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119 仰向けで見た空

「あの、どうして俺達、こんな原っぱに寝転んでいるんでしょうか?」

 まだ少し暑さを感じる草むらに寝転がるように言われてから、しばらく二人並んで横になって空を仰ぐ。

「ん? その問いは愚問ではないかね? そこに原っぱと青空があるからなのだよシュレぴっぴ」

「シュレ……え、どういうことですか? 主に二つの答えを聞きたいんですけど」

 シュレイドの思考は一瞬停止する。どうにも目の前の九剣騎士である人物の独特なペースに翻弄されている。

「は~、心地よい風どぅあねぇ~、このまま寝れる」

「あの、リーリエさん。質問の回答は」

 首だけぐるりとシュレイドの方へ向けてパサリと髪の毛にもっさりと覆われた顔面で見つめられる。髪の隙間から覗く目のせいか怖く見える。

「へぇあぁ、頭が固いなぁシュレぴっぴは~、ちゅっちっぢっぢぃいい」

 やはりリーリエは舌打ちがどうしようもなくド下手糞らしい。舌打ちであるのかどうかすら判別が出来ないその雑音を聞いた上でのシュレイドの推測であった。

 きっとチッチッチってやりたいんだろうなというところまでは伝わっていた。

「さっきから呼ぶそのシュレぴっぴって俺の事ですか?」

「そうだにゃあ~、嫌かい?」

 シュレイドの耳にはさわさわと草の凪ぐ音と共にリーリエの質問が聞こえてくる。

「いえ、嫌という訳ではないんですが、そう言う呼ばれ方って初めてなものでどうにも慣れなくて」

 どういう受け止め方をしたらいいのか分からない様子ではにかむ姿を見てリーリエはいたずらな笑みのまま肘でシュレイドを小突いた。

「ははーん、チミィ。実は愛称で呼ばれたことがにゃいんだなぁ?」

「はい」

「あ」

 しかしその直後、ある事実に気付いたリーリエはこの世の終わりのようなしかめっ顔に変貌してジタバタ暴れ出した。服が草と土にまみれていく。
 シュレイドが思うのもおかしな話だが、そんなリーリエはまるで小さな子供のようにも思える。

「……ああぁああああ、クッソうらやましいんだが、んにゃろォ、くぅうう愛称付けなきゃよかったぁ~~~~」

 言動から察するにおそらくリーリエ自身も誰かに愛称を付けられ事がなかったのだろう。
 同志であったシュレイドに自分から愛称を付けてしまったことでまだ愛称で呼ばれたことがない単独の存在になったことに気付いてしまったのだった。

「うらやましい? もしかしてリーリエさんも愛称とかつけられたことないんですか?」

 悪気のなく思った通り口にしたシュレイドの言葉はリーリエにクリティカルする。

「ゴフッ、なかなかいい口撃じゃないかねチミ。そうだよ、その通りだじぇ」

「あ、すいません」

「いや、真面目か!! チミもなかなかマイペース力が高いようだ。侮れん奴よ」

 リーリエは隣にいる少年の事を自分と似ていると思っていたがどうやら似ているのは剣が好きだという事だけらしい。

 自分はこんなに真面目には生きてきていない。しかし、だからこそ気付く。 
 あまりにも生真面目が過ぎる。この年齢でまるで剣、いや、戦いに関して以外の事をもしかして何も知らないのかもしれないと。短いやり取りでリーリエには察せられた。

