと思っている」ということで今後も進化しそう。

いなくなったゲームメイトを探しながら、ダンジョンを進んでいく。銃乱射の犯人がやっていたゲームはスーパーマリオブラザースやダンスダンスレボリューションで、FPSではなかった、という警察の調査結果が挿入される。ライフルの構造や、犯人の部屋の写真も。「外国人としてこの事件にコメントするのは、あんまりいいことじゃないような気がして・・・」ーー プレイヤーのナレーションが挟まる。

ゲームの魅惑的な空間の中に、現実の事件がちょいちょい映し出されていくさまは、純粋に見ていて面白いんだけど、同時に「こういう現実の中でわれわれは生きているんだなぁ」とゾッとなったりもする。(ゲームの中の話だったらよかったのに、と。)

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最新作《A Comprehensive Theory》は、Swatch Hotelでのレジデンシーの最中に制作された。ゴージャスな図書室の中で、生き物のようにうごめく縄たちがお互いに絡み合い、引っぱり合い、ときに図書室の中にあるものを宙吊りにしたり引き倒したり、ときに縄同士で結び目をつくって動けなくなったりする。

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Hu Rui 《A Comprehensive Theory》, 2020-2021, single-channel HD video with sound *「もうちょっと手を入れるけど、だいたい完成」という段階で見せてもらいました。

「積み上げられた知識によって私たちは強くもなるけど、それにとらわれて動けなくなったりもする」(作家談)。

描かれた図書室がいわゆる西洋式のスタイルなので、絡みつくような知識の蓄積のやってきた方角もなんとなく示されている。それにしても、縄たちの表情がすごく豊かで、まったく飽きることなく、ずっと見ていられる。だからこれは、善と悪の闘い、ではないのだ。

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とにかく作品の完成度が高くて惹きつけられるのと、表現の端々に見え隠れする、今を生きる私たちの感じることーー不安、疑問、戸惑いーーとその歴史・社会的背景が見事にブレンドされていて、もっと作品が見たいな、と思わせる。

広州出身のHu Ruiにとっては広東語が故郷の言葉で、中国普通話も話せて、アメリカで英語も習得(香港の大学では英語で授業)。すでにすごいポテンシャルなんだけど、私たちの帰りがけに「いま日本語勉強してるんだよね。このアプリの発音が大丈夫かどうか聴いてみて」・・・なんとなんと、日本語も! 日本のアニメーションが好きで、もっと知りたくなったと言っていた。ちょっと嬉しいですね。



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