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『演技と身体』Vol.49 内臓一元論② 内臓でみんなうまくいく

内臓一元論② 内臓でみんなうまくいく

前回の記事では改めて感情表現における内臓感覚の重要性を確認した上で、無意識や呼吸と内臓の関係を考察した。
今回はもう少し具体的に内臓感覚を研ぎ澄ます方法をまとめてみよう。

内臓中心に姿勢を考える

内臓の感受性が感情の豊かさと深く関連するならば、望ましい状態は物理的に余計な負荷や制限が内臓にかかっていないような状態である。一言にしてしまえば、姿勢正しく力みのない状態だ。
姿勢は正しい方が良い。力みはない方が良い。そんなことはわかり切っているのだ!というか、姿勢が正ししければ大抵力みは少ないだろうが!じゃあ常に綺麗な姿勢のまま演技をしろというのか!?
まあ落ち着いてください。
内臓中心にこれらを考えてみると具体的にどうするべきかが見えてくるのです。

骨と重力と内臓と私

まず立つ姿勢だ。この時、足のどこに体重が乗っているだろうか。きっと多くの人は親指側、つまりやや内側に体重が乗っていることだろう。僕もそうだった。
ところで馬の蹄って何指なんだろう。生命の進化の産物であるあの力強い蹄は。牛は?あの巨体を支える蹄は何指なのだろうか。
調べてみると割と簡単に知ることができた。馬の蹄は中指が進化したものであった。牛の2本の蹄は中指と薬指の発達したものであった。
骨の進化は重力との戦いと共生の歴史である。つまり重力に対して最も効率よく体重を支えることができるのは中指なのだ
その日から僕は中指の辺りに体重が乗るように注意して生活するようになった。気がついたのは、この姿勢が内臓への負担が一番少ないということだ。立ったまま体重を内側から外側へと移していき、内臓にどう力がかかるか内観してみる。内側に体重が乗っているとお腹の辺りが少しギュッとなる。一番外側に体重を乗せると脇腹やや後方がニュッとなる。
寝坊した朝、駅までの道のりを走る。どんなに急いでいても中指に体重を乗せることを忘れてはいけない。すると、一度に走れる距離がいつもの二倍くらいになっている。息もあまり上がっていない。これならあと2〜3分は寝られたかもなと思う。

骨で動くための三つの原理

正しい姿勢というのは、必ずしも背筋をピンと伸ばした姿勢のことではない。骨で体重を支えられる姿勢や動きのことだ。
演技の際に常に背筋をピンと伸ばしていたら表現としては微妙だ。育ちの良いお嬢様の役しかできなくなってしまう。
骨で体重を支えるためにはほんのいくつかの原理さえ身についていれば十分だ。
その一つは今説明した通り、中指の辺りに体重を乗せるということだ。座る時でもその延長線上に体重を乗せる。するとちょうど坐骨で立つような感じになる。
二つ目は骨盤を動きの中心にすることである。例えば背中を曲げるような姿勢を作る時、文字通りに背中を丸めてしまうと胸が閉じて内臓も圧迫される。胸が閉じると演技の受けが弱くなり全体的に小さくまとまってしまう。
骨盤を後ろに回転させるとそれに釣られて背骨が曲がる。この時肩に余計な力が入らないで済むし胸も開いたままである。内臓への負担も少ない。
これを一般化すると、「でかい方を動かせ」という法則が導かれる。骨盤はでかい。背骨のような細っちょろい骨を動かすより、もっと大きな骨を動かした方が動きの効率が良い。
効率が良いということは、余計な力みが入らないということである。だから手を動かしたい場合でも手先ではなく、肩甲骨から動くべきだし、足なら股関節の辺りを意識して動くのが良い。すると手先、足先は脱力したままなので、より細かい表現や微調整など別の仕事をさせることができる。驚くなかれ、僕はボーリングで手先でヘッドピンを狙うのではなく肩甲骨で狙いを定めるように意識を変えただけですぐにスコアが50も上がったのだ。
三つ目は、深層筋を使うことだ。インナーマッスルとも言う。だが僕はマッスルという語の響きが好きじゃない。ハッスルも好きじゃない(キャッスルは好きだ)。だから深層筋と呼ぶ。
深層筋についてはVol.7深層筋ネットワークの回にも書いたが、骨を支える筋肉である。一つ一つは小さいのだが、それが骨の周りにくっついて全身にネットワークをつくっている。骨の周りについているということは、身体の中心に近いところにあるということであり、中心に近い方を動かした方がエネルギー効率ははるかに良いし動きの粗も少ない。そして骨を支える筋肉なので、深層筋を使って動くということがそのまま骨で動くということになるのだ。
これらのことは演技する段になって意識しても遅いので、普段の生活の中で意識してみましょう。

