自由は権利ではなく権限という考え方

昨日からクラシコムでは正式にフレックスタイムとリモートワークについての制度運用がはじまり、同時期にオフィスもフリーアドレスとなり、社員個々人が自分の働く時間や場所について自分で決める裁量が少しづつ拡大している。

それに合わせて、昨日の全体会議でこの取り組みについてのコンセプトについて珍しく5分ほどスピーチしたので、その内容を思い出しつつ書いておく。

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今日からフレックスタイムとリモートワークがテスト運用期間を経て正式に運用開始となりました。

今回の取り組み含めて今社員のみなさんが自分の働き方を自分で決められる方向に舵を切っているのはどんな意図があるのかを話したくてこの時間をもらいました。

最初に確認しておきたいのは、今回フレックスタイムやリモートワークの制度を導入した主目的は、成果をあげる上で最適な働き方を選択する「権限」を個々人に移譲することによって、会社全体の成果の総和を最大化することだということです。

ドラッカーの言葉にこんな言葉があります。

自由とは楽しいものではない。幸福、安心、平和、進歩のいずれでもない。それは選択の責任である。(中略)楽しいどころか重荷である。それは、自らの行動と社会の行動にかかわる選択の責任である。
ドラッカー 365の金言「バージニア・クォータリー・レビュー誌(1942年)収載『産業人の自由』」からの抜粋。

「自由」が「選択の責任」であるなら「自由」という責任を負った人が、その責任を上手に果たせば果たすほど、より多くの「選択の責任」=「自由」を与えられるという構造になります。

それは資本市場において株主から預かった資本をより有効に運用して企業価値を高める企業が、より多くの資本を預けられるという形で裁量を増やすことにも似ているし、僕たちのようなお店がお客様がお買い物をしてくださって発生する売上や利益をより良い良い商品やサービスを提供するために再投資しよりお客様に喜ばれるお店作りをしていけば、もっと多くのお買い物をしていただけて結果としてより多くの利益を獲得することで、再投資できる予算が増えて、より良いお店にするために選べる選択肢が増えることにも似ています。

今回僕たちの会社で導入されたフレックスタイムとリモートワークという新しい「自由」も同様に「選択の責任」であり、経営サイドが働き方をコントロールする権限を保持するよりも「権限」を社員のみんなに委譲した方がより上手に時間や働く場所をコントロールし、より大きな成果を上げようとするに違いないという期待感に基づいた取り組みになります。

なので働く場所と時間を自ら決められる自由は、個人の幸福と福祉を追求するための「権利」としてではなく、それぞれの事情にあわせて最大限の成果をあげるために働く場所と時間を選べる「権限」が委譲された状態だと理解してほしいというのが僕が伝えたいことです。

そして委譲された「権限」を上手に運用してくれればしてくれるほど、より自由で柔軟で自律的な会社にしていくことができるのだと思います。

一方で働く人にとっての最大のストレスは

「もっと成果を出しやすくするやり方があるのに、無意味なルールに縛られて選ぶことができない」

という状況だと思うので、個人の裁量を増やすことはあくまでも結果論ではありますが、個人の充実感や満足感、負担の軽減につながることは間違い無いと思います。

僕も経営者としてほとんど全てのことを自由に決められる裁量を持って働いています。この自由を自分の「権利」としてではなく、お客様、社員のみんな、お取引先様、そして僕らを取り囲む社会にもっと必要とされる会社であれるようにすることを目的に与えられた「権限」だと認識して経営にあたって行きたいと思っています。

それぞれの責任を上手に果たして、社会からもっとたくさんの「自由=権限」を託してもらえる会社になるために一緒に頑張りましょう!



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青木耕平

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