きみを想うこと

※BLです。メンヘラです。

ずっと一緒にいるって言ってよ。

「だいちゃん」
「んー」
「だいちゃん」
「なーに」
「...なんでもない」
「そー」

黒髪、眼鏡、いつも変わらない穏やかな表情、笑顔も、少し悲しそうな顔も、全部、全部。
いつか、どこかへ行ってしまいそうなのだ。

「なに読んでるの」
「片瀬んとこで買ったやつ」
「新刊?」
「うん」
「面白い?」
「面白いよ」

びっしりと文字が詰まった難しそうな本、うちの店にそんなのあったっけ、文芸書は担当じゃないからわかんないや、いろんな言葉が頭を巡って、結局何も言えないままで、静かに本を読むだいちゃんを見つめる。
頁を捲る手、たまに眉間に皺が寄って、なにを考えているんだろう、きっと俺にはわからないこと、この人の頭の中を、多分、俺はなんにも知らないんだろうな。

「片瀬、来週さ、」
「、あっ、」

なんとなく、本当になんとなく、だいちゃんの柔らかい猫っ毛に触れたくなってそっと手を伸ばしたら、何かを言いかけただいちゃんがこちらを向いた。
驚いて、素っ頓狂な声をあげた俺を、不思議そうに見やる。

「...どうしたの?」

中途半端に伸ばした手は固まったままで。
だいちゃんはその手と俺の顔を交互に見つめる。

『どうしたの?』

だいちゃんの、少し怪訝な声。
ああ、今俺は、きっと、すごく間抜けな顔をしている。

「...どう、も、しない」
「…そう?」

そんなしばらく見つめてから、だいちゃんはまた、読書に戻る。
伸ばしかけた手をすとんと下ろして、俺はだいちゃんから目を離した。

だいちゃんの家で過ごす、静かな夜。
ソファに隣同士で座って。
俺はテレビを見ていて。
だいちゃんは読書をしていて。
よくある風景なのに、な。

今日はなんだか、なんだか、すごく。

「いつものドラマ見ないの?」
「え?」
「さっきから、野球中継見てるよ」
「...本当だ」
「本当だ、って、」

なんだそれ。
そう言って、だいちゃんは可笑しそうにと笑った。
栞を挟んで、本を閉じて、テーブルに置く。
そのまま、隣にあったマグカップを取って、珈琲を飲む。

その仕草が、その横顔が、眼鏡に反射するテレビの光さえも、どうしてだろう、まぼろしみたいに見えるんだ。

遠くへ行ってしまいそう。
俺のことなんて、実はなんとも思っていないんじゃないか。
ある日、突然じゃあねって言われても、納得してしまいそうな、だいちゃんの雰囲気。
どうしてだろう、全然、わからないんだ。

ねえ、きみは、なにを考えているの。

「…ああ、そう、さっき言いかけたんだけど」
「…うん?」
「来週の日曜日、空けといてね」
「どっか行くの?」
「うん」
「日曜日、仕事って言ってなかったっけ」
「カレンダー見てみな」

だいちゃんは話しながらリモコンを操作し、テレビのチャンネルを変えた。
騒々しい野球中継が静かになる。
まだ始まって数分しか経っていないドラマの主題歌が流れ出す。
携帯でカレンダーを確認した俺の心臓が、少し早まった。

「…ああ、そっか」
「大人になると忘れるよな」
「俺、誕生日かあ」
「そうだよ」
「休んだの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって…誕生日だからねえ」
「仕事より、俺の誕生日優先?」
「そりゃ、まあ、好きな人の生まれた日なので」

だいちゃんはテレビの画面を見つめたまま、淡々と言う。
好きな人の、生まれた日。
こういうことを、少し、恥ずかしいようなことを、だいちゃんは平気で言える。
変に照れたり、迷ったりしないで、いつもまっすぐ、自分の思った事をきちんと言葉にできる。

かっこいい。
だいちゃんは、かっこいい。
俺とは、違う。
だから、悲しい。
いつか、本当に、俺の前から。
いなくなってしまいそうだ。
情けない、俺の前から。

「ねえ、」
「ん?」
「ずっと、一緒にいたい?」
「え?」
「俺と、ずっと一緒にいたい?」
「…なに、急に」
「ずっと一緒にいるって言ってよ、」
「…どうしたの、」
「俺のこと、ずっと好きでいてよ、」

なんでだろう、たまに、どうしようもなく不安になるんだ。

学生の頃からだいちゃんは優秀で、友達も多くて、信頼されていて、一方俺は、根暗で、いじめられっ子で、心を病んでいて。
俺のそんざいはあの教室ではないものとされていた、空気より不安定で透明だった。
誰にも必要とされていなかったし、誰も必要としていなかった。
ずっと独りでいると思っていた、心を許せる人なんて、いらないと思っていた。