自律神経と内臓

内臓感覚について考える上でもう一つ重要なのが、自律神経の働きだ。
自律神経は内臓と脳を結ぶ神経であり、同時に外界に対する評価づけを常に行っている神経なので、内臓反応にも大きな影響を及ぼしている。
詳しくはVol.30Vol.31自律神経の話にまとめてあるので、ここでは簡単に。
自律神経の話が教えてくれることは、”何に注目するか”が私たちの感情を大きく左右するということだ。
自律神経は環境の安全性をモニタリングしている。危険を察知すれば交感神経が闘争や逃走に備えて働き始める。そしてそのために心拍数をあげたり血流を活発にしたりするのだ。こうした身体変化は感情にも大きく影響する。
これは逆に言えば、環境の中で何に注目するかによって自律神経の働き方が変わってくるということだ。
お腹を空かせたライオンがあなたの背後に迫っていても、お空に浮かぶ雲の形に注目しているうちは副交感神経優位の状態が続くわけである。それが忍び寄るライオンの唸りに耳を済ませた途端、交感神経優位に変わるというわけだ。
実際の生活や撮影の現場はもっと微妙だ。危険なものと安全なものが入り混じっているし、その中には危険に見えるけど実際はそうではないものや安全そう見えて厄介なものもある。
例えば、カフェで隣の席に座る学生の貧乏ゆすり。それは何か自分を侵害しようとするものに思えて、落ち着かない気分になる。ふと窓の外に目を向けるとやっと歩けるようになったばかりの子供が電車に向かって手を振っているが、電車に目を奪われて転んでしまう。それを見て思わず微笑む。が、また隣を見れば学生の貧乏ゆすり!侵害だ!窓の外を見れば子供。ほんわか。
ああ忙しい。
しかし演技の際にはこうした注意(アテンション)を意識的に選択することが大切だ。つまり、不機嫌な演出家に注意を払って演技していると自律神経レベルで不安を覚え、それが内臓反応に影響を及ぼすのだ。
また自分の演技の意図(インテンション)に集中するあまりそもそも外への注意(アテンション)が疎かになることもある。
(ちなみに実際には貧乏ゆすりは他者を侵害しないので、これは環境への誤った評価だということになる。私たちの多くはこうした誤った評価によってストレスを溜め込んでしまう。常にイライラしている人物は環境の中でネガティブなものに注意を払いがちで、しかもそれらの危険性を過剰に評価してしまっているのだ。)

表情と内臓

さて、これまではどちらかと言えば刺激を受け取って内臓で反応するという内的な反応について説明してきた。しかし、内臓反応はアウトプットにまで直接関わっている
まず表情だ。Vol.14でも解説したが、表情の筋肉は解剖学から眺めると内臓の一部であるいうことができる。というのも表情の筋肉というのは、生命が海から陸に上がったときに、エラの筋肉を退行させてできたものであるからだ。魚は無愛想なのではなく、我々が表情に使っている筋肉を呼吸に当てているだけなのだ。
とにかく内臓と表情筋はつながっている。そして内臓は表情の根っこだと言っても良い。そしてここでもあの法則が有効である。そう、「でかい方を動かせ」だ。表情筋を動かすな。内臓を動かせ。そうすれば表情は自然と動くのである。

声と内臓

次に声である。
ほとんど繰り返しになるのだが、発声に必要な喉頭の構造や声帯というのは、やはりエラの筋肉に由来しているのだ。魚は無口なのではなくて我々が発声に使っている筋肉を(以下略)。
声は内臓反応を表すものなのだ。とはいえ、声は表現域の広さや深さが大きいのでそれはそれで修練が必要ではあるが(詳しくはVol.25声の表情)、究極的にはやはり内臓反応に集約できることになる。

直感と内臓

さらに内臓反応は直感にも大きな影響を与えている。
役者の直感的な行動が時に映画に奇跡を引き起こすが、そのような直感的な行動も内臓反応から説明することができる。
内臓反応は神経を通じて脳の島皮質というところに送られるのだが、その島皮質が直感細胞と呼ばれる細胞の働きに深く関わっているのだそうだ。

個性と内臓

つまり、内臓反応は言語を省略して直接的に表情や行動に表すことができるようにできている。表情も声も直感も内臓反応に帰することができる。内臓でみんなうまくいくのだ。
そして人には人の乳酸菌(腸内細菌叢のうち、他人と共通するのはわずか10パーセント程度であるらしい)。つまり、内臓の反応の仕方は人それぞれなのだ。自分の演技の個性を頭でごちゃごちゃと考えるのはやめて、それを内臓の個性に帰してしまうというのはいかがでしょうか。個性は内臓にあり!である。
さて、しかし前回も述べた通り内臓とはいわば無意識の領域である。それでは演技の際の意識の置き所はどうなるの?そんな疑問に次回は答えていきたい。

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