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立憲民主党の迷走に継ぐ迷走と杜撰すぎる性交同意年齢引き上げ論議

新しい「モンテ・クリスト伯」のリメイク

 アレクサンドル・デュマ・ペールの著作で近年フジテレビでドラマ化された「モンテ・クリスト伯」という小説があります。あらすじは、愛する女性と婚約していた主人公のエドモン・ダンテスが無実の罪をでっち上げられて投獄され、自らを陥れた者に復讐するという物語です。立憲民主党の性交同意年齢の引き上げがそのまま通過した場合、次のようなリメイクがなされるかもしれません。

 婚姻開始年齢に達した16歳の女性と婚姻の約束をしていた18歳の主人公の男性は、女性の両親のもとに婚姻の許しを得るために日参していたが、女性の両親の許しは得られていなかった。その後、性交同意年齢である16歳になる前に婚前交渉があったことを理由に男性は警察に逮捕され、公訴を提起された。
 男性には逮捕段階から国選弁護人がついていたが、国選弁護人は「強制性交罪は最低刑が5年の懲役刑であり、無実を争って情状酌量がなされない場合実刑になる」と男性に説明し、男性は公判で情状を争う方針に同意した。しかしながら、公判では男性の情状が酌量されることなく、男性は少年刑務所に収監された。
 男性は少年刑務所では性犯罪者であることで他の受刑者から壮絶ないじめを受けた。そればかりでなく、性犯罪者であることで陰に陽になされた刑務官の男性に対する不当な取り扱いがなされることもしばしばだった。男性はそれに耐えたものの、仮出所することはできずに満期出所した。
 出所すると結婚を約束していた女性は両親の決めた相手と結婚して子どもが生まれており、男性の両親は過熱するマスコミ報道や取材のためノイローゼとなり幼い弟とともに一家心中していた。女性の父親は著名な東証一部上場会社の経営者であったが、男性が結婚の許しを得ようと日参した頃には資金繰りに苦しみ、資金援助が喉から手が出るほど欲しい状況であり、女性が結婚した相手は一族経営の地方銀行の御曹司だった。男性は、自分を陥れた者への復讐を誓い、用意周到な準備をして「モンテ・クリスト伯爵」を名乗る。

 法律が理不尽なものである場合、その理不尽な法律に振り回された者の人生を描く小説が書きやすくなりますが、立憲民主党が主張する性交同意年齢を16歳に引き上げるという刑法改正案は、まさにそれにあたるといえるでしょう。

性交同意年齢引き上げに関する島岡まな大阪大学教授の主張

 7月31日付け朝日新聞「耕論」に島岡まな大阪大学教授の「性的搾取の問題に無自覚」というインタビュー記事が掲載されていました。

 本多平直衆議院議員が「50代の私と14歳の子が、恋愛したうえでの合意があった場合に罰せられるのはおかしい」と発芽した立憲民主党内の会合に、私は有識者として出席していました。性行為の同意能力があるとみなす「性交同意年齢」を、一律に13歳から16歳に引き上げるべきだという私の主張に対して本多氏から飛び出したのが、あの発言でした。
 「真摯な恋愛」を隠れみのに性的搾取がなされていることが社会問題化している。そうした問題に無自覚な発言が、刑法改正を議論する国会議員からなされたことに、私は驚きました。近年の性犯罪をめぐる議論に対応できていないのだと思いました。
 日本の性交同意年齢は100年も前から基準が変わらず、各国との状況と比べてもその遅れは顕著です。日本は学校などでの性教育も不十分です。どうすれば対等な関係が築けるかということをほとんど教えません。だからこそ、年齢を引き上げる必要があります。
 刑法の分野は、ジェンダー平等の取り組みが進む中でも、議論が遅れています。フランスのようなジェンダー先進国ですら、刑法は一番最後でした。
 なぜか。刑事裁判では国家と加害者という対立が先鋭化するからです。18世紀に人権の概念が生まれ、疑わしきは被告人の利益に、という近代刑法の大原則が打ち出されました。刑事弁護士や刑法学者には、いまだにこうした人権概念が錦の御旗のように存在しているのです。
 私は刑事法制について検討する日本弁護士連合会の委員たちを前に、こう話したことがあります。「あなたたちの『人権』は18世紀のもの」「みなさんの『人権』には、性犯罪被害者の人権が置き去りにされていることを自覚してほしい」。批判を覚悟していましたが、反論はありませんでした。
 冤罪のリスクがあるのは、ほかの先進諸国でも同じですし、性犯罪に限った問題でもありません。被疑者段階から国選弁護人をつける、取り調べを可視化する、人質司法をやめる。そうした冤罪防止策を徹底した上で、被害者保護に万全を期すのが本来の姿なのに、日本は、その両方が遅れているために、性犯罪被害者にしわ寄せがいってしまう状況です。
 「国家権力から個人を守る」というリベラルな人権のとらえ方と、ジェンダー平等や性犯罪被害者の保護は二律背反ではなく、両立できるものです。今回の発言によって人権後進国であり、ジェンダー後進国である日本の現状が、目に見える形で浮かび上がったともいえます。これを機会に前に進めて欲しいと思います。(聞き手・三輪さち子)