 リーリエ自身も人見知りではあるが、隣にいる彼のそれは更に自分の比ではないような気さえする。

 彼は誰かと接する事を極端に恐れている。

 結果として何かを失ってしまう事を恐れている。

 彼はとても今、臆病なのだ。

 だから普段から気の強い姿で、おそらく覚えている祖父グラノの姿を意識して日々、振舞ってきていたのだろう。

「憧憬の存在、か。しかしあまりにもそればかりを見過ぎるとそれも毒だにゃぁ」

 ぽつりとリーリエは呟く。

「……なにか?」
「……ううん、なぁんにも」

 再び空へと視線を向けた。流れる雲の速さは一定で確かにこの場所には時間が流れていることを知らせてくれる。

「……なぁシュレぴっぴ? チミ、空を見るのは嫌いかね?」

「いえ……昔は、好きだった気がします」

「過去形なのは気になるが、ぼんやり流れゆく雲でもまずは眺めようじゃないかね、日没まで時間はまだある」

「……」

 シュレイドが何かを聞きたそうにしている事をリーリエは察する。

「遠慮すんなしシュレぴっぴ、せっかくの出会いだ。何を聞きたい?」

「……あの、リーリエさんは祖父を……グラノ・テラフォールを知っているんですか?」

 真剣な眼差しだった。まるで自分がアレクサンドロに向けていた視線のようで彼女もひととき昔を思い出す。

「そだね。リーリちゃんが一の剣セイバーワンであるアレクサンドロという騎士のジジイに九剣騎士シュバルトナインに推薦された時に王家のやつらの前で御前試合をしなければならない事があってねぇ、そこで戦ったことがある。一度だけ」

 グラノが自分以外と戦っている所を見たことがあるのはミレディアに稽古をつけている時だけだった。思わず手に力が入る。

「……あの、それで」

「ふえへへ、勝敗が気になるかにゃ?」

「えっ、いやそういうわけじゃ」

「ぷっはは、いやいや顔に書いてあるよ。チミ、グラノ様に憧れすぎてるでしょ。でも時に現実を受け止める事も必要だにぇえ。あれほどの英雄とて、人の子だ。どれほど素晴らしい人物でも皆、いつかは死ぬ。あっさり死ぬ。その原因の違いはあれどもね」

 シュレイドは黙り込む。祖父の行方が分からない以上は本当に死んだのかなんて分からない。そう思えばまだ生きている可能性が残る。
 そう、信じていたシュレイドにリーリエは死ぬという言葉を真正面から投げつけた。

