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拙作語り㉝~異世界トリップ系SF風FT『Treasure Ship』

かれこれ15年ほど前に書き、以降十数年と完結出来ないまま中途放置している(現在進行形;そして今後も完結できる気など無い;;)一次創作SF風味FTなBL小説『Treasure Ship』について語ります。
一昔以上前の筆なので、現在のダイバーシティ的な配慮に欠けた表現が出てきますが、<原文ママ>で再掲したことをお断りしておきます

誕生の経緯

当時所属していた某招待制創作系コミュニティで、某様が日記に書かれていた「異世界トリップで『BL世界』に行く」「少年がBL華やかな異世界に飛び、当地で人間関係(というか恋愛関係)で揉めつつも世界を救う」的な話に過剰反応し妄想開始。
自分が異世界飛ばされ系を書くなんて思わなかった…書いてみたら凄く色んなとこ若いというか青くて、若作りしすぎてて本人もビックリです(おおいに自爆)。
SFにしたのは「学生のころ考えたSF風味な設定を再利用してみたかったから」で。メインを七福神にかぶせてみたのは…単なる思いつきです。どこでどう転んだんだろう自分…色々と謎。でもそれが妄想特急の醍醐味(おい)。。

主要登場人物

布袋和尚〈ほてい かずひさ〉:布袋
 現代日本から異世界「マヨイガ」へ飛んできた、ごく普通の高校二年男子。あらゆる攻撃を無効化する能力者「マイト・バニッシャー」として戦いに巻き込まれていく羽目に。
 
ミレレ・アルディ:福禄寿
 ヒトシ(後掲)により、彼の友だった白獅子バヤードが人間として再生され誕生した、いわば白獅子と人間のキメラ。高い運動能力とタフさを誇り、それが彼の武器である。しかしオフ期は無邪気な子供。
 
ヒトシ・オ・ラクル:恵比寿
 ミレレやシュリー(後掲)を作ったサイエンティスト。そんな技術があるなら自分の近視を治して裸眼にすれば、とか突っ込んではいけない(笑)。同じく科学者であった父・タカミから研究施設(というか移動要塞)・ロプノールその他を引き継いでいる。
 
ブンタ・ラ・グレン:毘沙門天
 政府に睨まれた者達「トレジャー・シップ」の武将。ヒトシとは父同士が従兄弟にあたり、またいとこ。自在に姿を変える武器「シュヴァラ」の使い手。プライベートな過去では色々あり…それが現在の飲酒癖だったりシュリーとの微妙な関係だったりに繋がっている。
 
シュリー:吉祥天
 ヒトシが研究所のセントラルコンピュータの移動端末として作ったヒューマノイド。その外見は、ブンタのかつての恋人メイ・ルー・ベル〈※男、故人〉を模している。にしても、外見がまるきり男に見えない(自爆)
 
イーリン・カメリア・オズメ:天鈿女命
 もとは政府寄りのマシナリー・プロフェッショナル。こんな姿でも男で、自称はオレ。反政府組織とも言えるこちらのメンバーとなっているにはビミョーな経緯があるらしく…外での対人関係にも謎が。
 
カーラ・オオグロ:大黒天
 ヒトシの父・タカミの「知人」。数十年経っても外見が全く老けず、ヒトシはじめメンバーともつかず離れずの距離をとる謎の人物。その謎は、和尚が過去の女神ウルドの扉を開けた際に解き明かされる…

主要人物集合画

上掲が集合画の一つであり…
 ほぼ中心:和尚
 左上から時計回りに、
  ミレレ
  ブンタ
  ヒトシ(ブンタだけでなく彼も「シュヴァラ」を所持してる)
  イーリン
  カーラ
  シュリー
…となります。
気になっている方も居られるでしょうが、本来の七福神とは組成に改変があります。寿老人を外し、その代わりに吉祥天を入れ。弁財天の代わりに天鈿女命アメノウズメノミコトとして、「紅二点時代の七福神」(そういう時代があったらしい…)に近い状態にしています。

本編本文

書いた箇所までを再掲します。が、前述のような事情で中途で切れます・・・

 ある朝の、一軒家。
 慌しく階段を駆け下りる足音が響く。
「遅刻はもう勘弁だってのに…!」
 覚めきらぬ目をこすりながら、かばんを抱える学生服の少年がつぶやく。
 とっくに仕事に出掛けた両親、少し距離ある高校に通う妹。彼らの姿は、既にない。
 戸締まりを済ませて家を出ると、何ふり構わず物置へ走り、自転車に跨る。ガレージを突っ切り、ひたすら学校目指して無心にペダルをこぐ。
 この少年こと布袋和尚ほてい かずひさは、どこにでも居るような普通の高校二年生。彼の乗る自転車が、長い下り坂へと差しかかる。
 彼の自宅は坂を登りきった小高い場所にある。
「お前ん家ってさー、庭でメシ食うだけでハイキング気分だよな」
「行きは良い良い帰りはこわい…って、『通りゃんせ』状態だよね」
などと茶化す同輩も居るくらいだ。
 いつものように、重力にまかせて下り坂を飛ばす。曲がり角に近付き、ブレーキを握る。…だが。
――きかない!?ウソだろ!!昨日までは何とも無かったぞ!?
 スピードを増すばかりで止まる気配のない自転車。眼前に迫る、ガードレールとカーブミラーの柱。
――もうダメだ…!
 朝から何てツイてない日なんだ…
 彼の記憶は、そこで途切れた。