 この主張を見る限り、島岡まな大阪大学教授は「グダグダ言わずに性交同意年齢を16歳にすればいい。それによって発生する冤罪があったとしても捜査や公判の適正化をすれば問題がない」とおっしゃっているように感じます。ただ、これは立法論を論じる立場ではありません。
 性交同意年齢を引き上げるということは、性交同意年齢未満の者と性交することが強制性交等の罪になるということであり、性交に至らなかったとしても強制わいせつの罪となるということです。

(強制わいせつ)
第176条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。
(強制性交等)
第177条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

 そして、選挙権の年齢が18歳以上に引き下げられたことに伴い、刑法上の18歳を成人として扱うという動きが加速しています。つまり、高校一年生と高校三年生との交際が高校三年生に5年以上の有期懲役を科す刑罰の対象となりうるということでもあります。

5年以上の有期懲役が最低刑という刑の重さ

 刑法で5年以上の有期懲役が最低刑となる罪と比較すると、性交同意年齢の引き上げに伴って処罰されることになる強制性交等の罪に対してどれだけ重い刑が科されているのかわかります。

(現住建造物等放火)
108条 放火して、現に人が住居に使用し現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の有期懲役に処する。
(殺人)
199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

 また、強制性交等の罪とまったく同じ刑が科されるのが強盗の罪です。

(強盗)
第236条 暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。
2 前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、前項と同様とする。

 そして、上限が死刑、無期懲役、無期禁錮などとなっているものの、強制性交等の罪より軽い最低刑が科されるのが、内乱罪の謀議の参与者又は群衆を指揮した罪、外患を援助した罪及び身の代金目的の略取及び誘拐です。

(内乱)
第77条 国の統治機構を破壊し、またはその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める当地の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。
一 首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。
二 謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は三年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は一年以上十年以下の禁錮に処する。
三 付和随行し、その他単に暴行に参加した者は、三年以下の禁錮に処する。
2 前項の罪の未遂は、罰する。ただし、同項第三号に規定する者については、この限りではない。
(外患援助)
第82条 日本国に対して外国から武力の行使があったときに、これに加担して、その軍務に服し、その他これに軍事上の利益を与えた者は、死刑または無期若しくは二年以上の懲役に処する。
(身の代金目的略取等)
第225条の2 近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する者の憂慮に乗じてその財物を交付させる目的で、人を略取し、又は誘拐した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。
2 人を略取し又は誘拐した者が近親者その他略取され又は誘拐された者の安否を憂慮する憂慮に乗じて、その財物を交付させ、又はこれを要求する行為をしたときも、前項と同様とする。

 刑法学者である島岡まな大阪大学教授がこれほど重い罪を科す刑法改正の際に

冤罪のリスクがあるのは、ほかの先進諸国でも同じですし、性犯罪に限った問題でもありません。被疑者段階から国選弁護人をつける、取り調べを可視化する、人質司法をやめる。そうした冤罪防止策を徹底した上で、被害者保護に万全を期すのが本来の姿なのに、日本は、その両方が遅れているために、性犯罪被害者にしわ寄せがいってしまう状況です。

と述べて議論を止めようとするのは刑法学者の姿勢ではありません。むしろ、香港に弾圧を加えるために中英共同声明を無視して法律を作っていく中国共産党の姿勢が近いといえるでしょう。

性交同意年齢の引き上げに伴って検討すべき課題

 性交同意年齢を16歳に引き上げるということは、前述の「モンテ・クリスト伯」リメイク版で触れたように、互いに婚姻の約束をしていた者の婚前交渉が強制性交等の罪に問われるおそれがあるということですが、これは刑法の改正にとどまらない議論が必要です。
 性交同意年齢を16歳に引き上げるということは、未成年者を保護するという側面とともに未成年者の成熟が遅れていることを理由に法的な能力を制限するということになりますから、真っ先に議論されなければならないのは、令和4年4月1日から施行される女子の婚姻開始年齢を18歳に引き上げる改正を超えた引き上げが必要かどうかです。また、現在18歳以上となっている参政権を20歳以上に戻すという改正の検討も必要となるでしょうし、同様に18歳に引き下げられる成年年齢の引き上げ取りやめの検討も俎上に上がることになるでしょう。立憲民主党や島岡まな大阪大学教授はそこまで考えて性交同意年齢引き上げを主張しているのでしょうか。
 なお、山花郁夫衆議院議員の「性犯罪に関する刑事法改正について。」という見解は、性交同意年齢引き上げに関する議論において必読だと思いますので紹介しておきます。