あの時、俺を助けてくれたのはなぜ。
優しく笑ってくれたのはなぜ。
クラスメイトから後ろ指を指されても、俺に構ってくれたのはなぜ。

だいちゃんと仲良くなってから、俺は色んなものを手に入れたんだ。
人を思いやる心、自分の存在意義、誰かを好きになるということはとてつもなく嬉しくて、そしてとても苦しいということ。

全部、知らなかったらよかったのに、と、たまに思う。
あのまま、教室の隅で腐っていた方がよかったんじゃないか、と。

人との接し方も、れんあいかんじょうも。
全部、知らなかったら、と。
どうしてだろう、そう思ってしまうんだ。

だいちゃんがいなかったら、きっと今でも知らないままで。
そうしたら俺は、どうなっていたのだろう。

好きな人に好きだと言うのがこんなに苦しいものだなんて知らなかった、幸せを感じる瞬間、心から、あいしていると思う瞬間は怖くて仕方がないよ、消えてなくなってしまいそうで、いつか、終わってしまいそうで。

ずっと一緒にいたくて、なのにそれが叶う確証はなくて、いつまでも宙に浮いた関係なんだろうな、本当はこんな関係、いけないことなんだろうな、そんなことを思うたびに、俺は、もっと、だいちゃんのことを好きになってしまう。

俺の言葉に少し驚いたような顔をして、だいちゃんは、俺の目を見る。
何回か瞬きをしてから、目を細めた。

どうして笑うんだろう、俺は泣きそうなのに。
だいちゃんは、どうしていつも、そうやって俺の心を温めるんだろう。

「…かたせ、」

だいちゃんの柔らかい声が、俺の胸に優しく落ちる。
名前を呼ばれただけで、どうしてこんなにどきりとするんだろう。
どうして、好きだと思う気持ちが高まるんだろう。
遣る瀬無くて、かっこわるくて、じわじわと目の奥が熱くなる。

「…泣くなよ」
「…泣いて、ない」
「ずっと一緒にいるよ」
「…」
「ずっと好きでいるよ」
「…」
「だからさ、そんな不安になんないでよ」
「…」
「俺は、おまえが思っている以上に、おまえのことが好きなんだよ」

滲んだ視界の先で、だいちゃんが笑うのがわかった。
悲しそうな顔で、笑うのがわかった。
俺は、その表情と言葉に途方もなく安心して、ぎゅっと目を閉じ俯いて、泣かないように、我慢して。
それでも、涙は止まらない。
女々しいな。
最悪だな。
俺は、本当にどうしようもない、な。

いつも、こうだ。
俺は馬鹿だから、すぐに忘れてしまう。
すぐに不安になって、だいちゃんを困らせてしまう。
そんな自分が、酷く嫌いだ。
嫌いで、とても憎いのに。
だいちゃんを想うこころだけは、好きだなんて。
我儘だって、わかってるのに。

固く閉じた瞼から溢れる涙の理由なんてわからない、こんなに不安になってしまう理由もわからない、だいちゃんはそんな俺のこころをわかっている、どうしようもなく苦しくて痛い、だけれど理由がない、だからもっと虚しくて悲しい、そんなどうしようもない俺を、何も言わずに抱きしめてくれる。
いつも。
いつでも。

今だって。

「…す、き、だ、」
「…うん」
「ごめん、ね、」
「いいんだよ」
「ごめん、ごめんね、だいちゃん、ごめん、」
「片瀬は悪くないよ」
「どこにも、いかないで、」
「当たり前だろ」
「うん、ありがとう、ごめんね、」

だいちゃんの体温はいつだってあたたかい。
つめたくてさみしい俺のこころをそっと溶かしてくれる。

ああ、簡単なことじゃないか。
とても簡単で、単純なことじゃないか。
あれほど怖かった「好きだ」という気持ちが、今はとっても、心地よい。
ああ、おれは。
安定剤なんかよりも、自分のからだを傷つけることよりも、だいちゃんの言葉にいちばん、救われている。

「これからも、よろしくね」

そんな声が、俺のこころに優しく落ちた。
ずっと一緒にいようだなんて、当たり前のこと。
だいちゃんの中で、俺がどういうそんざいなのかが、少しわかった気がした。

幸せだ、凄く、凄く。
愛は、尊い、幸せだ。

暗い話しか書けないよ。

片瀬は、好きな人のこころを理解できない自分がとても歯がゆいのです。
本当に思ってる事は口には出さない方がいいとわかっていても、不安になってしまうのです。
好きな人のそんざいが、とても儚く見える時って、どうしてなんだろう。
好きで好きで仕方がなくて、いなくなってしまったら嫌だって思っていると、本当にいなくなってしまう気がしてくる。
大祐(だいちゃん)は、そんな片瀬のこころを誰よりも知っている。
自分が求められているということよりも、自分が求められていないと思っている片瀬のきもちを大事にしたいんです。
大事にして、優しくして、誰よりも愛したいのです。
片瀬のめんどくさくて女々しい性格も、愛おしくてたまらないんです。
ふたりがふたりとも、愛されるより愛したいと思っているから、たまにすれ違う。
誕生日は楽しく過ごせるといいね。








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