『Treasure Ship』1.始まりは突然に

 頬を刺すような冷たい風に、和尚は我に返る。
 周囲を見回して、愕然とした。
――なんだよ、ここ!?
 強いて喩えるなら、ニューヨークはマンハッタンの交差点。見慣れた通学路とは全く似つかない景色の中に、彼は高校の制服のままで立っていた。
――しかし、なんて寒さだ…
 いま、季節は冬なのだから寒いのは当然なのだが、それにしても吹きつける風が痛いほどだ。
 思わず、手袋をはめた両手をこすり合わせて頬を覆った。
 落ち着いて辺りを眺めると、通りを行き交う人の姿がある。寒さにかまけて寄り添い歩く恋人たち。冬ならではの、よくある景色だ。しかし、彼は違和感を覚えた。そして、その理由に気付く。
――なんでカップルが揃いも揃って男同士なんだよ!?おかしいだろ、これ!
 更に背筋が寒くなり、身震いする。と、不意に声をかけられた。
「ハロー、カズヒサ・ホテイ」
――え?俺の、名前…
 驚いて声の主へと視線を向ける。そこに立つのは、オフホワイトのコートをまとい、ベリーショートの白銀の髪にグレーの瞳、ビスクドールのような白い肌をした少年だった。いや、少年とは断定出来ない、可愛らしい顔立ちと華奢な体付きの、年の頃は十二歳前後といったところの子供である。
「ごめんね、手違いでこっちに『不時着』しちゃったんだって。さ、行こう!」
 彼が返事をする間もなく、この人物は彼の手を取ってストリートを走り出す。
「ま、待って…くれ…」
 朝食抜きのきっ腹に、この運動は辛かったらしい。すぐに意識が朦朧としてきた。足が止まりかける。
――君は何者なんだよ。行くって、どこに?それに、そもそも…ここは、どこ…なんだ…
 訊きたいことは、いくらでもある。しかし、頭も体もついていかない。
『朝食を抜いた俺。頭に繋がるコンセントも抜けてる俺』
 何かの宣伝コピーらしき文章が、霞みがかかったような脳内を走り抜けていった。
 唐突に、少年の足が止まる。
「ここから先は階段だよ。注意して」
「え…」
 目の前には、暗がりへと続く下り階段がのびている。
 彼に手を引かれるまま、階段を降りて行く。目をこらしてようやく周囲を認識できるほどの闇の中を更に進む。
――なんだろう。何昔か前の、古風な地下街みたいな感じだな…
 和尚がそんなことを思いながら歩いていると、少年はいかにも古そうで重たげな扉に近付き、押し開ける。その先には、ただ闇があるばかりだった。
「カズヒサ、ボクの背中に乗って」
 少年が腰を落としながら肩越しに言うので、驚いて訊き返す。
「…は?」
「おんぶするって言ってるの」
「えー!無理、無理!君みたいな細くて小っこいのに、俺が…」
「ダイジョーブ!」
 彼が止めるのも聞かず、少年は嫌がる彼を軽々と背負う。
「さあて…」
 足取りも軽く、闇へと踏み出す。
「うわあぁぁぁーーー!!!」
 情けない叫び声をどれほどの間上げ続けただろうか。
 2、3Gほどの衝撃と共に、少年が彼を背負ったまま無事に着地し、何事もなかったかのようにまた歩き出す。そして再び眼前に現れた重厚な扉を開ける。
「…え?」
 扉の先には、昼間のような明るさの廊下が続く。
 少年は和尚を下ろすと、廊下を先へ先へと進んでいく。慌てて後を追いかける。長い廊下を曲がった先の壁の前に彼が立つと、静かに壁がスライドして開く。
「お疲れ様、ミレレ」
 壁、いや、扉の先にあった部屋に居た人物が、少年に笑顔で声をかける。
「ハイ、パパ」
――パパ?
 赤茶の髪、青の瞳に眼鏡をかけて白衣を着た、いかにも研究者風の、せいぜい二十前後といったところの青年だ。この少年の父親というには若すぎる。
 この男の他にも、部屋には先客が二人居た。『パパ』と呼ばれていた男と同年代と見える、男女だろうか。鳶色の髪に、『パパ』と同じ蒼眼の青年。そして…もう一人。
――うひゃあ。なんてマブシイ…
 ブロンドのゆるやかなウェーブのかかった長い髪に、エメラルドのような澄んだ緑の瞳。それらが美しく白い肌と端整な容貌、抱き締めたら折れてしまいそうに細く頼りなげな体躯を引き立てる。
「すまないね。色々話しておきたいことはあるのだが…あまり時間が無い」
 申し訳なさげに、『パパ』が和尚に言う。そして、金髪碧眼の美人へと向き直り、
「余裕的には、あとどのくらいだろうね。シュリー」
――あ、この人の名前はシュリーなんだな。
 和尚が脳内のメモ帳に書き込んでいると、
「警戒区域に迫りつつあります。100セコンド切りました」
「そうか…予想以上に早いな。本当に申し訳ないが、説明は後だ」
 彼の言葉と共に、頭上から轟音と震動が襲う。
「来てしまったようだ。出るしかないな…それじゃ、プランE-08-SKPを開始する。あとは打ち合わせ通りで…いいね?」
 居合わせた、和尚以外の全員がうなずく。
「90セコンド後に、当オ・ラクル第六ラボの抹消プログラムを発動します」
 シュリーが機械のごとく冷静に告げ、近くの壁に手を添える。
「エレベータ、作働します」
 部屋が一度、ガクリと大きく動く。
――なんだよ、部屋ごとエレベーターってワケ!?どうなってんだよ、ここは!?つうか、こいつら何者…?!
 しかし、誰も答えてくれそうにない。和尚はただ黙りこむばかりだった。
 ほどなく、部屋が再び大きく揺れ、止まる。
 『パパ』が壁のスイッチに指を置き、もう一人の青年に言う。
「ブンタ、頼むよ」
 ちらりと彼を見遣る青の瞳が、鋼の刃のような光を宿す。
 その刹那、部屋の扉が開け放たれ、外界の光と冬の風とが容赦なく流れ込む。
 これと時を同じくして、数えきれぬほどの光と炎の玉が激しい音を立てながらこちらへと飛んでくるのが見えた。
――待ってくれよ!映画とかゲームじゃないんだぞ!!どうしてイキナリ戦争モードになってるわけ!?ありえねえよ、これ!!
 慌てふためく和尚。だが、ブンタと呼ばれた青年は仲間を庇うがごとく、当然のようにそれらの前に立ちふさがる。
「シュヴァラよ、この手に」
 彼の宣言と共に、彼の手に短い光の杖が現れる。
そう!」
 その言葉で、杖は瞬く間に伸びて槍となる。両腕を前方へ差し伸ばし、彼が光の槍を素早く回転させると、瞬時に巨大な風車となり、攻撃をね飛ばした。
