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目覚めの一杯


ぼけーっとするのが彼女は好きらしい。

しかもそれが、テレビやラジオ、本や音楽を観ながらだったり聞きながらだったり、そういう何かをやりながらぼけーっとするのが好きらしい。

他の人からすれば、どれか一つでよくないかとか、逆に気が散ってぼーっとできなくないか、とかいろいろと思うところがあるだろう。

それでも彼女はいつも何かをしながらぼけーっとしている。

むしろ何かをしないとぼけーっとできないらしい。

初めてそれを聞いたときはなんだそれと思ったけれど、よくよく彼女を観察していると本当に何かをしていなければぼけーっとできないというのは本当だった。

というか何もしていない状態の彼女は寝ているか、ご飯を食べているか……寝ているか。

その二つしか思い出せない。

とはいっても、何かをしていなければぼけーっとできないというだけで、何かをしている時に常にぼけーっとしているわけではない。

わりとそのあたりはよく間違えられるので、最近彼女は否定するのも面倒になっているという。

だったらそれを止めればいいと思うとか言ってしまった日には、喧嘩以上にひどいことが起こるので、絶対に言ってはいけない。




今日も彼女はぼけーっとしている。

今日は映画を観ながら携帯ゲームをしながら、ぼけーっとしている。

映画好きにもゲーム好きにも考えられない光景だよなあなんて思う。

いや、きっとどちらかは本当にちゃんと観ていた、もしくはしていたのだと思う。

それでも途中からぼけーっとしてしまったのだと、そう考える。

とりあえず彼女の好きな紅茶でも淹れて、目の前に置いておこう。

そうしたらきっと、香りにつられてこちらに気がつくだろう。

……たぶん。

紅茶を淹れて、彼女の目の前のテーブルにそっと置く。

淹れたてで冷ましていないし、部屋の温度も少し低いせいか白い湯気が彼女のお気に入りのカップから上がっていく。

彼女の目線まで湯気が到達したとき、その香りも彼女に到達したらしく彼女は目を瞬かせてこちらに戻ってきた。

紅茶、淹れてくれたの?

声を出さずに頷く。

ありがとう、もらうね

彼女はそれだけ言うと、お気に入りのカップを手に取り、口に運ぶ。

猫舌ではない彼女は大きめの一口を飲む。

しかし猫舌ではなくとも、食道はその熱さを感じ取ったらしく彼女は慌ててカップをテーブルに置き、胸に手を当てる。

あっつぅうういぃい……


小動物っぽいうめき声を上げた彼女は、この三分後また同じ轍を踏むことになる。


冬が近づくとよくある光景である。

今日も平和だな、と彼女を見て思ったのだった。







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