 オブラートにも包まず、ハッキリと。
 それは自身にも起きた事で、目を逸らせない現実だったからだ。

「フ、真っすぐすぎるなチミは」

「そう、なんでしょうか」

「グラノ様に昔に言われていたこと、愚直に今でも続けまくりんぐでしょ?」

 そう言って空へと手を掲げるリーリエに促されてシュレイドも手を空に伸ばした。
 シュレイドの手のひらは明らかに年齢相応ではない無骨さだった。

「続けているというか、ただの習慣なので」

「……はぁ~チミはダメダメだにゃぁ、頭が足りん!! もしかして睡眠が足りてないんじゃないのかね!! よく寝てよく食べてよく遊ぶ!! 日々全力でしてるかにゃ?」

「……いえ、して、ないです」

「剣の事だけ。言われた事だけをただただひたすらにやってきたというわけか、はぁ~~んもったいな。涙が出るほど純粋だねぇシュレぴっぴは」

「すいません」

 リーリエは意を決したように空に掲げた手のひらを握り込んだ。

「……勝敗に関してはグラノ様の勝ちだったにゃ」

「そうですか」

 微かに嬉しそうにするシュレイドを見逃さず二の句を告げる。

「でもリーリちゃんは意地悪だからにゃ~、現実を君には伝えねばなるまい」

「現実?」

「本気でやっていたらリーリちゃんが勝っていたんだぞ。めんどくさいからやらなかっただけだからにゃ、この後、それを証明してみせよう」

「……」

 シュレイドが微かに眉をひそめている。リーリエは思わず笑い声を我慢する。

「おやぁ、ムッとしたねチミィ、くく、そういうとこは素直でいいゾ」

 そう言って伸ばした腕をだらりと地に降ろした。

「そんなこと、ありませんけど」

「さ、話は終わりだ。よ~し昼寝だ昼寝、そろそろ夕暮れだけど」

 リーリエは目を瞑る。

「え」

「少し寝るみんすいみんみん、話はそれからだにゃ」

「でも、俺さっきまで寝てましたし」

「それもそうだにゃ、んじゃ、ちょっとシュレぴっぴは空でも見つめて昔のグラノ様の強さでも思い出しときな……ぐぅー」

 隣のリーリエは言葉の直後に眠りに落ちていた。凄まじい速さで寝息を立てている。

「嘘だろほんとに寝るのかよ。どんだけ自由なんだよこの人」

 しばらくの時を無言で過ごす。


 そういえば最近は視線を足元ばかりに向けてしまっていた事に気が付いた。

 シュレイドは深く呼吸をした。

 言われた通りに昔のイメージを思い出す。

 祖父の立ち姿。

 祖父の構え。

 祖父の動き。

 祖父の剣。

 今の自分はどれほどあの剣に近づけたのだろう。

 そんなことをシュレイドは久しぶりに考えていた。

「……うんうん、そうそう、まずはリラックス。リラックスはだーいじよ。んでイメトレ」

「リーリエさんいつ起きたんですか?」

「……ずっと起きてたにゃ。全然寝れんわ、多少リーリちゃんも昂っているらしいぜよ」

 完全に寝てただろと思ったシュレイドは素直に口に出してしまう。

「いや、凄い速度で寝落ちてましたけど」

「うへへへ、イイ感じに遠慮が砕け散ってきたね。さって、チミからも無駄な力が抜けたようだし、そろそろやろうかいねぇええええ、リーリちゃん久しぶりに張り切っちゃうぞぅ! よっと」

 そう言って原っぱにバッと飛び起きたリーリエは手招きをしてシュレイドを挑発するように立たせる。

「……あの」

「はは、遠慮すんなしぃ、全力でいいぞ! というかそうしないと怪我じゃ済まないかもよ? リーリエちゃんちょっと手加減とか面倒で苦手だし、手加減するくらいなら一瞬で終わらすタイプなんでね」

「全力でやるのは流石に、リーリエさんが怪我したら危ないと思うんで」

 リーリエは眼を真ん丸にしたあとニマニマと笑う。

「ピクピクッ、お、おっおっ、何と言う発言!? 何の躊躇もなくそう言えるとはリーリちゃんびっくりだじぇぇ、そこまでくると呪いにも見えてくるな? グラノ様はどんな指導をしてきたってんだにゃ?? ま、剣を打ち合えば分かるか」

 にやにや、ヘラヘラとするリーリエの立ち姿からは緊張感がまるでなかった。
 しかし、同時に隙も無い。

 リーリエは腰に手を当ててふんぞり返った。

「安心したまえよシュレぴっぴ。チミがリーリちゃんに怪我させないかを心配するのはまだ早すぎるんだぜ。そうかそうか、なるほど、こりゃあクソ真面目でクソ不器用が極まる感じみたいだにゃ。けど嫌いじゃないぜそういうやつ、眩しサンセットビーチ、ああ、バカンス行きてぇ」

「でも……」

「全力で剣を振るった事、実は一度もないだりょ?」

「はい、ここ数年はじいちゃんも居なかったので」

「君の言葉の端々は謙虚でありながらも非常に傲慢なんだにゃ、周りみぃんな見下している事とそれは相違ない。ある意味で諦めにも近い何かを孕んでんだよなぁソレって」

 正直、シュレイドはどう答えていいか分からなかった。

「カッカッカ、安心しやがれだにゃ、リーリちゃんに今のお前ごときの剣が届くことはない。100%……いや、99.9%くらいない。リーリちゃんは面倒事は嫌いだから言い訳の余地だけは作っとくわゴメンゴ」

 片手を空を切るように目の前にピッと突き出し、人差し指を立てぺろりと舌を出す。

「流石にそれは言いすぎじゃ」

「ふひゃひゃ、みーんなリーリちゃんを前にするとそう思っちゃうんだよねぇ。確かに仕事絡むと全く出来んよリーリちゃんはねぇ、めんどくさいし出来るだけ楽はしたいし、怠惰に生きていきたいもんでぬぇぇぇ。ただ……」