――うわ!この人、なんか無性にかっこええ!
 感激する和尚を誰一人気に留めることはない。
弓箭きゅうせん!」
 そして光の槍は弓矢へと姿を変える。ブンタは光の弓を上空へと向けて引き絞り、矢を放つ。一本と見えた光の矢は無数に分かれて突き進み、先程火の玉を降らせていた「モノ」へと突き刺さる。数瞬ののち、大爆発が起こる。
「ここで解散だ…また後でな」
 つぶやくような『パパ』の言葉だけが残る。素早く、皆が別々の方向へと散り去っていく。
「カズヒサは、ボクと来て!」
 彼が戸惑うより早く、ミレレが彼の手を掴み、駆け出す。
「どこへ…行くの?」
「『ロプノール』への転送可能領域まで」
「ロプノール…」
 それは、シルクロードに存在したという彷徨さまよう湖の名前だが…
「パパの…ボクたちの『ホーム』だよ」
 不意に、ミレレの足が止まる。
「あー…見付かっちゃった、ボクたち。ツイてないね」
「え!?」
――まさか、さっきのがまた来るの!?あの兄さん、居ないじゃん!俺たち、大丈夫なの!?
 狼狽する彼に、ミレレは自身がまとっていたコートを脱ぐと押しつけながら、
「これ、着て!」
「…え?」
「こう見えて、いわゆるひとつの防護服なの!このコートも、ボクのこの服も!」
 コートの下に彼が身につけていたのは、白いシャツにサスペンダー付の濃グレーのショートパンツ、ペールグレーのオーバーニーソックス。見た目は、全くもって普通の服でしかない。
「多少の炎や衝撃なら、何とか避けられるから…信じて!」
 なおもまごつく彼を見兼ね、コートを無理やり彼に巻きつける。そして呆気に取られる彼をそのまま小脇に抱えた。
――俺、片手で抱えられてるんだけど…?ウソお!笑えねえよ、これ!
「お願いだから、振り落とされないでね!」
 空を仰いで、祈るように告げる。地を蹴り、これまでとは比較にならないほどの速さで駆け出した。入り組んだビルの谷間を抜け、壁を駆け登り、壁の間をジグザグに縫うように跳びながら、尚も少年はひたすら前へと走り続ける。
 人気のないストリートを疾走する彼らめがけ、火炎弾の雨が降る。それは、さながら映画かゲームの中の出来事のようだった。だが、吹きつける熱風と何かが燃え焦げるような鼻をつく臭いが、それが夢などではなく現実なのだと彼に強烈なまでに思い知らせた。
 集中砲火を避け切ることが出来ず、ミレレの髪や頬、肩先を炎がかすめ、やがて焦げ臭い匂いを立ち昇らせる。
「…ちぇ。パパご自慢の難燃性・耐衝撃繊維も限界か。急がなきゃ」
 ぼそりとつぶやいた少年に、たまらず和尚は声をかけた。
「ミレ、レ…?」
「なに、カズヒサ。黙ってて」
「黙ってられないだろうよ!君、なんでそんな一生懸命になれるんだよ?こんな何の取り柄もない俺を置いて逃げれば、どんだけ楽か…」
「バカ!」
 初めて聞く、この少年の厳しい口調に驚く。
「カズヒサは、パパが捜しに捜して見つけ出して呼び寄せた人だから…絶対にボクが『ホーム』まで連れていくんだから…!」
――ああ、なんて情けないんだ。俺は…
 心底、切なくなった。自身の無能さが悔しかった。
――「無」…?
 遠い昔、祖父から聞いた言葉が脳裏をよぎる。
『「無」とは、ただ「からっぽ」「役立たず」であるのとは少々違う。無用と思われるものも用をなし、無心から発する行いや言葉が大いなる力を宿すことがある。…お前にはまだ、チョット難しいかな』
――そうだ、俺は平平凡凡。でも、空っぽってことは何でも入るってことだ。何の色にも染まるってことだ…!
 もう嫌だ。目の前の彼が傷つくのをただ見ているだけなんて、もう沢山だ――その思いが、彼の中に在ったスイッチを入れた。
「もう、させねえー!」
 彼の叫びと共に、周囲の炎が掻き消えた。いや、火炎弾が彼らの傍に近付くと何かに吸いこまれるがごとく消え去っていくのである。さながら、無敵のバリアに取り囲まれたかのようだった。
「わぁ…なんともない。不思議だな。何だろう、これ」
 ミレレが和尚を下ろし、汗をぬぐいながらつぶやく。
「マイト・バニッシャー…。なるほど、ヒトシがそのチカラを見込み、次元を捻じ曲げてまでこっちへ引っ張り込んだだけのことはある」
 唐突に、彼らに割り込んだ声。ミレレがはっと目を見開き、首をめぐらす。
「防御的な才能は非の打ちどころがないケド…攻撃能力は皆無だねえ。この現状には今ひとつ決定力不足ってとこか。やっぱ、オレが手を貸さないとダメかあ」
 その言葉と同時に、上空へと幾重もの光の束が激しい音を立てながら昇って行く。次の瞬間、轟音が頭上で炸裂し、ぱったりと火炎弾は止んだ。
 カツン、と目の前からヒールの音が響く。
 光によって深緑にも見える、肩にかかる真っ直ぐな黒髪に茶の瞳。ベアトップにショートパンツと高いヒールのショートブーツという、肩や腕、脚を露わにしたファッションの若者が、そこに居る。
「…イーリン!」
 顔を上げたミレレが、安堵の表情でその人物を呼んだ。
「頑張ったね、ミレレ」
 突如現れた若者は少年の頭をなで、
「さて、転送可能領域まではあと一息だ。急ごうか」
「うん!」
 どこかけだるげに歩きはじめる若者の後に、和尚はミレレに手を引かれながら続く。
――この人、何者なんだろう。
 窮地に助けに入ってくれた恩人ではあるのだが、色々と謎が多い。いや、怪しい部分が多い。
 この寒いのに、真夏のような格好。まるで、冬でも半袖短パンで頑張る小学生のようである。しかも…
――ベアトップなのに、あまりにも胸ペッタンコだろうが。AAAカップでも、ここまでじゃないぞ…多分。
 そこまで考えて、ふと気付く。
――そうか、この人…男なのか。
 確かに、どちらかと言えば細身でしなやかな、雌猫を思い起こさせるような体躯の人物ではある。しかし、自称は『オレ』。
「…入ったな。さて…」
 何の前触れもなくイーリンが立ち止まり、パンツのポケットから何かを取り出して開く。
――け、携帯電話?
 和尚の知るものでは、それに一番近い。だが…
 不意に、何とも表現しがたい、不思議な感覚に襲われる。
――そうだ、あのとき…今朝、チャリでミラーのポールにぶつかりかけた、あのとき…
 あのときの感覚に似ている――再び、彼の記憶が飛ぶ。
 
