或る夏の群青

※BLです

きみがいるから、楽しいんだ。

夏休みが目前に迫る学校の帰り道。夕暮れが辺りを包んで、みんながみんなオレンジ色に見える。昼間よりずっと涼しい風が吹き抜けて、汗ばんだ首筋を冷やした。

「待ってなくてもよかったのに」
「なんで?」
「せっかく半日になったのに、これじゃあいつもと同じだ」

俺の隣を歩きながら、ゆきちゃんはだるそうにそう言った。静かな風がゆきちゃんの前髪を揺らして、眼鏡の奥の綺麗な目がよく見えた。学期末で半日授業になってもゆきちゃんの生徒会は色々と忙しいらしく、今日の放課後もなにやら会議があったようだ。俺はそれをずっと待っていて、生徒会が終わってからも図書室で勉強がしたいというゆきちゃんに付き合って、なんだかんだで今は夕方。夕焼けが眩しい。きらきらと綺麗だ。

「なにしてたの、生徒会の間」
「バスケ部に入れてもらってた」
「人の部で遊ぶなよ」
「だって暇だったからさあ」
「早く帰ればよかっただろ」
「俺はゆきちゃんと帰りたいの」
「どうして」
「もうすぐ夏休みだから」
「は?」
「毎日、会えなくなるよ」
「なんだそれ」
「毎日、会えなくなったら寂しいよ」

夏休みに入れば、ゆきちゃんと毎日一緒にいられなくなる。学校が休みなのは嬉しいけれど、俺はゆきちゃんと会えないくらいなら勉強地獄の方がましだ。いや、学校にいても勉強は殆どしてないのだけれど。

「…寂しいよ、夏は」
「へ?」
「お前、夏、好きか?」
「え、うん、すげえ好き」
「だろうな」
「なんで?」
「高明は、夏って感じがする」

ゆきちゃんは俯き加減で、切なそうに笑った。遠くからひぐらしの鳴く声がして、ふわり、とまた吹いた風が頬にあたる。

「夏、嫌いなの?」
「俺は、嫌いだ」
「どうして?」
「無条件に寂しくなる」
「無条件に?」
「眩しくて、蝉が鳴いて、直に夕暮れがくる、涼しい風にひぐらしの声が乗って、一日が終わる」
「…それが、寂しいの?」

いつもより饒舌なゆきちゃんは、俺の問いには答えずに、馬鹿みたいだな、と呟いて顔を上げ、遠くの夕焼けを眩しそうに眺めた。その表情は本当に寂しそうで、不安になる。ゆきちゃんがどこかへ行ってしまいそうだなんて、そんな不安。

「ゆきちゃん、」
「ん?」
「今年は、いっぱい遊ぼう」
「は?」
「夏休み、ふたりで一緒にいっぱい遊ぼう」

ゆきちゃんはきょとんとした顔で俺を見る。ぱちぱちと瞬きをした仕草に見とれて思わず足を止めると、ゆきちゃんもつられて立ち止まった。俺はゆきちゃんにずいと近付いて、ゆきちゃんの手をとった。ゆきちゃんは驚いたのか目を丸くして、身体を固くした。

「夏祭りに行って、花火大会に行って、海水浴に行こう」
「・・・でも、」
「ちゃんと課題もやるよ、ゆきちゃんちで一緒にやろう」

ゆきちゃんはじい、と俺の目を見る。真っ直ぐな眼差し。少しだけ、どきどきした。

「眩しくて、蝉が鳴いて、直に夕暮れがきて、涼しい風にひぐらしの声が乗って、一日が終わるまで、一緒にいよう」
「・・・高明、」
「そうしたら寂しくないよ、きっと、ゆきちゃんも夏が好きになるよ」
「・・・きっと?」
「きっと、いや、ぜったい!」

思わず真剣な口調になった俺を見て、ゆきちゃんはふ、と少し笑った。さっきよりも少しだけ暗くなった空が、夕焼けを交えて藍色に光る。

「お前は、ほんとに、ばかだなあ」
「えっ、な、なんで?」

ゆきちゃんはしばらくその場でくつくつと笑って、帰ろう、と顔を上げた。俺は慌ててゆきちゃんの手を離す。止めていた歩を進みだしたゆきちゃんを追いかけて、隣に並んでゆきちゃんの顔を覗くと、ゆきちゃんは少し上目で俺を見た。

「ありがとう」
「え、あ、うん、」
「夏が、少しだけ好きになった」
「まだ、なんにもしてないよ?」
「うん。それでも」 
「それでも?」
「お前といたら、楽しいんだろうな、って」

そう、思った。
ゆきちゃんの小さな声が、ひぐらしの声と重なる。こんなに素直なゆきちゃんは珍しくて、俺はしばらくなにも言えずに、ゆきちゃんの横顔を見つめた。清々しいような笑顔を浮かべて、ゆきちゃんは眼鏡をくい、と上げる。

「・・・かっこいいなあ」
「なにが?」
「ゆきちゃんは、かっこいいね」
「お前の方が、かっこいいよ」 
「そうかなあ?」
「俺からしたら、ね」

夕暮れ。ひぐらしの声。もうすぐ、一日が終わる。それでも、ゆきちゃんの表情には、さっきみたいな寂しさはない。俺はなんだか嬉しくなって、大きく息を吸い込んで。

「今年の夏は、遊ぶぞー!!」

そう、叫んだ。


(ちょ、ばか、うるさいよ、)
(決意表明だよ!)

***

夏が終わる前に。
ノスタルジーの魔法にかけられてセピア色に輝く夏、好きな人と過ごすそんな時間を、少しも無駄にせずに過ごせたらいいよね
タイトルはあじかん文字り

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