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「余命三年時事日記」大量懲戒関連裁判(原告神原元弁護士、宋惠燕弁護士)判決を読む

「余命三年時事日記」と弁護士に対する大量懲戒

 ブログ「余命三年時事日記」の運営者が煽動して「反日」とされた弁護士に対する大量懲戒請求がなされたことがありました。弁護士に対する懲戒請求は、弁護士法により誰でもなすことができますが、それは刑事事件における告訴や告発と同様のものであると判例で判断が示されていますから、事実に基づかない懲戒請求には厳しい法的制裁がなされますし、虚偽告訴罪の対象となり得ることもあります。
 したがって、そのブログの煽動に乗って、弁護士に対し、事実に基づかない懲戒請求をなした者がどうなろうと構わないのですが、彼らに対する法的措置をとる弁護士が非常に問題のあるやり方をとっていることも問題であると思います。

クラウドファンディングという手段をとらなかった神原元弁護士と宋惠燕弁護士

 「余命三年時事日記」に煽動された者から大量の懲戒請求を受けた佐々木亮弁護士と北周士弁護士は、クラウドファンディングにより民事訴訟を提起していますが、北新地大学院生リンチ事件の民事訴訟でなされたカンパに厳しい批判をなすなど、神原元弁護士はそのような手法に批判的でした。ただ、北新地大学院生リンチ事件民事訴訟の訴訟代理人に就任した李信恵さんの会計報告のない訴訟費用のカンパに対する言及もあれば完璧でしたが、それがないのが残念ではありました。
 神原元弁護士と神原元弁護士が所長を務める武蔵小杉合同法律事務所に所属する宋惠燕弁護士は、クラウドファンディングによる訴訟費用の調達という手段をとはませんでしたので、訴訟費用を自前で賄ったものと思われます。
 ただ、神原元弁護士が原告でありながら、宋惠燕弁護士の原告訴訟代理人になっているのは不可解でした。訴状や準備書面において、宋惠燕弁護士が在日コリアンであって審理の中でヘイトスピーチを受けるおそれがあるから訴状を弁護士に頼まざるを得なかったと釈明していましたが、訴訟手続に精通している弁護士が原告や被告となったときに別の弁護士に訴訟代理人を委任する理由は、当事者の視点とは別に客観的に見ることができる立場の者が必要であると聴いたことがあります。そうであるから、当事者である神原元弁護士が宋惠燕弁護士の訴訟代理人になることのメリットは何も無いように感じるのですが、どのような理由によるものなのでしょうか。

原告にとって「惨敗」といってよい民事訴訟の判決

 この民事訴訟は、東京地方裁判所で原告の請求と被告の反訴のいずれもが棄却される判決が言い渡され、原告と被告が控訴しないことによって判決が確定しています。これは原告にとって「惨敗」といってよい判決であると思います。
 佐々木亮弁護士、北周士弁護士、嶋崎量弁護士など、ブログ「余命三年時事日記」の煽動に乗って大量懲戒請求をなした者に対する民事訴訟を提起した弁護士はかなりの数存在しますが、私の知る限り請求が棄却された弁護士は神原元弁護士と宋惠燕弁護士だけであることと、神原元弁護士が必要でないと思われる書証を提出することによって敗訴してしまった可能性が非常に高いからです。
 原告でもあり宋惠燕弁護士の訴訟代理人でもある神原元弁護士は、訴状に添付した書証で、ブログ「余命三年時事日記」の煽動に乗って懲戒請求した者に対して、和解金の支払いにより民事訴訟の対象から外す旨をウェブサイトで呼びかけた事実と、その呼びかけに応じて和解金を支払った者が相当数存在して100万円以上の和解金を受領した事実を立証しようとしました。しかしながら、その書証により、大量懲戒請求によって被った損害がすでに補填されていると裁判所に判断され、原告の請求のすべてが棄却されるという結果となってしまったのです。
 そもそも、他に懲戒請求をなした者と和解に至って和解金を受領したことは、この民事訴訟で原告から主張する必要はまったくないと思いますし、原告の請求理由を裏付ける効果はほとんどないと思います。さらには、金竜介弁護士などが、人種差別を理由として懲戒請求者に対して追加して多額の金員等を請求して民事訴訟を提起している事件についても、この民事訴訟の判決文は原告の弁護士に対して不利な書証となることでしょう。

