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宿にというよりも、もう1つの家。

 岡山へ車を走らせること、2時間半。
今日の宿である「とりいくぐる」に着いたときにはとっぷり日は暮れて、辺りは真っ暗になっていた。
奥にぼんやりと光る「NAWATE」の看板を頼りに、
シャッターが降りた奉還町商店街を歩いていると、看板のすぐ側に人影が見えた。
とりいくぐるのオーナーの一人である野口くんだ。
手振れしないようになのかしっかりと腰を入れて体勢を整え、僕らにiPhoneのシャッターを切っている。
思えばこれは、鳥取でも見た光景だ。そのときも横断歩道の向こう側で写真を撮る野口くんがいた。

 この日の夜は、とりいくぐるの新スタッフ”るいるい”のバーイベントだったようで、
地元の人々や宿泊のゲストで溢れ、翌日が土曜日という開放感なのか、レセプションもリビングも賑やかだった。
しかも日曜日には第1回岡山マラソンが開催されることもあってか日本各地からランナーが集い、いつものリビングとは違った雰囲気も感じられた。

 オギーソニックで何度もとりいくぐるに訪れているのだけどこの日も、
僕が移住した鹿児島の友達の知り合いに出くわしたり、偶然岡山に遊びに来ていた新潟のゲストが理絵さんと知り合いで、しかも同じ高校で同じ学年ということが発覚したりと、こういう人との出会いに事欠かないのもゲストハウスに泊まることの醍醐味である。

 遂には、翌日訪れる予定だった岡山県児島にあるアパレル店「KAPITAL」の店長である高畑さんが仕事終わりに遊びに来たりと、出会うべくして出会っている人たちばかりなのかと思うと、なんだか嬉しくなってしまう。
夜ご飯も食べずにリビングで喋り込んでいると、ゲストの後ろをついて慣れたように猫が入ってきた。とりいくぐるのインスタグラムでも良く見る黒猫だ。猫も居着くほどの居心地の良い宿なのか、なんて思いながらじゃれ合っていたら、いつの間にか消灯時間の深夜0時になっていた。

 翌朝、仕事をしようとリビングに降りると、昨晩宿泊していた「リノベーションスクール」の徳田さんと野口くんが何やら真面目な話をしていた。
話を聞くと「観光とは」という堅い話のようだ。
オギーソニックという名前を付けて日本を車で回り始めた頃から、
「旅行、観光、暮らし、出会い、地方、都市、人」そんなキーワードを行ったり来たりしながら旅をしているけれど、
「その土地に暮らすように滞在する」というような旅の仕方が徐々に一般的になり、
一口に「観光」や「旅行」と言っても、人々の持つイメージがいい意味で多岐に渡るようになった。

 フリーランスで自由に活動できる僕たちは、自分で自由に時間を使い色々な土地を訪れることができるけれど、
4年前の僕もそうだったように、所謂一般的な会社で働いてる人達にとって、週に2日の休みが全てで、長期休暇の際に旅に出てもどこも人で溢れている。
 本当は暮らすように滞在したいと思っていても、結局のところ行きたい場所をピックアップして短い休みに詰め込んで、
そのスポットを回っていくような「観光」になってしまう。
 しかし昨今ではとりいくぐるのような、旅人だけでなく地元の人とも交遊が持てるゲストハウスも各地に増え、
 短期間の旅行であっても、暮らすように旅をしたり、人に出会う旅を体験できるようになってきている気がしている。
 僕の役目は、そんな人達が旅を有意義に過ごせるように、良い店・良い物・良い人をきちんと紹介することなんだと思う。大それたことなのかもしれないけれど。

 そんなことを考えているうちに、身支度を終えた理絵さんがリビングにやってきて、お昼ご飯へ。

 野菜が食べたいと思い、グーグルの検索窓に「岡山 野菜」と入力してヒットしたお店は「野菜食堂 こやま」だった。
何でも、岡山でも有名な野菜食のお店で、フィギュアスケートの有名選手も来店していたりと、理絵さんのご飯の嗅覚にはいつも驚かされる。
実は、京都の「青おにぎり」も「京都 おにぎり」で検索して見つけたというからすごい。
 メインのおかず・玄米ご飯・お味噌汁に副菜4品の、野菜がふんだんに使われた身体に優しいご飯を堪能し、次の目的地のKAPITAL瀬戸内児島赭店へと向かった。

 入り口から店内を覗くと、昨晩図らずもお会いした、店長の高畑さんがぴょっこりと顔を出した。

 元々公民館だった建物をリノベーションした店内は、以前の外壁の色と合わせて、赤い土埃の様なエスニックな印象でまとめられ、
1階は正規品、2階はアウトレット、奥には東京の森岡書店がセレクトした古書店、社長のバンダナコレクションを展示したミュージアム、といった、いわばKAPITALの全てが味わえる複合施設だ。

 一通り説明を受けながら店内を歩き、気になるものに目星を付けていく。
このデニムもいいな、このベストもいい、あ、あのパーカーも良さそうだ、なんて具合に。
中でも、僕を一番悩ませたのはデニムのコートだ。
裏地にエスニック柄の布を使い、袖を捲ることで顔を出す。
膝少し上くらいの丈も絶妙で、細身のデニムとの相性も抜群。
そして、襟を少し立たせたときのフォルムと、ポケットに手をつっこんだときの佇まいが、
何とも言えずかっこいいのである。
そのコートを着たまま店内をうろうろし、一着のコートを購入するために無駄に大きな決意と覚悟を決めて、購入。デニム生地という特性上、年月を経て風合いが変わりアジが出てくるだろう。30歳を迎えた僕と、この先の10年を共に歩んでくれることを期待したい。


 宿に戻るなり、野口くんに報告。
紙袋からコートを出して、リビングでコートを着て見せびらかす。
我ながら、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。

 みんなからの賛辞にいい気になっていたところで、電話が鳴った。
カキのお好み焼き「かきおこ」で有名な「お好み焼き屋 もり」からだった。
KAPITALの帰りにお店に寄ったのだが、満席で1時間待ち。
そこまで人気なのかと、胸を昂らせながら名前と電話番号を書いて、席が空く連絡を待っていた。

 お店に入り通されたのは、カウンターを通り過ぎて一番奥の座敷席。
とりあえず生ビールを注文し、つまみにはパクチーのお浸しを。
パクチーを鰹節の出汁とにんにくと少しの醤油でお浸しにしたものだろうか、これが美味い、最高である。待ってましたと言わんばかりに、次にテーブルの上に運ばれてきたのは、お店の看板メニューである冷凍カキのお好み焼き「かきおこ」。
何をどうしたって美味いのだ、最高である。
 最終的に、カキ入りのネギ焼きや、パクチーとチーズのとん平焼き、通称パクチーズも注文して、カキとパクチーが大好きな僕にとって大満足の晩ご飯となった。オギーソニックは基本的に僕の一人旅だから、
夜、街に繰り出してお酒を飲みながらご飯を楽しむ、なんてこともあまりしたことがなく、
こんな風にお店に入って沢山の料理に舌鼓が打てるのは、誰かと一緒に旅することの醍醐味なのだろう。

 上機嫌で宿に戻ると、翌日の岡山マラソンに出場するゲストでリビングはいっぱいでとても賑やかだった。
 その中の一人が何気なく口にした一言が、印象に残っている。

 「こうやって、一緒に走るみなさんとここで出会えて、色々とお話できたことだけで、私はもう半分走ったようなものですから。ありがとうございます。」と。

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