 ニッコリと微笑みながらリーリエはゆっくりと構えを取る。しかし、腰の剣の柄は何故か掴まない。

「……君ほどの剣好きには負けられない立場だから言っとくけど、自分の好きな事、剣の事だけならば、リーリちゃんは間違いなく世界一だじぇ。冗談抜きで、君のじいさんよりも、リーリちゃんはつええかんね。覚悟決めておけよ少年」

 再び微かに眉がピクリと動く、じいちゃんよりも強いという言葉にシュレイドは反応してしまう。

「グラノ・テラフォールよりもというのが気に食わねぇみたいだにゃ? やはり素直でいい、抑え込んだ感情などつまらない。そうでなくちゃこんなに長い時間リーリちゃんがこうして起きている意味がないかんね」

「どうしても貴方が俺のじいちゃんより強いとは思えないもので」

 シュレイドは剣で戦うのがまだ怖かったはずなのにそんな事さえも忘れて鞘に固定されたままの剣を自然と構えていた。

「なんだ、そんな顔も出来るんじゃん。くふふふふ、君はなんだか色々とめんどくさくこじれすぎだし、考えすぎだ。今は剣を楽しもうじゃないか」

「はい……後悔、しないでくださいね」

 シュレイドの空気が張り詰めていく。久しぶりに全力で剣と戯れることが出来る機会であることを無意識に理解していた。

「おお、悪くない。ぞくぞくするにゃ~~~~~、やっぱり剣相手の方が燃えるよリーリちゃんはさぁ」

 シュレイドは鞘に入ったままの剣を右手で握りこんで掴み構える。

「リーリエさん。貴女も早く構えてください」

 風にさわさわと靡く髪。ゆらゆらとした出で立ちのままで小さく呟く。

「はは、まだまだ青いにゃぁ、剣ならばリーリちゃんはずーぅっと最初からかまえているよぉ?」

「!?」

 刹那の出来事だった。次の瞬間背筋を撫でる空気が凍り付くように走り、即座に臨戦態勢を取って見えない剣閃をはじき返した。

「にゃあああああ!? おえええええ、マジか君!!」

 リーリエは驚愕して震えていた。その震えは喜びへと変わっていく。

「今の見えたのかにゃ!? 確かに小手調べのつもりではあったけど想像以上だにゃ、なるほろなるほろ。そりゃ、まぁあんな口の利き方にもなるってもんデストロイだにゃよねぇええええ♪」

「くっ、なんだいまの!?」

 今の一撃で全身の感覚が一気に覚醒する。微塵も油断できないその状況にシュレイドも思わず無意識にスイッチが入っていく。入れざるを得なかった。

 二人同時にその口元の端が緩んでいた。今の一撃でリーリエの強さを悟った。彼女は相変わらずのほほんとしたままでいる。だが、それこそが彼女の真骨頂だと即座に理解する。

 彼女の言う通り本気でいかないと怪我では済まない現実になる事を頭でなく心が理解した。

「……行きます」

「ああ、来たまへよ」

 シュレイドは幼い頃ぶりに全力で思い切り誰かに剣を振るっていた。無心にただ目の前の相手と剣をぶつけ合う。

 グラノとの訓練を思い出す。あの頃も必死だった。でも、いつからかグラノとの訓練でも手を抜くようになっていった。

 祖父に怪我をさせたくないという気持ちが芽生えていた。

 その余裕がシュレイドには生まれていく。グラノがそれに気付いていたのかは今となっては知る由もない事だった。

 だが、ここでシュレイドはリーリエとの出会いで今の自分の到達点を知る。
 そして、初めて世界の広さを体感する事になったのだった。

 気が付けばシュレイドだけが再び空を仰いでいた。

「ぶっはぁああ、はああああああ、リーリちゃんってばスタミナが課題ぃいいいい、日頃の怠惰がたたっているかもしれぬいいい。いやいやいや、だってここまで長時間持つ奴なんているわけないと思ってたし、ぜぇはぁ、やっべぇえ」

