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「9月入学」実施の是非

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学校の9月入学に関する議論や報道がにわかに盛り上がりを見せています。

1 学校休業の現状

 現状,多くの地域で学校の休業が5月末まで延長されており,1学期の半分に相当する授業日程が失われています。
 6月1日から授業を再開することができれば,夏休みをすべて無しとし,さらに授業コマ数の増加や,土曜授業の設定等を行うことにより,授業時間を回復することは不可能ではありませんが,6月1日から再開できるかどうか自体不明な状況です。

 加えて,7・8月に授業を行うことになると,空調設備が欠かせないことになりそうですが,令和元年9月現在で,公立学校のエアコン普及率は78.4%であり,依然として100%には届いていません。

2 遠隔授業の現状

 海外では,オンライン授業などによる学校再開が報じられていたりしますが,日本はかねてから指摘されていた通り,教育現場におけるICTの普及で決定的に出遅れており,文部科学省の調査では,大学ですら,遠隔授業の実施率は47.4%にとどまっています

 この遠隔授業についても,おそらくその中身は一様ではなく,ZOOM等を利用した双方向の講義を行うものから,一方的な動画の放送にとどまるものまでさまざまと推察されます。

 また,遠隔授業を実施することとしている大学等でも,教授・教員側の準備はもとより,学生側の通信環境,通信機器の整備の問題が表面化しています。
 一部の大学では,学生にWiFiルーターやパソコンを貸与することでこうしたデジタルディバイドの解消を図っているようです

 初等中等教育になると,この問題はより深刻です。
 大学に進学する子を出す家庭よりもより家庭間の経済的格差が大きく,また,複数の子を養育している家庭では,端末も人数分そろえなければなりません。もちろん,大容量の通信回線の確保も必須です
 加えて,対面授業ですらなかなか集中を維持できないような年頃の子供たちを遠隔授業で指導するためには,指導側にこれまで以上のスキルが求められるとともに,家庭側でも一定の対応が必要と考えられます。保護者にとっても軽い負担ではないでしょう。

3 9月学年開始のメリット

 こうした問題をいったん先送りし,失われた授業機会を全国一律に保障する手段として,学年の開始時期を4月から9月に一斉に移動させる方法は,非常にわかりやすい対応策といえます。

 多くの人が指摘するように,9月新年度(学期)に関しては,いわゆるグローバルスタンダードに適うものでもあります。

 海外の教育機関との人材交流(教員,研究者,留学生),海外企業への就職等を考えても,利点は多いと思われます。

 なお,一部で言われているように,入試に雪の影響が生じることを避けることができるという点については,私見ではためにする意見としかいいようがないと考えます。
 9月新学期の場合,現状の1~3月の受験日程が6~8月にスライドすることになると考えるのが通常と思われますが,この時期は,日本では梅雨から台風の襲来期であり,積雪の影響を避けることができる代わりに,風水害の影響をもろに受けやすくなるからです。

 受験が全国で行われることを考えると,風水害の影響を受ける地域が生じる可能性は,従来の積雪による影響の場合と比べて減るとはとても考えられません。むしろ増える可能性すらあるのではないでしょうか。

4 9月学年開始のデメリット

 他方,デメリットも当然に考えられます。

 まず,そもそも9月に果たしてCOVID-19が沈静化しているのかが問題です。

 また,今から数か月で,事務対応が可能なのかという問題があります。
 小職は教育行政については素人ですが,その素人目にも,予算措置の組直し,教育指導要領の改訂,授業カリキュラムの再編成,教員の定年時期の見直し,給食や資材納入等の学校関係契約の見直し,これらに必要な法令の改正…etc.,気の遠くなる事務作業が生じると思われます。

 文部科学省をはじめ中央省庁はおそらく目下新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対応に忙殺されており,地方自治体も同様と思われます。また,部局によってはリモートワークへの移行により,組織の対応力が低下しているところもあるでしょう。

 最前線の教員の方々は,目下,休校中の子供たちへの対応に忙殺されていると考えられるところ,これに制度変更対応が重なった場合,果たして応答できるのでしょうか。
 国公立教員に関しては,かねてから残業代の問題も指摘されているところですし。

 こうした実務面の問題のほかに,さらに大きな問題が少なくとも3つほど考えられます。

5 財政的経済的問題

 まず第一に,お金の問題です。
 令和2年度の学期は,形式的には既に開始しており,上でみたように,大学等では約半数が遠隔授業等の対応を実施しています。
 遠隔授業をできていない学校でも,小中学校などでは課題の頒布,回収,添削などは行われているところが多いようです。

 これらをいわばリセットして,開始時期を9月にずらせるとして,この約半年分の授業料をどうするかです。

 令和2年度の在学生のみ1年半分の授業料を徴収する…のは筋が通らないでしょう。生徒・学生に与えられるカリキュラムは1年分でしょうし,世代間格差を生じます。

 他方,9月までの対応をなかったことにして新学期を開始するとした場合,半年分の施設維持費,人件費を学校機関がそのまま被ることになり,経営危機に直面する教育機関が発生する可能性があります。

 教育は国の基ですから,本来であれば,公的な財政支援が求められるところであり,私自身はこれには賛成です。
 とはいえ,COVID-19事態全般において,補償の不足が指摘される中で,世間的になぜ教育機関だけ…というような声が上がる可能性は残念ながら否定できないでしょう。

6 学年編成の問題

 長い間,日本では,4月1日を基準日として,学年の区切りが行われてきました。
 仮に,これを単純に9月1日に変更することにすると,令和3年9月度の新学年(小学校1年生等)は,1年半分の人口を擁することになります。

 果たして,学校施設や人員,教育に必要な物資等はこの容量増大に対応できるのでしょうか。

 また,始業時期が半年ずれることにより,共働き世帯などでは,就業再開時期等に影響を生じる可能性もあります。
 
 さらに,新卒一斉採用の慣行が変わらないのであれば,この新学年世代は,将来的に,前後の世代に比べて,1.5倍の競争倍率の就職戦線を戦うことになります。

7 就職活動の問題

 その就職の問題です。
 現在の日本の労働社会は,4月の新卒一斉採用を前提に構築されています。

 理想的には,通年採用への移行,新卒偏重からの脱却などが検討されるべきなのでしょうが,それこそすぐには難しいでしょうし,逆に仮に短期間にドラスティックな変化が生じれば,令和2年度の大学や高等学校等の卒業生の就職環境に,甚大な影響を生じかねません。

 また,新卒採用時期を9月新学期に合わせて移動させ,入社時期もこれに合わせて移動させるとしても,4月採用を前提とした人事システムも変更しないと,退職と採用にラグが生じ,人手不足を生じる可能性があります。

8 まとめ

 私個人としては,学校を9月始業に変更することに積極的に反対するものではありません。実現した場合の利益を考えると,むしろ今回の混乱を奇貨として実行するのは十分にあり得ることかと考えます。

 しかし,これにともない不利益を受ける者が出るようであれば,それに対する対策は欠かせません。ましてや,影響を受ける者が国の未来を担う子どもたちであればなおさらです。

 100年以上続いてきた社会の基礎的な制度を変更することは容易なことではありません。現下にわが国が直面している問題の解法として,学年暦を変動させることが一見最適解であるように見えるとしても,十分な検討と準備なしにこれに飛びつくことは避けなければなりません。

 果たして政府は,立法府は,そして国民は,この問題にどのような解を与えるのでしょうか。

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