トリカブトを生薬として使う話

トリカブトを生薬として使う話



トリカブトという猛毒の植物があるのはご存じの方が多いと思います。トリカブトは全草に、つまり根から茎から葉から花まで全て、アコニンサンという猛毒を含んでいます。トリカブトにとっては身を守る目的なのでしょう。トリカブトを食ったら最後、その生物は助かりません。だからトリカブトは虫に食われることもなく、動物に食べられることもないのです。



ところがこのトリカブト、中医学では伝統的に重要な生薬です。無論政敵を暗殺するためにも有効なのですが、医学的には鎮痛剤、及び冷え症に使う生薬として重要なのです。



トリカブトの毒性成分であるアコニチン酸は加熱すると分解されるのです。そして加熱したトリカブトは附子(ぶし)という生薬になり、鎮痛作用及び温熱作用を持っています。附子を含む漢方薬はたくさんあります。八味地黄丸、牛車腎気丸、大防風湯、桂枝加朮附湯、葛根加朮附湯、真武湯、附子湯etc, etc。



共通するのは、こういう処方は例えば女性特有の冷えを治療する処方ではありません。加齢に伴って生じるフレイルの症状としての冷え症を治療するのです。更に、桂枝加朮附湯や葛根加朮附湯に含まれる附子は単に冷え症を治療する目的ではなく、高齢者が悩む「痛み」を治療するために使われるのです。八味地黄丸に附子が配合されているのも、冷えだけではなくフレイルな高齢者の「足腰の痛み」を治療するために配合されています。



ところが、トリカブトの毒性成分であるアコニチン酸を加水分解するには加熱すればよいと言いましたが、徹底的に加熱すると薬効成分まで分解され、薬効が薄らいでしまうのです。ツムラはそこは割り切って、「冷えを改善すれば良しとする」という方針で徹底的に加熱してしまいますので、ツムラの八味地黄丸とか牛車腎気丸とか桂枝加朮附湯を高齢者に飲ませても、せいぜい冷え症の改善にはなりますが痛みには効きません。あまりにも加熱しすぎていて、鎮痛効果がある成分も失われているからです。



ツムラもそこは分かっていて、「修治附子末」という商品を出しています。これは八味地黄丸その他のような処方に入れるほどには加熱していないトリカブト粉末です。しかし我々漢方医は通常ツムラの修治附子末ではなく三和の加工ブシ末を併用します。三和というメーカーは、附子に特化しているメーカーです。附子剤だけを扱っています。三和の加工ブシ末はツムラの修治附子末よりさらに加熱の度合いが低い。だから鎮痛効果は高いが、多用するとアコニン酸による毒性を引き起こしてしまいます。三和からメーカー名を変えた会社が出している「アコニンサン錠」というのがあって、これはトリカブトの根をサクッと軽く加熱したものを粉末にして錠剤として固めたものです。私が通常使うのはこれです。ツムラの八味地黄丸、牛車腎気丸、桂枝加朮附湯などにこれを併用します。痛みが主である場合はツムラの修治附子末ではダメで、三和のアコニンサン錠を足して初めて高齢者の色々な痛みに対する鎮痛効果が出ます。



烏豆(うず)という生薬があります。烏豆も附子もトリカブトですが、トリカブトのひげ根を使うのが附子、主根そのものを使うのが烏豆です。烏頭を初っ端から使うことはないのですが、附子をいくら使っても鎮痛効果が得られないとき、烏頭を使います。附子はひげ根で烏豆は主根そのものなので、烏豆の方が鎮痛効果は強力ですが、毒性も強い。烏豆は慎重に、まず1gから試していきます。アコニンサンによる舌の痺れや感覚麻痺、不整脈が起きないことを確認しながら、徐々に増やしていきます。


ここまでは私があゆみ野クリニックで扱う範囲ですが、実は「白河附子」というものがあります。これはトリカブトの根を加熱せず、そのまま使うのです。煎じるからある程度は加熱されますが、相当量のアコニン酸を残しています。白河附子の鎮痛効果は抜群だそうですが、死ぬかもしれないので私は使ったことがありません。ひょっとすると患者は死んでしまうから痛みを感じなくなるのかもしれない・・・。



漢方薬を甘く見てはいけないのです。

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