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1人酒場飯ーその32「仙台、記憶の中のアジフライ」

美味い魚を喰う、至福の時間。島国民族・日本人の魂が揺れ動く。

僕にとってこの時間は何事にも敵うことがない最高の幸せだ。

そこへ美味い酒を合わせる反則感、たまらない。感涙に肩を震わせ、それと向かい合っている。全てを演出しているプロデューサーはアジフライだった。

雨の仙台、買ったばかりの傘を広げ、空を見上げた。

僕が求めているのはなんだ、とばかりに。岩手往きの新幹線から思い立って途中下車した夕刻の仙台で何を喰うか、決めかねていた。

実に久々の仙台だ。ここは牛タンでも、とは一瞬思ったがふと後輩と偶然立ち寄った一軒の店を思い足した。

「そうか、あれがいい。」

歓楽街から離れた場所にある裏通りにしっとりと佇む木の入り口の記憶がふと込み上げると、足はその方角へと自然に向かっていた。

雨脚はいたずらに強さを変える。10分ほど仙台駅から歩いてその店へとたどり着いた。

白い暖簾が揺れるその店は『氏ノ木』。騒がしさとは無縁の隠れ家だ。中を覗き、ため息をつく。目一杯だ、空きの席も見つからん。

店員さんに確認してみるが、答えはやはり目一杯とのことだった。当てが外れたのか、いや違った。「2号店なら席が開いているかも」という返答があったのだ。これはありがたい。早速移動し勾当台公園へと向かう。

 雨にも負けず、タクシーに乗って先を目指す。すぐに着いたが。

ようやくたどり着いた『氏ノ木』2号店、その名も『氏ノ木2』。そのままである。本店と違うのは狭めの店内と外にも呑むスペースがあるという事だ。違う趣がある。だが、醸し出される空気感はただもので無い。

とりあえず店員さんに入れるか確認を取ると、予約が入っているため、カウンター席なら1時間という条件付きで滑り込むことが出来た。粘り勝ちだ、よかった。

カウンター席に陣取り、メニューを閲覧しながら式を組み立てる。僕がここの店を選んだのには理由がある。全ては此れのため。「究極のアジフライ」と銘打たれた名物だ。

我曰く、このアジフライを喰わずしてアジフライの世界を語るなかれ。初めて出会ったその時からそれほどまで記憶に残った一皿だ。

 そこから逆算してしめ鯖炙り、トウモロコシの天ぷら、新生姜の生姜焼き、しらす丼とメニューを組み立ててみた。いいじゃないか、この組み合わせ。しかも全てハーフで出してくれると言う気の回り方が素敵だ。

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 突き出しで出された新玉ねぎのポタージュで空腹に荒れる胃を馴染ませながら、じっくりと待つ。しかし、このポタージュ美味い。新玉ねぎの良さを全面的に引き出したうえで全て丸く収めてある軽いスープ、うむ、軽やかに舌を嗜めてくれる。

 とりあえずの先付け一杯で秋田の角右衛門の夏ラベル「しろくま」を呑むが、これは実に爽やかな日本酒。爽快感と軽やかさを両手に持つ高嶺の華、でもとても親しみやすいいい酒だ。

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それに合わせるのは先頭で出てきたしめ鯖炙り。茗荷の千切りがまた良し。脂を生かし切ったシメ具合を炙れば、サバの旨味が溢れ出る。しろくまが一層華やぐぞ。

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次の品はいきなり本命様の登場だ。

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初めて食べた時、魅了されたそのアジフライ。このアジフライの何が凄いかと言えばその圧倒的なバランス感だ。

かなり細かい衣を身に纏ったアジの切間にほんのりとした赤身、そのレアな火の通り方は生アジフライというジャンルに位置できるだろう。

一口食べればその凄さに気づく。アジフライを食べているのにその身は刺身にした時の旨味を残し、ほんのりと芯に通った熱が衣のサクリとした食感と、ホロリとしながらトロリと生き生きとしたアジの旨味が溢れ出るのだ。それに一番合うのは自家製のタルタルソース。全ての配合が完璧、ソースとしての深みとタルタルの濃厚さを掛け合わせたかのような白き悪魔が食欲を促進させる、たまらん。

ふんわりアジフライもいいがこのレア感は僕の歴史に燦然と煌く伝記物だ。

 アジフライの衝撃に打ちのめされればトウモロコシの天ぷらが夏を運んでくる。青海苔ベースの塩がかけられた薄い衣と夏1番の甘味の粒が協奏曲を奏でる。夏を今、俺は食べている。

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 しろくまの次は宮城の7つの酒蔵さんが協力して作り上げた銘柄「DATE SEVEN」の赤ボトルに行ってみよう。赤いビンは情熱の証、透き通った日本酒に込められた東北魂よ。まるで美しいクラシックのような旋律を纏った上品な風が口の中に流れ込む、鮮烈なのに可憐。故に誇り高き一滴が身に染みる。

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 合わせるのは新生姜の生姜焼き、肉を挟むのもいいぞ。だが、この一品の主役は間違いなく新生姜だ。すごく強烈な生姜のパンチが効いている、これも美味い。

 ああ、最後を纏めるのは生シラス丼だ。

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黄身を思いっきり潰して混ぜてやる。おほほ、これがいい。生シラスのねっとり感と黄身がまたいい。それ以上に下に引かれた胡瓜が全てまとめてくれる。これはセンスいいぞ、二重丸だ。一気にかき込んで酒場飯を締めくくってやる。

 「美味しかったです、ご馳走様でした」飾りない言葉を残し、店員さんの心地良いありがとうございますを聞いて僕はすっかり虜にされた事を改めて気づいた。スーツケースを転がしながら向かうは岩手。ホテルに着いたら幸せな眠りが待っていることだろう・・・。

今回のお店
氏ノ木2
住所 宮城県仙台市青葉区本町2−17−1 本町Nビル103
問い合わせ番号  022-226-7141
定休日 水曜、第二火曜
営業時間 平日 17時〜24時
     土、日 16時〜23時


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