原告の民事訴訟の目的より変わるゴールポストの位置

 原告の宋惠燕弁護士と神原元弁護士は、大量懲戒請求をなした請求者に対して武蔵小杉合同法律事務所のウェブサイトにおいて、和解金の支払いによって民事訴訟の対象から外れる旨を掲示して、世間に広く大量懲戒請求の不当性を訴えました。そうであれば、和解に応じない悪質な懲戒請求者を逃してはならないはずです。
 似たような事例として、東京都東村山市の元女性市議会議員の転落死をめぐり、主権回復を目指す会がさいたま地方裁判所川越支部前でなした街頭宣伝活動が名誉毀損であるとして、東村山警察署元副署長の千葉英司さんが、「行動する保守」を名乗る主権回復を目指す会の西村修平さんと主権回復を目指す会のメンバーHさんを相手取って損害賠償を求めて民事訴訟を提起した事件があります。この事件では、主権回復を目指す会内で内紛が生じてHさんが原告の千葉英司さんと和解に至ることになりましたが、千葉英司さんは、Hさんに東日本大震災の被災者に対して10万円の寄付を行うことを条件として和解に応じました。これは、千葉英司さんが和解金を受領することで損害が填補されたと裁判所が判断することを防ぎ、街頭宣伝活動でより中心的な役割を果たした西村修平さんの責任を曖昧にさせないという千葉英司さんの断固たる意思があったものと思います。結果として、西村修平さんに30万円の支払いとウェブサイトの記事削除が命ぜられる判決が言い渡され、確定しました。
 また、正反対の結果となった事件としては、作家の山口祐二郎さんが、居酒屋で暴行や傷害の被害者となり刑事事件にもなった事件の民事訴訟で、桜井誠こと高田誠さんなどを相手取って損害賠償を請求した事件があります。この事件では、被告の一人のNさんが自らのなしたことを悔いて山口祐二郎さんと和解に至り、和解金80万円を支払って民事訴訟から外れることとなりました。その後、第一審の判決で東京地方裁判所は、すでに原告である山口祐二郎さんの損害が補填されているとして、桜井誠こと高田誠さんなどに対する請求を棄却する判決が言い渡されました。この事件では控訴審の東京高等裁判所で桜井誠こと高田誠さんなどに対する請求が一部認容されることになりましたが、すでに和解した者の和解金の額と比較すると少額であるというものとなりました。なお、この民事訴訟について、ブログ「高橋清隆の文書館」を運営する高橋清隆さんや「3羽の雀」を名乗る者が第一審判決を55万円の認容判決などと述べているのは、判決をねじ曲げたデマであることを強調しておきます。
 神原元弁護士と宋惠燕弁護士が民事訴訟を提起した目的が単に損害の填補であるなら、訴訟前和解も含めてこの判決は満足することができるものですが、そうでないならより悪質な者を逃してしまった「惨敗」であると言ってよいと思います。

判決文(抄)

当事者

本訴原告 宋惠燕
同訴訟代理弁護士 神原元
本訴原告(反訴被告) 神原元
本訴被告(反訴原告) 氏名
同訴訟代理人弁護士 江頭節子

主文

1 原告らの本訴請求をいずれも棄却する。
2 被告の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は、本訴・反訴を通じてこれを3分し、その1を原告宋の、その1を原告神原の、その余を被告の負担とする。

第3 当裁判所の判断

3 争点3

(1) 前期認定事実(3)ア(イ)及びウ並びに前記2(2)ウで述べたところによれば、本件懲戒請求は、本件ブログの呼び掛けに応じ、同一内容の懲戒請求により、本件ブログの運営者の取り纏めによって行われた多数の懲戒請求の一部であるところ、本件ブログにおいてこれらの懲戒請求の受理に関する記事が掲載されていることに照らせば、原告らの社会的評価はある程度低下し、その名誉・侵害等が害されたものと認めるのが相当である。また、原告らは前記認定事実(3)エのとおり、弁明書の作成を強いられたものであり、一定の事務的な負担が生じたものと認められる。
イ これに対し、被告は、懲戒請求が行われた事実自体は限られた者しか知られないものであり、本件懲戒請求により原告らの名誉が毀損されたとはいえないと主張するが、前記アで述べた記事の存在等に照らして採用できない。