 和尚が、ふと周囲を見回す。先程の「第六ラボ」より数段近代化いやSF風味になったような場所に置かれた椅子に自分が掛けていることに気付く。
「こちらに来てもらって早々、大変なことに巻き込んでしまったね。カズヒサ・ホテイ」
 近付き、話しかけてくるのは、あのときの『パパ』である。
「僕は、この研究施設の管理者である、ヒトシ・オ・ラクル。君を召喚した張本人でもある」
「…え」
 はっとして、他の面々の姿を探す。だが、この部屋に在るのは自分と彼だけだ。
「あのー…訊きたいことは色々あるんですけど…まずは一つ」
「何だろう?」
「あの…ミレレって皆は呼んでるみたいですけど、あの銀髪の子は…」
 彼の問いに、ヒトシが笑みを浮かべる。
「ミレレを心配しているのか。大丈夫だよ、怪我のほうは大したことない。すぐに治る」
「それなら良いんですけど…何者なんですか?あの子も、あなたも…そして、皆さんも」
 言いかけて、ふと、あの摩天楼の交差点での違和感を思い出す。
「ここ、何かおかしいでしょう?」
「何が」
「だって、男同士で普通に街中でイチャついてて。ありえないです」
「…ああ、そうか。君の世界では非日常なのか。こっちでは日常の光景なんだけど」
――なんだとおー!?
 和尚は絶句した。
「まあ、端的に言うと…元々『恋愛と結婚は別モノ』だなんて言うけれど、ここ『マヨイガ』では余計でね。『ロマンス』と言ったら、男性同士のそれを指すって感じだから」
――うわ。俺、すごいところに来てしまった。
 自他共に認める『腐女子』の妹なら大喜びするかもしれない…などと思いながら、和尚は更に別のことを訊く。
「俺ってのは、そんな特殊な人材なんですかね?こちらには居ないような…」
「ああ、その通りだ。手荒だとは思ったが、僕たちにも時間が無いものでね…ほら、『火事場の馬鹿力』とか『極限状態に置かれた兵士は最も強力』とか言うだろう?だから、君たちに『死地』を行かせた」
 ヒトシの返答に、ぎくりとする。
「ちょっと!じゃあ、あなた…分かっててミレレをあのルートに!?」
「僕はミレレの能力を信頼しているし、万一の為にとイーリンにサポートを頼んだ。君は見事に応えてくれた訳だけど」
――知っててやったってことか、あれを!
 こみ上げる怒りをこらえつつ、尋ねる。
「何をしようっていうんですか?あなたがたは」
「自衛のための戦争…といったところだ」
「自衛のための、戦争…」
 繰り返す彼に、ヒトシが小さくうなずく。
「今は平和そのものだけど、それは現政府が武力鎮圧した結果。ちょっと前までは内戦状態というか…無差別テロとかが当たり前のように起こる世の中だった。ブンタはそれで家族を亡くし、僕の父親に引き取られてきたんだ…彼の父親の従弟にあたる、僕の父の許に」
――あの兄さんには、そんな過去が…
 ブンタの雄姿を思い返す彼に、更に続けて、
「でも、それは力を力でねじ伏せただけで、歪みを残したままだ。僕の父という人は、違う道で…科学の力と人の『ワ』とで平和への糸口を求めようと研究を重ねていた」
「…ワ?」
「そう。『和』と『環』…ハーモニーとサークル・リングってことかな」
「そう、ですか…。それが出来たら素晴らしいことなんでしょうけどね…」
 ヒトシが、彼の返答に大きくうなずく。
「だが…父は『やりすぎた』。神の為せる技か禁断の魔法かという領域の技術までも手中に収めてしまった。そして、父の遺産を引き継いだ僕と、僕に近しい者たちも…。だから、政府から狙われている。彼らからすれば、こんな技術が存在することを世間に広められると体制が揺らぎかねず、不都合この上ないから」
「そんな…!なんて不条理な」
 思わず声高に叫ぶ彼をちらりと見、
「君はまだ若いね。世の中ってのは何かと不条理だらけだよ」
 沈黙が漂う。それを破ったのは、不意に開いた扉と、姿を現した人物だった。
「派手にやらかしたものだね、ヒトシ。…おや、客人か」
「カーラおじさん」
 黒い肌に漆黒の髪、赤みの強い茶の瞳をもつ青年が、部屋に入ってくる。
―――おじさん?どう見ても『お兄さん』だろ。
「仕方なかったんです。カーリヤの時のことを繰り返すわけにはいかないですし」
――カーリヤ?
 首をかしげる彼を差し置き、ヒトシは来客と話を続ける。
「なるほど。シュリーが落ち込んでいるというか悩んでいる様子だったのは、そういうことか」
「はい…用心を重ねるに越した事は無いと」
「分かった。じゃあ、わしもここで少し休ませてもらうよ」
――儂って…どんだけ爺さん気取りなんだよ?おかしな人だな…全く。
「少しだなんて言わず、ゆっくりしていってください」
 ヒトシの提案に、青年が笑顔を見せる。
「ありがとう」
 カーラが部屋を出、ドア越しに微かに聞こえる足音が遠ざかっていく。
「…あの人は何者ですか。あと、カーリヤってのは…」
「彼は、僕の父の『旧友』。父親亡き今、僕にとっては父代わりかもしれないね」
――あんな若い『父親の旧友』『父代わり』って、ありかよ…。お兄さんだろ、兄貴だろ。
 和尚の心のつぶやきなど、もちろんヒトシには届いていない。ヒトシは何事もないように説明を続ける。
「カーリヤというのは、シュリーの双子のきょうだいだよ」
「双子…?」
「そう。シュリーは、うちのこの研究施設を統括する頭脳…セントラルコンピュータの移動端末として作ったヒューマノイドだが…同型のものがもう一体あって、それがカーリヤだった」
――え?じゃあ、あの金髪美人はロボットってことか…
 何となく気落ちしながら、腑に落ちない部分を問い返す。
「だった…?」
「結局、完成されたのはシュリーだけで…カーリヤは分割の上で廃棄にされた。けれども、どうも回収されて政府側の人間が戦闘兵器として組み替え、使っているらしい。しかも、シュリーと鉢合わせたというから、もう…何と言っていいものか。まさかそんなことになるなんて思わなかった」
――ちょっと、しっかりしてくださいよ!あんた!!まじで!
「だから、処分を徹底することにしたんだよ。君を転送するのに使ったブツがある第六ラボは原子以下までバラバラになるくらいに抹消した」
「だ・か・ら!そこまでして俺を呼んだのは一体…。それに、向こうでは俺が居なくてどうなってるんですか」
「言っただろう?自衛のための戦争だ、と。僕たちは、みすみす政府に消されるつもりなんて無い。共に戦う助っ人が欲しかったということだよ。それから…君」
「何ですか」
「自分がどれほどの存在なのか考えたこと、ある?」
「それは…」
 これといって自慢できることもない、平均点の高校二年生。しかし、だからと言って、両親が、妹が、クラスメートが自分を忘れてしまうなど考えたくなかった和尚だった。
「今現在、あちらでは『君なしの時間』が回っている。ただしこれは一時的なもので、やがては誰かが君の存在を思い出し、それが進めば元の世界へ引き戻すだけのチカラとなりうるだろうが…当分は無理だろう。僕たちが君を必要とする思いのほうが強いと断言出来る」
「そんな…!」
 興奮したように椅子から立ちあがるが直ぐに力なく座り込む彼の横を過ぎながらヒトシが告げる。
「ここに、君の部屋も用意したから…受け止めてくれることを願うよ」

