黒に解ける
※自殺志願者の話
限りなく白に近いグレイ、冷たい空気、宙に染みる深い息。
ここから飛び降りれば死ねる、終わる、総てが、失くなる。
手を伸ばせば届くのではないかと思ってしまう程に近い空、限りなく白に近い、グレイ。
高い高い都心のビルの、一番高い屋上で。
フェンスを乗り越えた先に立つ、自分の鼓動が鼓膜に響く、静寂。
遥か下に見える街の喧騒は聴こえない、聴こえるのはただ、狂った様に打たれ続ける己の胸の心音と、激しい風の音。
ぎゅう、と目を瞑ると、何とも云えない浮遊感に包まれる。
三半規管がうまく機能しなくて、ふらりふらりと揺れる頭蓋骨の中では悲しみや苦しみでは表せられないどす黒い感情ばかりが渦巻いていて少し苦しかった。
今度はゆっくりと目を開ける。
じわじわと視界が鮮明になってゆく、東に見える雨雲は真っ黒で、たっぷりと重い。それを真正面から見据えて、少しだけわらった。
少しでも動けばおちる、何十メートルも下まで、堕ちる、終わる、自分の、酷く下らなかった人生。
少し振り返ってみても何も面白くなくて、嫌気がする程に拙かった人生。
何もかも終わらせようか、それともこのまま、生きていこうか。
痛くて、重くて、辛くて、苦しくて、寂しくて、悲しくて、切なくて。
長い髪が風にさらわれる度に思い出す感情は負、ネガティブなものばかりで。
進めば終わる、振り返れば戻る、まさに今、この場所が、この感情が、生と死の狭間だ、なんて、くだらない、つまらない、ただ生を強く感じたい、今だけは、こうして確認する、だけが、ただ、生きがい、実感、生きている、という、重たくて、悲しい、感覚が、ただ、ただ、欲しくて。
ここから、落ちたら。
ここから、戻れば。
どちらの選択肢も馬鹿馬鹿しい、どちらを選んでも何も変わらない、終わる、進む、どちらでも、誰も、何も、苦しまない、誰も、何も、感じない、依然、地球はまわる、時は流れる、どちらにせよ、なにも、だれも。
東の空からだんだんと、こちらにむかってやってくる、たっぷりとした雨雲が、まるで、自分の感情のかたまりのようで。
強い風、すこし雨も混じってつめたい、思いきり手を横に広げて天を仰いでみれば。
限りなく、白に近い、グレイ、グレイ、グレイ、グレイ、ああ、ここから、落ちたら、
ひゅう、と息を吸い込むと、つめたいかぜにつつまれるのがわかった。
(あとすこしで、いなくなるから)
***
2008のもの
ビルの屋上は憧れます
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