質的研究のための学術論文執筆基準(2):タイトル・アブスト・序論
はじめに
アメリカ心理学会(APA)から公表されている「質的研究のための学術論文執筆基準」(Journal Article Reporting Standards for Qualitative Research,以降,「質-JARS」とします)について紹介します。
今回紹介する本はこちら
Levitt, H. M. (2021). Reporting Qualitative Research in Psychology: How to Meet APA Style Journal Article Reporting Standards, Revised Edition as publication of the American Psychological Association in the United States of America, 能智正博・柴山真琴・鈴木聡志・保坂裕子・大橋靖史・抱井尚子(訳)(2023)『心理学における質的研究の論文作法:APAスタイルの基準を満たすためには』,新曜社.
「質-JARS」では,論文のセクションごとに,そこに含めるべき情報の内容と,著者へのアドバイス,査読者への注意が表でまとめられています。
今回は,なかでも,タイトルページ,アブストラクト,序論に焦点を当て,質的研究の論文の序盤に何をどこまでどのように書くべきなのかについて整理します。
1.タイトルページ
タイトルページについては,論文タイトルと著者注の2つについて基準が示されています。順にみていきます。
1-1. 論文タイトル
ここで少し注意したいのは,論文タイトルに研究方法を明示することは求められていないことです。ただし,著者がその分野での研究方法(論)上の進歩を主張したい場合には,使った研究方法を示すことも必要かもしれません。
目立つタイトルは,読者の関心を惹き,論文が何をいっているのか調べたい気持ちにさせます。
つまり,論文タイトルでは,多くの論文を目の前にしている読者の目を惹くこと,かつ,論文の内容を的確に伝えることが必要なのです。
著者Levittは,例として,自身の論文を挙げています。
「双頭のものは何であれ怪物である:結婚の平等とドメスティックバイオレンスに関する宗教的指導者の見解」
荒谷も思い切って,このようなタイトルに挑戦したことがあります(論文ではなく研究報告ですが)。
ただ一人の科学教育研究者になっていく
―複線経路等至性アプローチを用いた軌跡の描出―
このタイトルが本当に聴衆の関心を惹いたのかは定かではありません。
しかし,メインタイトルで研究協力者の発言(引用)や論文のストーリーを象徴する一言を示して読者の関心を惹き,サブタイトルで何をやったのかを端的に示す,というのは,質的研究の論文を書くときに検討してもよいかもしれません。
最近,どうやったら研究や論文を「人間らしく」できるのだろうか,と考えるようになりました。
(「人間らしく」は少し変な表現かもしれません)
もちろん学術論文を日記やエッセイ,個人的なポエムと一緒にしたいわけではありませんが,学術的な信憑性等を抑えつつ,読む人の心を震わせ,行動を変えられるような論文はどうやったら書けるのだろうか,と考えています。
論文タイトルで読者を惹くことはその一つの方法ではないかなと思います。
1-2. 著者注
なお,発表する雑誌にもよって,著者注が論文のタイトルページにある場合と末尾にある場合,様々な場合があると思います。
投稿する論文雑誌の投稿規定をチェックして,忘れずに謝辞や利益相反事項について記入しましょう。
2.アブストラクト
ここは当たり前の基準のように思います。
ただし,著者(Levitt)は質-JARSにおいてキーワード5つのなかには,研究方法を述べるキーワード1つと,研究対象者の特徴や研究した現象を述べるキーワードを1つを含めることを推奨しています。
キーワードは,論文タイトルに続いて読者が論文を探し出すためのものですから,①研究テーマ(研究目的や問い),②研究方法(論)やアプローチ,③研究参加者の特徴や研究した現象,など論文を見つけやすいワードを広く選ぶことが大切なのでしょう。
3.序論
序論には,関連する文献のレビューと研究目的の記述という2つの主要な要素があります。
先行文献内に潜在しているストーリーを明確にし,説得力あるしかたで組み立てて伝えることによって,研究の成果が気になるように読者を誘うことが求められます。
3-1. 研究課題や研究設問の説明:文献レビュー
読者に研究論文の成果の必要性がわかるように明快に文献を提示するのは著者の役目です。
ここでのポイントは,「批判的に総合すること」ではないかと思います。
先行文献を羅列的に載せるのではなく,そこに研究史ともいえるストーリーを見出し,読者にそれを伝えることが求められます。
今後はもっと丁寧に,かつ,批判的に文献レビューをやらないといけないですね。反省です。
3-2. 研究目的
質的研究論文の序論では,量的研究とは対照的に,検証される特定の仮説を述べることはないでしょうが,研究上の問いや目標が記述されます。
特定の読者を想定しているのなら,そのことも述べなくてはなりません。
また,選択した研究方法論が研究目的に対応していることについても述べる必要があります。(研究方法論の理論的根拠)
さらに,大規模な研究の一部として行われた研究であるのなら,そのことを明記するべきです。
研究目的が理論構築,説明,理解の深化,社会的アクションなど多岐にわたる質的研究においては,何を(どこまで)を研究の目的とするのかを明記する必要がありますね。
さらに,研究目的に対応するような研究アプローチを採用したことをきちんと述べることも大切です。
これらの点はもう一度肝に銘じたいと思います。
おわりに
今回の記事では,タイトルページ,アブストラクト,序論に焦点を当て,質的研究の論文の序盤に何をどこまでどのように書くべきなのかについての概要を整理しました。
今後は,方法のセクション以降についても記事にまとめていきたいと思います。
質的研究に慣れ親しんだ研究者の方には当たり前のことかもしれませんが,私の学び直しにお付き合いしてくれる方はぜひこれからも読んでください。
書いていて思ったのですが,この質-JARSの記事がひと段落したら,『科学教育研究』の論文審査の観点を批判的に考える記事も書こうと思います。(書くとは言っていない)
今年4本目。3本坊主にならなかっただけ偉い。
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