『Treasure Ship』2.出会い、のち別れ。更に出会い

 帰れないなら、仕方ない。
 とりあえず一眠りしてから考えようと、和尚は廊下へ出た。
――でも、俺の部屋ってどこなのさ。
 あてもなく歩いていると、手にトレーを持ったミレレが姿を見せる。服を着替え、シャツに半ズボン、顔や腕には何枚か絆創膏を貼っている。
「あ、居た!ゴハン食べよ、オショー」
「オショー?」
「うん。カズヒサって字、別の読み方すると『オショー』なんだって…で、意味は『お寺のお坊さん』なんだって、ソホドが教えてくれた」
「…ソホド?」
 また知らない固有名詞が出てきたな、と面倒くさげに彼が訊くと、
「ウン、辞書というか図書館…ああ、データベースみたいな…物知りなロボットね。オショーの部屋は、こっちだよ」
 歩き出すその後をついて行く。
 部屋に入ると、ミレレはテーブルにトレーを置く。
「どっちがいい?」
――この世界の食い物って、一体…
 不安に駆られながらも見てみると、トレーに並ぶ二つの平たい箱の中身は機内食のような盛り合わせ料理になっている。食欲をそそるいい匂いもした。
――ああ、そういや俺、朝食から抜きだったんだよな。食えそうなもので安心したよ…
 嬉し泣きしそうな気持ちで、自分に近いほうにあった箱を取る。
「いただきます」
 二人、口数も少なく食べ進めるが、
「そういえば…」
「あん?」
「君とヒトシさんって、どういう…」
「パパだよぉ!パ・パ!」
「冗談は止めなさい。何歳で作った子供だよ?」
 思ったことを素直に返すと、ミレレは今気付いたというように、
「ああ…そうか。ボクは普通の人間じゃないから」
「…え?」
「ボクはね、昔はライオンだったんだよ」
――なんだか、また、ついていけそうにない話に入ってきたぞ。どうする、俺?
 めまいを覚えつつ、和尚が尋ねる。
「…はあ?何それ」
「ボクの育ての親だから、パパなの!」
「…うーん。じゃあ、百歩譲ってそういうことにしよう。でも、今の君は人間…だよね?」
「それは…パパが、オトナになる前に死んじゃったボクをかわいそうに思って、人間として再生してくれたから」
――そんなことが!?
『だが…父は「やりすぎた」。神の為せる技か禁断の魔法かという領域の技術までも手中に収めてしまった。そして、父の遺産を引き継いだ僕と、僕に近しい者たちも…』
 ヒトシが先程語った言葉が、脳裏をかすめた。
「だからね、ボクは今でも野菜よりも肉のほうが好きなの!」
 ミレレは、見た目以上に子供であった。しかし…
――間近で見れば、同じ高校の女子なんかより断然可愛いよな…造りが。
 くりくりと動く大きな灰色の瞳に、長い睫毛。ふわりと空気を含んだような、短くまとめられた銀の髪。その白く柔らかげな肌に、つい触れてみたくなる。だが、気になることがある。
『「ロマンス」と言ったら、男性同士のそれを指すって感じだから』
――あの人が、そんな風潮のこの世の中で、この子を女性として作ったとは…考えにくい。
 男女が睦み合わずとも、DNAから人間を創生できる。それだけの技術が、おそらくここにはある。証拠は、おそらく目の前に在るこのミレレだ。
 ならば、男同士の恋愛をとことん楽しむことを考えるに違いない。きっと、あの金髪美人のヒューマノイドも、実はこっそり男性型なのだろう…。和尚は、そう結論した。
 改めて、目の前の少年を見つめる。少女と言っても誰も疑念を持たないであろう、天真爛漫で愛らしいその姿。
――ああ、なんか俺、残念になってきた…。
 不思議そうに首をかしげるミレレから目をそらし、和尚は無言で食事を済ませた。
  *
 ミレレが去り、一人になる。
 何となく不安になって、和尚は再び部屋を出てあてもなく廊下を歩く。
 すると、廊下の更に先の部屋から出てくる金髪美人に出くわした。
「あ…シュリーさん」
 呼びかけられて、シュリーが振り返る。
「カズヒサ…さん、でしたか」
「はい。…ここ、あなたの部屋ですか?」
 首を横に振りながら、
「いいえ。ブンタさんの居室です」
 答えるシュリーから、覚えのある匂いを感じた。
「…あなたの燃料はアルコールなんですか」
「違います!わたしの動力は核融合エネルギー…太陽と同じです」
――リアル鉄腕アトムか?この人は…
 つい目を皿のようにして見てしまう自分に嫌気がさしながら、和尚は質問を変える。
「じゃあ、どうして…」
「お酒を飲んでたみたいなんです、さっきまで。今は寝てるようですけど」
――あんな武人然とした人が、飲んだくれ…。イヤだな、それ。
 こっそり溜息をつく彼に気付き、シュリーが言う。
「幻滅しないで下さい。彼も辛いのだろうと思うんです…近しい人たちを、内紛の中で亡くしている人ですから…。だから、あんな…戦争を思い起こさせるような光景を目の当たりにすると」
 和尚は次の瞬間、自分も驚くようなことを口にした。
「シュリーさん…ブンタさんのこと、愛してますか」
「え…!」
 生身の人間ならば、頬を赤く染めていただろう。シュリーは慌てながら、
「わたしなんて…。でも、わたしは彼の大切なものを与えられて、今この姿を得ているから…出来ることならば、彼にとって安らげる場所でありたいとは思っています」
――それ、間違いなく愛だよ。愛。
 失恋のムードを…更には「男同士でイチャイチャ?ありえへん」と思っていた自分が揺らいでいるのを感じつつ、和尚はシュリーと別れて自室へと歩きはじめる。
――だけど…『大切なもの』って何だろ。家族?…カノジョ…あ、いや…カレシ、かな…
 すっかりこちらの世界に染まりつつある自分に戸惑いを感じつつ、部屋に戻るとベッドに横になった。
  *
 どれほどの時間をうとうとと居眠りして過ごしただろうか。和尚は体を起こして、ふと気付く。
「そうだ…時計…」
――つうか、ここは何処なんだ。今は昼なのか夜なのか。
 スラックスのポケットに手を入れるが、携帯電話は無い。やむを得ず、ベッドから起き出すと再び部屋を後にした。
「あ…」
 向こうから廊下を歩いて来る者がある。黒い肌、漆黒の髪の青年。カーラだった。
「君は…。何か困った様子だが」
「時間が分からないんで。今、何時ですか」
「さあ…」
「というか、ここはどこなのでしょうか」
「一言で説明するには難しい場所だね。しかし…通路にある窓は、外界と同じように昼間は明るく、夜には暗くなるように出来ているはずだ。時計も何ケ所かには」
 しばしの間のあと、カーラが切り出す。
「経緯は聞いたよ。すまないね、あの子の傲慢で」
「いえ…。誰だって、権力に抹殺されたくはないでしょうから」
 彼の返答に、カーラは笑顔を見せる。
「無欲で広い心を持った少年だね、君は。円満そして度量の大きさを徳とする『布袋』に相応しいかもしれない」
「ええと…確かに、俺の苗字は布袋ですけど、それって…」
「ここに集まる者たちは、みな政府にしてみれば厄介な存在だ。一般大衆の常識では測り得ないモノを持ち合わせているがゆえに」
 ヒトシには、飛躍した科学技術と、それを駆使出来る知能と施設。ブンタには変幻自在の武器シュヴァラとそれを操る技量。イーリンもまた、あのとき光束の武器を使っていた。ミレレとシュリーは、想像を超えるほどよく出来た人造人間。
―――じゃあ、この人には一体…
 窺うような目を向けられていることなど意に介さぬ様子で、カーラは続ける。
「『政府に睨まれた者達』は七福神になぞらえられるのだよ」
「…は?」
「儂は、裏で『大黒天』と呼ばれている…コードネームと言ったところかな」
「大黒天…」
 小槌を持ち米俵に座る福々しい男の姿が、和尚の脳裏をよぎる。
「誤解してはいけないね。元々の大黒天は、不思議な力を授ける代償として人間の血肉を求めるような憤怒の魔神であったのだから」
「…そうなんですか」
 言い終えると向きを変え歩み去る、漆黒の青年の背を見送る。
 廊下の片隅の小さなテーブルに、一輪の花が生けられた細い花瓶があった。
 カーラがその横を通り過ぎざま、花に手をかざす。途端、先程まで生き生きと茎を伸ばしていた花が突然にしおれ、あっという間に茶色くしなびてしまった。
 見間違いかと、和尚は目をこすった。しかし彼は何事もなかったかのように行ってしまった。
 少しだけこちらを振り返った彼が、口許だけで冷やかな笑みを浮かべていたように、和尚には感じられた。