 大の字にぶっ倒れてピクリとも動けなくなったシュレイドを見下ろすリーリエは肩で息をしていた。

「……つ、え」

 ビッとシュレイドに人差し指を向けてドヤ顔でリーリエは叫ぶ。彼女にしては珍しくボリュームのある声だった。

「いやはや!!! リーリちゃんの目に狂いはなかったようだにゃぁ!!! けど、まだまだリーリちゃんの方がうーえー!! つーよーいー!!! いえええ」

 大人げなく子供の喧嘩で相手を挑発するようなリーリエの物言いに腹が立つものの、何も言い返すことなど出来ない。
 これが事実で、目の前ではしゃぐ人物に成す術もなく叩きのめされたのは揺るぎない現実だ。

 先ほどと同じように空を仰ぐ。否、自分の身体の自由は強制的に利かない状態でそうすることしか出来ないというのが正しいだろうか。

 ここまで完膚なきまでにやられたのはまだ幼い頃にグラノの稽古で倒され続けていた最初の時期以来だった。あれはまだ5歳かそこらの頃の記憶だ。

「くそ」

 にんまりと満足げにリーリエはしゃがんで動けないシュレイドのほっぺをツンツンとつつく。

「あ~、シュレっち悔しがってるぅ~~、ウヒヒィ、その顔見たかったんだァよねェェェ!!!! ゲヒャヒャヒャ」

 下卑た笑いを倒れているシュレイドにわざとらしく向けるリーリエ。

 後の先、と呼ばれる戦法でシュレイドを翻弄した。相手の動きを見てから対応していく戦い方だ。
 本来であればテラフォール流は全ての武器、流派に対しての戦い方を体系的に整えてある流派である。
 スライズ流への対処も当然シュレイドの頭に入ってはいた。

 だが、繰り出されるリーリエの剣術はスライズ流であってスライズ流にあらず、全く独自の流派といった感覚だった。
 自分だけの剣術という概念がある事が分かる。他の誰にも真似できない剣。自分だけの戦い方。だからこそシュレイドでさえもまるで対処の方法がなかった。

 そもそも視覚的に目に見えている剣がリーリエの本命の剣ではないという不可思議かつ意味の分からないその現象に対応しきれなかったのだ。

「なぁ、シュレぴっぴ。チミって本当にテラフォール流なんだよな?」

「はい」

「うーん、正直言うけど、チミその流派向いてないんじゃね?」

「……ッ」

シュレイドは絶句した。そんな事を言われたのは初めてだった。

「なんていうか凄く窮屈に見えんだよにゃぁ。確かに型は綺麗で基本は完璧だし技自体の応用や状況判断も悪くない、というか寧ろいい、いや、良すぎてキモイ。でも、そこにチミの意思や思考は実は介在していない」

「意志や思考、ですか」

「こうしたらこう、こうしたらこう、ってのが決まりすぎてるっつーのかにゃ?」

「それはでもテラフォール流の基本戦術で……身に着けたことで」

「ふぅん。ならテラフォール流ってのは突発的な出来事にはよわよわざこざこ剣術ってことか」

「……ちがう」

 それだけは否定したかった。祖父から直伝されたこのテラフォール流が弱いなんてはずはない。そう信じたかった。
 こうして負けたのは自分だ。テラフォール流ではない。

「ちがわねぇかな、というかそのお手本通りかつ曲芸みたいな剣術は、えーと、あれね、どちらかと言えば新興のエニュラウス流っぽいじぇ」

「……エニュラウス流?」

 リーリエは少し思案して昔、グラノと手を合わせた時の剣を思い出す。今でも鮮明に一手、一手まで思い出せる。

「ううーん。チミがグラノ様に教えられてきた剣術、まだちゃんとしたテラフォール流じゃないかもしれんにゃ」

「えっ」

「これはチミと剣を合わせたリーリちゃんの予想なんだけど」

「グラノ様、チミにちゃんとしたテラフォール流を教える前に死んだんじゃね? そんな感じ、とにかくピースが足りなさすぎ問題」

「そんな」

「いわゆる剣の基礎だけなら多分リーリちゃん並みにできてんのよなチミ。だからルールアリの試合形式ならリーリちゃんといい勝負になると思う。いやそれだけでもシュレぴっぴの年齢から考えれば驚きではあるし、リーリちゃんがチミと同じ歳だった時よりも多分遥かにつええ。なんだけど……そうだなぁ」