(2) 損害の算定等

ア 前記(1)アのとおりm本件懲戒請求は、本件ブログの呼びかけに応じ、同一内容の懲戒請求書により、本件ブログの運営者の取り纏めにより行われた多数(1141件)の懲戒請求の一部であるところ、これらの懲戒請求は、客観的にも主観的にも共同する行為と認めるのが相当である。

イ(ア) そして、前記認定事実(3)イないしオの経過に照らせば、原告らは、神奈川県弁護士会からの調査開始請求書(平成30年6月28日)により、本件懲戒請求を含む201件の懲戒請求について一括して認識し、その後に通知された懲戒請求(940件)についても同一内容の弁明書を提出している。以上の事情に照らせば、原告らは、当初の201件の懲戒請求につき一括して認識し、さらに、当該時点において、その後も同様の懲戒請求が係属する可能性を認識していたものと認めるのが相当である。
 以上によれば、原告らの精神的損害は、本件懲戒請求を含む多数の懲戒請求により一括して発生したものと認めるのが相当であり、個別の懲戒請求により個々に発生したものとは認め難い。

(イ) この点、原告らの主張中には、原告らの損害(弁明の準備等)の大部分が、当初の201件の懲戒請求中(本件懲戒請求を含む)により生じたものであり、その後の懲戒請求にかかる損害を区別すべき旨を主張する部分があるが、前記(ア)で述べたところに加え、証拠(甲13、甲14の各1、2、甲15、16の各1)によれば、原告らの最初の弁明書の提出(平成29年7月13日)に先立ち、第2次の懲戒請求に係る調査開始の告知(同月5日付)がされたものと認められることに照らして採用できない。

ウ 以上を前提として、原告らの損害額につき検討する。

(ア) 本件懲戒請求を含む多数の懲戒請求(1141件)は、それ自体が多数の者の原告らに対する敵意の存在を示すものであり、本件ブログ等により、これが拡散する可能性を考慮すれば、原告らの精神的苦痛は、相応に評価すべきものといいうる。

(イ) 一方で、本件懲戒請求の記載内容に加え、原告らの弁明書(甲15、16〔枝番も含む。〕の内容が極めて簡潔なものであることに照らせば、原告らにおいて、懲戒請求を受ける危険の観点から精神的な損害を受けたものとは考え難く、懲戒手続に係る事務的な負担等も、比較的軽微なものと評価するほかない。また、原告らの主張する身分上の制約等についても、原告らに具体的な支障等が生じたことは窺われない。

(ウ) また、本件ブログ上の記事(前記認定事実(3)ウ)以外に、原告らに対する懲戒請求につき、原告らを批判する趣旨で広範な報道等がなされた形跡はなく、現時点において、原告らに深刻な被害があったものとは認め難い。

(エ) 以上を考慮すると、前記(3)の多数の懲戒請求により原告らに生じた損害は、原告ら各自につき100万円を上回ることはなく、原告宋の主張する弁護士費用を考慮しても、110万円を上回ることはないものと認めるのが相当である。

(3)ア そして、前記認定事実(3)ケのとおり、原告らは各自111万9666円の和解金を受領しているところ、原告らの前記(2)ウ(エ)の損害は、上記和解金の受領により、すでに補填されたものと認められる。

イ これに対し、原告らは、原告らに生じた名誉毀損の損害は、個々の懲戒請求の積み上げにより生じたものと考えるべきであり、また、原告らが前記和解金の受領につき、その後の名誉毀損により精神的苦痛が生じなくなるとはいえないから単純に損益相殺を行うべきではないと主張する。
 しかしながら、本件懲戒請求を含む原告らの損害の発生につき、前記(2)のとおり判断される以上、その損害額及び填補の有無は、本件の口頭弁論終結時を基準時として判断するほかはない。仮に、上記基準時後に新たに多数の懲戒請求に係る原告らの損害が発生する余地はあるとしても、当該事情は、当裁判所の判断の対象外というほかない。

(4) 以上によれば、本件懲戒請求を含む多数の懲戒請求による原告らの損害は。既に填補されたものと認められる。
 そうすると、原告らの本件請求はいずれも理由がないことになる。