『Treasure Ship』3.それぞれの理由

 ミレレやシュリーは気を遣って食事の時間などに声をかけてはくれるものの、自分ばかりがいきなり現れた他所者であることを痛感し、和尚は一人溜息をつく。
 何をするでもなく何処へ向かうでもなく廊下をぶらついていると、不意に声をかけられた。
「知りたいですか?」
 振り向いて見れば、そこには腰の高さほどの奇妙な機体が居る。
「なに?」
「私はソホド。ヒトシ様から、あなたが望むならば『あの扉』を開ける許可が出ています」
「あの…扉?」
「過去と現在との全て、そして未来の一部を俯瞰ふかんする『時の回廊』へと続く、普段は開かずの扉です」
「…そんなものが?」
「どうしますか」
 何もしないまま一人悶々としているよりはましだと思い、うなずいて返す。
「…行く」
  * *
 くねくねと廊下を右へ左へと曲がり歩いたあとで、ソホドが一枚の扉の前に立つ。
「ここです」
 扉の横のパネルを押すと、扉が開く。部屋の中は暗い。
「さあ、中へ」
 促されて内へ入ると、先に更に三つの扉があった。
「今回は、こちら…過去の扉を開けます」
 ロプノールの多くの場所をおおう金属光沢とは全く異なる、古い木製の重厚な扉が目の前に鎮座している。その中央には女神の横顔と「Wyrd」の文字が彫られてある。
「ノルニルこと運命の女神である過去のウルド、現在のヴェルザンディ、未来のスクルド…この「Wyrd〈ウィルド〉」はアングロ・サクソンの間でいう、運命を治める沈黙の女神でもあると聞きます」
 和尚は、ふと気付く。
――ノルニルって、確か北欧神話の…。それに、アングロ・サクソンってのも聞いたことあるな。そういや、ここのロプノールって名前もだ。もしかしてこの世界と俺の世界って、何か繋がりがあったのかな…。
 しばしの間を置き、ソホドが続ける。
「女神の意向により、無言でお願いいたします。決心がついたら、あなたの手で扉を押し開けてください」
 ソホドの言葉に従い、和尚は扉に手をかけた。
 その向こうには…ほの暗い中、足元を小さな川が水音を立て流れ、空中を淡い光の小片が無数に舞う不思議な景色が広がっていた。
 周囲を見回すが、自分一人だけ。ソホドの姿も無い。
 ソホドを呼びかけて、慌てて口に手をやって塞ぐ。
――『女神の意向により、無言でお願いいたします』だったっけ…
『よろしいですか』
 どこからか、ソホドの声が聞こえる。和尚は小さくうなずいて返した。
『では、時を遡り、現在へと戻ってまいりますよ。まずは…』
 不意に、川面を漂う光がまばゆさを増す。突如目の前に現れたスクリーンに映し出されるのは、実験室と見える施設に立つ二人の男。一方は、黒い肌に黒い髪の青年。
――あ、カーラさん…?じゃあ、隣の人は…
 焦茶の髪に、青の瞳。見覚えがあるような、無いような…
――ヒトシさん…?いや、ちょっと違う…
『あちらは、タカミ・オ・ラクル…ヒトシ様の父上です』
――あ、そうか。親子なら似てて不思議も無いか。
『これは、現在から遡ること二十五年ほど前の出来事になります』
――え?二十五年!?でも…
 ヒトシの父に関しては、疑問を挟む余地など無い。だが…
――今と全然変わらないじゃないか、あの人…
 今現在と全く同じ姿をした過去のカーラが、向かい立つ青年に告げる。
「俺の決心はついてますよ、タカミ。そもそも、その理論を定式化したのは俺なんですから…他の誰でもなく、この体で試してみれば良いじゃありませんか」
「そうか…。しかし、実現すれば夢のような話ではあるが、何の弊害も無いとは思えない。もし、君を失うことになったなら…」
「心配いりません。俺は厄災の神も恐れおののくくらいの『凶運』の持主なんですから…あなたが心酔して止まないこの容姿が老いて衰えゆくのを、止めてみようじゃありませんか」
 彼の言葉に茶髪の男が微笑み、彼の手を取ると自身のほうへと引き寄せて、その背に腕を回す。
――なんだ?この怪しい雰囲気は。
 和尚は思わず一歩退いた。と同時に、スクリーンが消滅して周囲に薄暗さが戻る。
『カーラ・オオグロ…彼はタカミ様の共同研究者であり…研究以外のところにおいてもパートナーであったわけです』
――ああ。やっぱ、そうきたのね…
 腰が砕ける思いで、溜息をつく。
――じゃあ、カーラさんは自分の体をその研究の実験台にし、『時を止めてしまった』ということか…
『そういうことになります。しかしながら、何事にも都合よく不老長寿という人類の夢を実現出来たわけではなく…その『弊害』に気付いたカーラ様は、人とあまり関わり合いを持たなくなりました。タカミ様が天寿を全う出来ず志半ばで亡くなられたのも自身のせいではないかとお思いのようです』
――あ…
 和尚の脳裏に、あの時の光景が浮かんだ。彼が手をかざした途端に生彩を失って枯れてしまった花瓶の花を、である。
  *
『では、次に参ります』
 続いて開いた光のスクリーンに映るのは、白くてふわふわしたぬいぐるみのようなものを膝に乗せて床に座り込む、六、七歳の少年。少年はそれを撫でながら、
「バヤード…大丈夫だよ、もう一人ぼっちじゃないから。ぼくが君のママになってあげる。一緒に、大きく…大人になろう」
 青い瞳と、赤茶の髪。幼い日のヒトシだ。
 気付いた彼に応えるかのように、ソホドの声が告げる。
『ヒトシ様はスクールに通うことなく、父上の研究所で勉学された御方です。母上を早くに亡くし、研究に没頭するばかりの父上でしたから、寂しい胸中でおられたのでしょう。それを救ったのが、研究所に持ち込まれたホワイトライオンの子供…バヤードでした。すなわち、ミレレ様の前身となります』
――前、身…
 和尚は、ミレレが以前語った言葉を思い返す。
『パパが、オトナになる前に死んじゃったボクをかわいそうに思って、人間として再生してくれたから』
――じゃあ、あのヒトシ少年は数年とおかず白獅子と『死別』するのか。どんなに悲しんだことだろう…
 彼が思っていると、姿が見えないはずのソホドがうなずいた気がした。
『ホワイトライオンというのは白変種はくへんしゅであり、突然変異で生じた白い個体。メラニン色素を欠くアルビノと混同されることもありますが、そもそもは別のものです。バヤードは代謝という生命維持にかかる部分に先天異常を持って生まれた子であり、親が育児放棄したのも恐らくは野生の勘だったのでしょう。しかし、だからこそヒトシ様はバヤードを一生懸命に世話し、愛情を注いだのだと思います。父母との縁薄い、小さな友に』
――そんな、ことが…。
 決して涙もろくはないはずなのに、何故か目頭が熱くなった。思わず目に手をやったとき、再び何の前触れもなくスクリーンがふっと消える。
  *
 そして別のスクリーンが開き、場面は変わる。
 校庭の大樹の下に立つ、十歳を少し過ぎたほどの二人の子供。その姿には、見覚えがあった。
――ブンタさんと…シュリーさん?
『あちらは、メイ・ルー・ベル…。ブンタ様が全寮制のスクールに通っていた頃のルームメイトです』
――全寮制…ルームメイト…。さすがに十歳過ぎた男女を同室にする学校は無いよな…。
 頭の中でそんなことを考えながら、スクリーンの中の人物を見つめる。端整な容貌に艶やかな金の髪と宝石のごとくきらきらした緑の瞳。美の女神の手から生み出された人形のようである。
『はい。ご想像の通り、由緒ある男子校です』
――あ、ああぁ…。あんな子が男だなんて…。
 運命の神というのは非常に悪戯好きなのだと思い知った和尚だった。
「こんなところで話って何?ルー・ベル」
 ブンタ少年に訊かれて、シュリーをそのまま少し幼くしたような外見のメイ・ルー・ベルは照れくさげに微笑みながら、
「あなたに、わたしの『心の友』になってほしくて…」
「え?もう友達だろう、僕たち」
「違うよ。単なるルームメイトから卒業したいってこと」
――また、なんか違う匂いがしてきたな…。
 溜息をつきたくなる思いで、過去の光景へと再び見入る。
「どうして僕なの?可愛くて明るくて社交的で賢くて…君がそう言えば、誰だって喜んで『はい!』って言うだろうに。こんな、地味で無口で人付き合いの悪い僕なんかじゃなくて」
「皆がどう思おうと、わたしはあなたがいいの」
 そう言うと、金髪碧眼の華奢な少年はブンタの肩に手を伸ばし、身体を寄せる。
「今日は、わたしのバースデーなんだ。最高の誕生日にしてはくれないの?ブンタ…」
 この世界では、通常ミドルネーム・ホームネームで呼び合うものだという。ファーストネームで呼べるのは、ごく親しい者同士だけだとのことだった。
「じゃあ…僕も君を『メイ』って呼んでもいい?」
 驚きながらも嬉しげにブンタ少年が尋ねると、
「『メイ・ルー』…そう呼んで。パパやママと同じように」
「メイ・ルー…」
「うん。ミドルの『ルー』と合わせて『美禄〈メイルー〉』…素晴らしい賜りものという意味になるように、『メイ』って名前にしたんだって」
「そうか。君にぴったりの名前だね。『メイ・ルー』」
 うなずいて答えたブンタに、メイ・ルーが艶やかに笑み、向かい合って立つ彼の首筋に腕を回す。
――うわ。俺、どうしよう…
 目のやり場に困っていると、突然にスクリーンが消え去る。
『青少年には、ここまでにしときましょう』
――って、ソホド。たかだかキスシーンじゃないか。
 つい突っ込んでしまった和尚だった。
  *
 続いて開いたスクリーンに映し出されたのは、研究所の一室。向かい合い立つ二人の青年の向こう側には、細い管やコードに繋がれて、見覚えのある人物が半透明のカプセルに横たわる状態で納められている。
――ヒトシさん、ブンタさん…シュリーさん…
 和尚はついカプセルのシュリーに視線を注ぎ、腰から下はカプセルの構造上見えなかったが、その胸に女性の象徴たる『もの』が無いのを確認してしまった。
『今見えるのは、三年ほど前の出来事になります』
 どこからともなく、ソホドの声がする。
「もうじき完成する、このラボのセントラル・コンピュータの移動端末だ。君には一足早く会わせておきたくてね」