「……」

「シュレぴっぴ。チミしばらく適当にスライズ流でもやってみたら?」

 思わぬ提案にシュレイドは思考が停止する。

「てき、とう?」

「そ、型とか固定概念とかそういうのこれまでの教えられたこと。一回全部捨てちまえっちんぐぅ~みたいなやつよ」

 テラフォール流を捨てる。その言葉をどう受け止めていいか分からなかった。

「これを、捨てるなんて、俺には」

「出来ないか? まぁそれならそれで、チミ。今以上の剣使いにはきっとなれないかにゃぁ。普通に騎士になるには既に十分だろうけど」

 リーリエはシュレイドを見下ろして告げる。

「今以上には絶対になれない」

「これ以上強くは、なれない」

 薄々気付いていた事だった。昔はやればやるだけ上達を感じられた。だが、今はその感覚はない。核心を突かれて押し黙ってしまう。

「そ、限界値。厳しい方をすれば今の知識の上でのレベル上限、それ以上に今のスタイルで強くなることは絶対に出来にゃい。チミが祖父に教えてもらったアレコレはもう既にきっと習得しきってしまっている感じなんだよねぇ。ま、その歳で伸び代がない頭打ちってのは、かなりやべぇ事なんだけども」

「限界、ですか」

「そうにゃ。でも今なら全部捨ててやり直せばまだ可能性はある。チミ、まだ若いから」

「テラフォール流を捨てる事なんて俺には」

「まぁ、ずっとじゃないよ。しばらく使わないってだけよ」

「……」

「心配しなくて大丈夫のブよ! 積み重ねたもんってのはさ、あとあとになって点が増えるほどに繋がるんだ。無駄な事なんかない、究極の効率厨であるリーリちゃんのいう事だから聞いといて損はないんだにゃ」

 シュレイドの目に微かに光が灯る。

 昔、抱いていた想い。

 いつしか抱かなくなった想い。

 強く、なりたい。

 もっと、強く。

 そんな想いに胸が焦がれていく。

 今更になって負けたことに悔しさが込み上げてくる。

 アンヘルにかけられた言葉が脳裏をよぎる。

『誰も殺さないという選択が出来るのは、誰よりも強い、そう、頂点に立つ者だけだ』

 本当の強さとはなんなのか。
 
 シュレイドはいつしか分からなくなっていた。

「どうすれば、どうすれば俺はもっと強くなれるんでしょうか」

 今にも泣き出しそうに縋るシュレイドの瞳をみてリーリエは小さく答えた。

「学園祭の間は居るから朝と晩、リーリちゃんが稽古つけてやるよ」

 思いもよらない九剣騎士からの申し出に久しく感じていなかったワクワクした気持ちが生まれ胸が高鳴る

「え、本当ですか?」

「キラキラした目ぇしやがってこんちくしょう、素直か!!」

 そう言いつつもリーリエも楽しそうだった。

「ぜひ、よろしくおねがいしま、あ、今日はもう身体が動かない」

 リーリエはゲラゲラとひとしきり笑った後、シュレイドの近くにしゃがみ込む。

「とりあえずさっきのおばばのとこに戻るぞ~、チミは動かなくていいぞ。シュレぴっぴとの剣の会話は久しぶりに心地よかったんでね。気分がいいから運んで差し上げますわよリーリちゃんモードを特別に発動してやろう」

 こうしてシュレイドは自分よりも小柄な女性にお姫様抱っこをされて運ばれるという人生で初めての貴重な経験をするのだった。



つづく

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