 カプセルの人物の顔を覗き込んだブンタが、突然血相を変えて厳しい口調で問いかける。
「これは…どういうつもりだ!?」
 だが、ヒトシは淡々と返す。
「お前は知っているはずだ。ここにある父と僕との成果が、どれほど価値があり…そして危険であるかを。だから、命を賭けるつもりで守ってほしいと思った。彼を…ルー・ベルを二度と、目の前で失いたくはないだろう?それだけだよ」
「お前…!」
 こらえきれず、ブンタが彼の胸ぐらを掴む。拳を振り上げ、殴りかかると見えたが、悔しげに腕を下ろして顔を背け、
「そんなこと…こんなことされなくても、俺はタカミおじさんとの約束を守る!」
 吐き捨てるように言い残すと、部屋から出て行ってしまった。
 状況がいまいち理解できない和尚の耳に、再びソホドの声が届く。
『先程ご覧いただきましたが…ブンタ様のスクール時代よりの恋人とでも呼ぶべき存在であるメイ・ルー・ベルは内紛の時代にあって最大規模と呼ばれ最悪の被害を出したテロに巻き込まれ、お亡くなりになりました。遺骸を集め棺に納めることもできぬほどの、ひどい損傷を受けながらです』
――そりゃ怒るよ、ブンタさんだって…。どうしてこんな酷いことするんだろう、ヒトシさんは…。
 和尚はブンタに深く同情し、ヒトシに反感を抱いた。
『ヒトシ様を責めないであげてくださいませ、和尚様。それだけ、シュリーに託された成果と課された使命は重大なものなのです』
 ソホドにはこう言われたが、彼に対する不信感は拭いきれない。しかし、答えを待つまでもなく、光のスクリーンはまたも唐突に消え去った。
  *
『更に現在時間に近付きます。これは、ほぼ一年ほど前です』
 新たに開かれた画面には、見たことのない場所が映し出される。先程も目にした研究施設の一室のようではあるが、趣が異なる。大型のモニタやボタン、キーが並ぶ壁の前に置かれた椅子に掛けるのは、ショートパンツにショートブーツ、短い丈のシャツジャケットを羽織った若者だ。
『イーリン様がかつて暮らしていた先のラボですね』
――かつて、暮らしていた…
 と、ドアが開き、少年が入ってくる。淡い金色の髪に、黄みの強い緑の瞳。年の頃は十歳前後といったところか。
「まだ迷ってるのか。君らしくもない」
 振り返った彼に、少年が続ける。
「気にするな。君がしようとしてることは、きっと正しい。ここで逡巡してるばかりでは、間に立ってくれたシェンにも迷惑だろう」
「でも…それじゃオレがお前たちにあだなすことになる。そんなこと…」
「いいや、違う」
 少年は首を振り、
「おかしいのは、こっちのほうだ。祖母殿をはじめ、中枢部が狂い始めている。だが、ボクにはどうすることも出来ない。だからこそ、君に希望を託したい。外部に出て、この『政府』に揺さぶりをかけて欲しいと…『マヨイガ』を変えてほしいと」
 そして、なおも決心がつかずためらう彼の手を取り、
「行ってくれ、イーリン」
 時が止まったかのような、長い沈黙のあと。イーリンが小さくうなずく。
「…分かった。死ぬなよ、タルホ。また会おうな…まともに戻った『マヨイガ』で」
「君こそ」
 この状況が飲み込めない和尚に、ソホドの声が説明を始める。
『もともと、イーリン様は政府に近しいマシナリー・プロフェッショナルです。しかし、政府中枢部と繋がりが深いあの少年に乞われ、ヒトシ様とイーリン様双方の知り合いであるマヨイガ土着の民・シェン殿が仲立ちする形で、こちらの反政府陣営とも呼べるロプノールへやって来られたのです』
――そうだったんだ。微妙な関係なんだな…もしかしたら双方の情報を流し流されてってやってるかもしれないし…
 ふと疑念を抱いたところに、
『データフローは漏れなく管理されています。それはあり得ません』
――にしても…あのガキ、何者だよ?
 和尚の疑問に答えるように、ソホドが続ける。
『タルホ殿は、おそらく政府にあって最もまともな思考をなさる御方です。敵ではないと思っています』
――なら、彼がクーデターでも起こして政府の主導権を握れば問題ないんじゃないのか。
『そう簡単にいくものではないのですよ。見えないところで、さまざまな事情なりを抱えております。政府も、我々もです』
  *
『さて…これが最後になりますでしょうか。こちらもまた、およそ一年前の出来事でございます』
 ソホドの声と共に、別の光のスクリーンが目の前に開ける。
 またも、研究室の一室だ。カプセルの傍らに立つのは、二人。ヒトシとシュリーである。
「博士。データの転送は完了しました」
「そうか…」
「はい。バヤードの脳神経に残存していた記憶情報を抽出したもの、および、この身体に見合うだけの知能と思考力そして運動能力をもたらすに必要なデータは全て」
「…ありがとう」
 彼らが見下ろすカプセルの中で眠っているのは、白い肌に銀の髪の少年。ミレレに違いない。だが…
――あまりにも幼すぎやしないか?一年前だろ?
 六、七歳ほどの子供だ。今現在、十代に入って数年程度の体格を持っているというのに、である。
『ミレレ様は純粋なヒトではなく、部分的にネコ科の遺伝情報が非常に強く出る御体です。ゆえに、成体に至るまでの時間と過程もあなたがたヒトとは異なるのです。おそらく、あと一、二年もすればあなたを追い越してしまうでしょう』
――え?そうなの?
 年上になられて逆に自分が子供扱いされたら切ない、などと思っている自分に嫌気がさしつつ、和尚は改めてスクリーンに見入る。
「…やはり気がかりですか。『彼』が『かつての記憶』をきちんと継承出来ているかが」
「もちろんだ。これまで誰も試したことなど無いのだから」
 不安げに少年の顔を見つめるヒトシに、シュリーが微笑みかける。
「きっと大丈夫です。彼を起こしてあげましょう」
 彼の言葉にうなずき、ヒトシが決心をつけたようにカプセル脇のキーボードを叩き始める。それを見届け、シュリーは静かに部屋を出ていく。ほどなくカプセルの中を満たしていた液体が抜け、蓋が開く。
 大きな瞳を開いた少年が、まぶしさに目を細める。
「…バヤード?」
 おそるおそる声をかけ覗き込むヒトシの顔を見て、少年がぱっと明るく笑む。
「パパぁ!パパだぁ!」
 ガバッと身を起こしてヒトシに飛びつき、その頬を舌先でぺろぺろと舐める。
――全裸の可愛い少年が、白衣の成人男性に抱きつく…。こののほうが、さっきのブンタ少年とルー・ベルちゃんのキス寸止め映像よりも青少年向けでなくヤバいと思うんだけど…その辺はどうなんだよ、ソホド。
 だが、こういう時にソホドは答えてくれない。
「こらこら、バヤード」
 ヒトシは苦笑しながら、彼の腕をほどいて身体を少し離して向かい合い、傍近くにあった手鏡を取ると彼の目の前にかざす。
「見てごらん。今のお前は、僕と同じ『ヒト』なんだ。人間は、こんな愛情表現はしないよ」
 鏡をじっと見ていた少年は、事の次第を自分なりに飲み込んだようで、更に問いかける。
「…じゃあ、どうするの?『ダイスキ』を伝えるために」
「こうするんだ」
 小首をかしげて問いかける彼に微笑み、ヒトシはその右の頬にキスをした。彼も、真似てヒトシの頬に何度も口づける。
――ソホド、これはマズいだろう。俺だから堪えられてるようなもんだぞ。おい、ソホドってば!
 しかし、やはりソホドは沈黙を通している。
 不意に扉が開き、大きなタオルを手にしたシュリーが戻ってくると、少年は睨むような目つきで彼を追う。
「あれは誰?パパの何?」
――あんなに小さいのに、いっちょまえに嫉妬かよ…。くそ、ミレレときたら可愛すぎだ。
 困ったような表情でヒトシが説明しかけたとき、再び扉が開いてブンタが顔を出す。
「ごめん、シュリー。ちょっと手を借りたいことがあるんで来てもらえないか」
「あ、はい。了解しました」
 シュリーはタオルを近くの椅子に掛け、
「これで彼の体を拭いてあげてください。では、わたしは急いで行ってきます」
 足早にシュリーが部屋から去ると、またも研究室には二人きりとなる。
「なぁんだ。あの人にはパパじゃない『ダイスキ』が居るんだね」
 ほっとしたように言う少年に、ヒトシが笑う。
「ねえ、パパ。なんかヌルヌルしてキモチワルイよ。お風呂入れて!」
「…分かったよ。お前には勝てないな。おいで、ミレレ」
「ミレレ?」
「ああ。今日から、それがお前の名前だ。僕と同じ言葉を話すヒトとなった、お前の新しい名前だよ」
 シュリーが置いていったタオルを取り、少年の細い体に巻きつけると、ヒトシはその手を引いてカプセルから出してやる。二人は仲良く並び歩いて部屋から出て行った。
――で、この後一緒にお風呂ですか?それもどうだよ。なあ、ソホド。
『いえ、そこまでここでお見せするわけにはいきません。あきらめてください』
――ようやくの反応がこれかよ、お前!いいよ、見なくていいよ!
 そう心の中で叫びつつも、ミレレとヒトシが水鉄砲などで遊びながら一つのバスタブで湯浴みする様子を想像してしまう自分がひどく情けない和尚だった。
  * *
 我に返ると、暗い部屋であの重そうな木の扉の前に立つ自分が居た。
――戻ってきたのか…
「いかがでしたか。大体の事情はご理解いただけましたか」
 振り返れば、ソホドがそこに立っている。くるりと向きを変え、部屋から出ていく後を、慌てて追いかける。
 廊下に出れば、この数日ですっかり見慣れたロプノールの内装だ。
「では、私はこれで」
 廊下の向こうへ去っていくソホドを見送り、短時間のうちに多くのことを詰め込まれ処理に追われる頭を抱えつつ、和尚は自分の部屋へと戻った。
 しかし不思議なことに、後日またあの場所を探して廊下を歩き回ってはみたのだが、二度と見付からなかったのであった。
――あれは一体何だったんだ…。つうか、ここは…ヒトシさんは何なんだ…
 あのとき確かに押し開けた扉。見た光景。
『神の為せる技か禁断の魔法かという領域の技術までも手中に収めてしまった』
 彼がかつて語った言葉が、またも思い出される。
 答えの出ない謎に匙を投げ、和尚は自室のベッドに顔を伏せた。

『Treasure Ship』4.過去の扉

 更に幾日かが経ち、ロプノールでの生活というものが和尚にも何となく分かってきた。
 ある日の朝、ダイニングでミレレと朝食を摂っていると、遅れてやってきたヒトシに唐突に言われた。
「今日これから、外へ買い出しに行こうと思うんだ。カズヒサ、付きあってもらえないかな」
「えー!」
 和尚が返答するより早く、ミレレが不満げに声を上げる。
「パパとオショーが行くなら、ボクも行くぅー!」
「大人が二人居れば十分だ。お前は、お行儀よく留守番してなさい」
「もう!パパは、そうやっていつもボクを子供扱いするんだから!」
 頬をふくらませてそっぽを向く。食事が済むと、つまらなげに席を立ち、出て行ってしまった。
――俺も一応未成年なんだけどな…。それとも、ここではこの歳になれば成人と見なされるのかな。昔の日本とかみたいに…
 朝食を終えて部屋に戻り一息つくと、ヒトシが迎えにやって来た。いつもの白衣ではなく、普通にオーバーコートを着ている。しかし、これも実は自らのラボで作りだした難燃性・耐衝撃繊維製であるに違いない。彼の視線に気付いて、シュリーが届けてくれた同じ素材で仕立てられたジャケットを羽織る。
 彼の後を付いて廊下を進み、壁に突き当たる。
「ここから外へは『転送』となる。君も、いい加減このシステムに慣れてもらわないといけないからね…毎度気絶していては困るだろうし」
――あ、そうか。だからヒトシさんは俺を誘ったんだ。
 納得しつつも、別のことを尋ねる。
「にしても…買い物なんて必要なんですか?何でも作れちゃいそうな気がしますけど」
「まあ、原子レベルから組み上げて作ることは可能だよ?でも、過程を知ってしまうと美味くなくなるというか…。そんなわけで、昔からの方法で『作る』んだけどさ、菜園で運動と趣味がてら育てられる野菜はいいとしても、牧場と生け簀は難しいからね…外に買いに出ることにしてるんだよ」
 言い終えて、ヒトシがポケットから何かを取り出す。あのときイーリンが持っていた、二つ折の携帯電話に近い小さな機械の箱だ。
 一時の激しい頭痛と耳鳴りのあと、我に返って周囲を見回すと、初めてマヨイガの地に降り立ったときの、ニューヨークにも似た街並みだった。
「さあ、行くよ」
 歩き出すヒトシの後を追いかける。すぐに巨大なスーパーマーケットに行き当たり、彼は当たり前のようにカートを押しながら店内に入っていく。そして、肉・魚・卵と乳製品を半ば無造作にカートに積んでいく。レジで会計を済ませて袋に詰め終わると、ヒトシは荷物を全て和尚に預け、一歩前を歩きつつ店を出てストリートを進む。
「ウルドの扉を開けたんだろう?大体分かってもらえたかな」
「はい…でも、分からないことが」
「何かな」
「ヒトシさん。あなたが、なぜ『バヤード』を『ミレレ』という人間として再生したのか…」
 彼は小さく笑むと、
「完全にDNAの塩基配列が合致する個体、すなわち完全なクローンを創生することは、あのラボでは出来ないんだよ。それが父の遺したガイドラインでね…。でも…何より、同じ言葉で話したかったから」
「そうでしたか…」
 しばしの間をおき、
「カズヒサはミレレが気になるようだね。欲しくなったかな?もしかして」
「いえ!そんなハズ…」
 男である自分が、男である彼に恋愛感情を抱くなど認めたくない和尚は、当然のように反論した。
「だって彼は、あなたの…」
 和尚の言葉にヒトシは笑い、
「理論上は、デオキシリボースとリン酸、そして四つの塩基からDNAを組み上げ、生命体を創生することが可能なわけだが、実際のところは煩雑でね。あの子は僕のDNAをベースにし、バヤードの遺伝情報に可能な限り書き換えて造った。いわば、僕にとって共通の配列を持つ、実の子供に近い。最初から恋愛の対象外だよ」
――そうか、そういうことだったのか。
『パパだよぉ』
 ミレレが、ヒトシとの関係を訊かれたときの返答。
 それに対し、自分が感じた疑問はただ、「父と子にしては年齢が近すぎる」ということだけだった。配色こそ違うが、よく見れば二人には面ざしなど似たところが少なくないのだ。
 あとは会話もなく、和尚は彼の後について歩く。
「街行く人たちの目には、きっと俺たち恋人同士なんだろうな」と重たい気持ちの和尚であった。
 次第に人通りの多い賑やかな通りから、寂しい裏通りへと入っていく。
 突然に、何か不穏なものを感じた和尚が顔を上げる。だが、
『僕に任せておけ。絶対に手の内を見せるな』
 ヒトシの「声」が聞こえた。
――そんな、無茶ですよ!だって、勝手に反応してしまうんですから…!
 心の中で叫んで返す。
 何しろ、つい先日こんなことがあったばかりなのだ。
「カズヒサさん。Fエリアのルーム08に来てください」
 部屋でごろごろしているところに、シュリーからのメッセージが入った。彼は、訳が分からないながらも呼ばれた場所へ向かう。
 扉を開けると、真っ暗だ。
「シュリーさーん…」
――あれ?誰も居ないのか?まさか、騙されたとか…からかわれたのかな…
などと思いながら、闇の中を手探りで前へ進む。
 卒然に、何か考えるより先に彼の中のスイッチが入る。
「うあ…!」
 2時、6時、10時。自分が三方向から同時に攻撃を受けたと彼が気付いた時には、マイト・バニッシャーの本領たる無敵のバリアで包まれていた。光の槍が、銃から発せられた光の束が、漆黒の剣が、彼のすぐ傍で何かに吸い込まれるように消えていく。
 急に照明がつけられて、一旦は目を覆った和尚だが、
「…ちょっと!これはどういうことですか!?」
 しかし、彼を取り囲むように立つブンタもイーリンもカーラも答えない。
「その能力は、身の危険を察知すると勝手に発動するらしい…と結論して良いようだな」
 ヒトシも姿を見せる。彼の傍に立つシュリーがうなずき、
「本人の意識までのぼらぬ段階で危機を察知し、反射的にマイト・バニッシングが起動する確率は99.9999%となります」
――残り0.0001%は何なの?ちょっと!
 彼の疑問を見越したように、ヒトシが答える。
「それは、自分自身の意思で発動させるものだ」
――自分自身の意思で、コントロールするということか…
 かろうじて踏みとどまった、その刹那。頭上から、ゆうに二人を押しつぶせるほどの大きさのあるコンクリートの塊が音を立てて落ちてきた。それは分かっているのに、体が動かない。
――どうする、俺…!
竿ロッド
 告げるとともに、ヒトシが右手を高く掲げる。そこに現れたのは、ブンタのシュヴァラとほぼ同じもの。彼の命じるままにそれは長い釣り糸をもつ竿へと変わり、糸が螺旋らせんを描いてドーム状の光のバリアを作りだす。コンクリートが落ち切ったところで、彼がバリアを解く。
「初めて見る顔を連れてるんだね、ヒトシ・オ・ラクル」
 淡い金の髪の少年が、曲がり角の壁の向こうから姿を現す。ヒトシにとっても、そして和尚にとっても初めて目にする人物ではなかった。
――あ、あのときの…
 ウルドの扉の先で見た、過去のイーリンが「タルホ」と呼んでいた少年だ。
「イーリンは気に入らないのかい?天才は選り好みが激しいと見えるね」
「あいつと一緒だと、外歩きには目立ちすぎるからね。サティ・オリザ」
 彼の返答に少年はくすくすと笑う。
「相変わらず、この冬でも薄着をしているのか」
 ソホドはこの少年・タルホを「敵とは思っていない」と言った。だが、先程はどう考えても自分たちに攻撃を仕掛けてきたとしか取れない。
「その、いかにも平平凡凡といった男が、どんな芸当を持っているのか興味があったんだけど…まだ教えてはもらえないってことかな?」
「そういうことだね」
 少年はフンと軽く鼻を鳴らすと、
「まあ、いいや。イーリンに宜しくね」
「ああ、もちろん」
 そして背を向けて歩き出した途端に消えた。
「…い、今のは」
「タルホ・サティ・オリザ…イーリンの知り合いだ。念動力サイコキネシス瞬間移動テレポート等をこなす複合超能力者でもある」
「超能力者…」
「でも、恐れる必要は無い。僕たちのところに彼が在る限りは。しかし…僕としては君の能力はまだ披露したくないところだ。トランプで言えばジョーカー、数字で言えばゼロのような…そんな君のチカラはね」
 それだけ言うと、再び歩き出す。
――普通に怖いだろ、それ。だけど…イーリンさんが居れば大丈夫ってどういうことだろう。まさか、あれか?「特別な人」とか言う?それは無いだろう、歳の差が…
 冷や汗をかく思いで脳内の思考を軌道修正しようと努めていると、ヒトシが声をかけてきた。
「さあ、帰ろう」
 再び取り出された転送装置が開かれる。くらくらしながらも、和尚は何とか荷物を落とすことなく乗り切った。
 すぐ目の前にダイニングキッチンへの扉があった。ほっと息をつく。
「後は宜しく頼むよ、カズヒサ」
 何事も無かったかのように、ヒトシはその場から去って行った。
――ほんと、頭がいい人って何考えてるか分からないな…。
 和尚は深々と溜息をつき、扉の前に立つ。スッと扉が開くと、そこにはソホドとミレレが居た。
「おかえりー!」
「おかえりなさいませ」
「あ、ああ…はい。あのー、これはどうすれば」
 荷物をテーブルに置くそばから、ミレレが中身を開け、ソホドに渡す。ソホドは実に効率的に冷蔵庫や冷凍庫に仕分けし入れていく。作業を終えて両手にあたる部分をパンパンと叩き合わせ、
「これで完了です。お二方、お疲れ様でした」
 なんだかはぐらかされたような気はするが、この場に居続ける理由もないので、再び自室へと戻る。
 少しずつ、内幕が明かされていく。しかし、分からないことはまだまだ多い。いや、むしろまだ分からないことだらけなのだろう。ゆえに、和尚の溜息が尽きることは無いのであった。

『Treasure Ship』5.藁色〈わらいろ〉の髪の少年

書いたのは、ここまでになります(中途半端…!←自分で言った)。
地味に、名前その他の設定に神話伝承を取り込んでいるのが、分かる人には分かるようになっているんじゃないかと(爆)
以降、
 
和尚はイーリンに某案件に引っ張り込まれることとなり…
「政府は、軍事施設と偽って一般民の生活の場を攻撃しようとしている。彼らを守るには、おまえの力が必要なんだよ」
そこには、イーリンと浅からぬ仲らしい逞しい体躯の男であるシェン・カメリア・マスラが居た。彼がロプノールに来るにあたり仲立ちをした人物でもある。この むくつけき大男を前にした途端、攻め・S体質にしか見えないイーリンが「だって、そんなこと言ってもさぁ…」と もじもじし始め、さながら借りてきた子猫のようになるのを見て絶句する和尚だったり。。
増幅装置をもって、和尚は限界すれすれまで力を遣う。しかし、これによって数百もの「旧来のマヨイガの民」は守られた。
「もうイヤです!俺、イーリンさんにはついていけない!あんなドSの人と一緒に行動してたら、俺…次はもう絶対死ぬ!」
ロプノールに戻った途端、泣きごとをたれて部屋に籠る和尚。
「イーリンさん経由で、シェンさんからのムービーが送られてきています」
シュリーからのコールで、彼はモニターを開く。
「すまねえな。騒ぐなって言ったのに、ガキどもが『あんちゃんにお礼言うだ』って聞かなくてさ」
子供たちの歌や踊りが、賑やかに続く。
――彼らの未来を守ったのか、俺…
それを見て、大変な思いをしたが間違いではなかったと救われた思いがするのであった。。
 
最終的には政府との戦い云々は終結し、道を踏み外しつつあった政府もタルホが中心となり軌道修正が図られていくのだが・・・
「トレジャー・シップ」の面々は、和尚が現代日本へと戻って時をおかず、やはり現代日本に来てしまうことになる…らしかった(筆者本人も滝汗)。。

ちゃんと書けば、それなりに読んでくれる人も居たかもしれないけども…何より自分が途中からしんどくなってしまい(困:でもそういう案件が地味に多い…「自分で考えたくせに」的な;;)。
こんなこともやってました、という話でした。。

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