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営業秘密の管理~ソフトバンク元従業員による情報持ち出し

みなさまあけましておめでとうございます。
更新が滞っておりますことお詫び申し上げます。

1 COVID-19をめぐる社会情勢

 さて,令和2年の春からわが国でも深刻化したCOVID-19の感染拡大は,今また第3波といわれる感染拡大期を迎え,1月13日には,新型インフルエンザ対策等特別措置法の緊急事態宣言の対象となる地域が1都2県から1都2府7県に拡大されようとしています。
 特に状況が切迫していると思われる大都市部のCOVID-19受入病院の医療従事者の方々,患者の振り分けや行動履歴調査に追われる保健所職員の方々には頭が下がります。
 また,緊急事態宣言の発令にともない,その他の事業者等にも問題が生じていることは疑いを容れません。特措法の問題点については本ブログでも過去に触れてまいりましたが,問題点は1年近くを経過した今も解消されているとは到底いえないのが残念です。

 というような社会情勢の中ではありますが,本日は新型コロナ関連とは全く異なる話題についてみてみたいと思います。

2 ソフトバンク社の営業秘密の不正持ち出し事件

 今週,通信大手のソフトバンクに勤めていた技術者が,同社の営業秘密を不正に持ち出した疑いで逮捕されたというニュースが報じられました(→記事はこちら)。
 被疑者は,ソフトバンクのライバル会社である楽天モバイルに転職していたとも報じられています。

3 営業秘密とは

 ところで,営業秘密とは何なのでしょうか。
 企業であれ個人であれ,事業を営んでいる場合には,他社や他人に知られたくない情報はいろいろあると思われます。例えば,おおむねどこの会社にもあると思われるこうした情報の例としては,顧客リストがあります。
 では,顧客リストは常に営業秘密になるのかというと,残念ながらそうとはいえません。

 営業秘密については,不正競争防止法という法律が定めを置いています。同法によると,営業秘密は次のように定義されます(同法第2条第6項)。

第二条(定義)
6 この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう。

 上記の不正競争防止法の定義からは,ある情報が同法により秘密情報として保護されるための要件として,次の3つが必要であることが導かれます。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
②事業活動に有用な技術上または営業上の情報であること(有用性)
③公然と知られていないこと(非公知性)

 これらの要件を満たしていないと,いくら事業者にとって価値のある情報でも,少なくとも不正競争防止法による保護を受けることはできなくなってしまいます。
 そこで次に,これらの要件についてそれぞれ詳しくみてみましょう。

4 秘密管理性

 営業秘密性を満たすうえで最大の課題となることが多いのがこの要件です。
 営業秘密の保護に秘密管理性が要求されるその趣旨は,

事業者が秘密として管理しようとする対象(情報の範囲)が従業員や取引先(従業員等)に対して明確化されることによって、従業員等の予見可能性、ひいては、経済活動の安定性を確保する…。
したがって、営業秘密を保有する事業者(営業秘密保有者)が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは十分ではなく、保有者の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようする意思)が、保有者が実施する具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保される必要がある
(『逐条解説不正競争防止法』(経済産業省))

とされています。
事業者が単に秘密だと思っているものが,すべて営業秘密としての保護を受けることになると,従業員や取引相手が,何が営業秘密かわからず,おちおち情報に触れることもできなくなって経済活動ができなくなってしまうということです。このため,しっかり秘密であることがわかる状況にしておきなさいとされているわけです。

 典型的には,秘密にしたい情報には「マル秘」「部外秘」等を表示したり,対象情報をリスト化して明示したり,対象ファイルを鍵付きの部屋で保管したり,パスワード等によりアクセス制限をしたりということが考えられています。

 ただし,実際の裁判における判断は,情報の性質や保有のあり方,情報を保有する企業の規模等の諸般の事情を総合考慮してなされていますので,このニュースを機に自社の秘密管理について心配になられた方は,是非弁護士等の専門家にご相談なさってください。

 ちなみに,秘密表示やパスワード等によるアクセス制限がなされていなかったにもかかわらず,全従業員が10人程度と少なく,性質上日常的なアクセス制限が困難であったことを考慮して秘密管理性を肯定した事案(対象情報は社内LANのみに接続,バックアップに関しては権限制限を設けていた等の事情あり。)があります(大阪地判平成15年2月27日)。
 また,顧客情報そのものは電子データまたは施錠付きの部屋に保管され,閲覧にはアクセス制限がかけられていたものの,他方で営業職員が写しを保持し,自宅に持ち帰る等もされていた事案について,写し等は営業上の必要性からやむを得ないものであること,秘密保持義務について定めた就業規則が整備され,該当者には誓約書を提出させていたこと,秘密保持に関する研修や試験が行われていたことなどから秘密管理性を肯定した事案もあります(知財高判平成24年7月4日)。

5 有用性

 ここにいう「有用」とは,財やサービスの生産,販売,研究開発に役立つなど事業活動にとって有用であることを意味するとされています。
 もっとも,秘密管理性と非公知性を充足する事業関連情報については,原則として有用性が否定されることはないと考えられています。それでもこの要件が設けられている理由は,次のように説明されています。

企業の脱税、有害物質の垂れ流し、禁制品の製造、内外の公務員に対する賄賂の提供等といった、反社会的な行為は、法文上明示されてはいないが、法が保護すべき「正当な事業活動」とは考えられず、そうした反社会的な行為に係る情報は事業活動に有用な情報であるとはいえないので、営業秘密には該当しないものと考えられる
つまり、「有用性」の要件は、公序良俗に反する内容の情報(脱税や有害物質の垂れ流し等の反社会的な情報)など、秘密として法律上保護されることに正当な利益が乏しい情報を営業秘密の範囲から除外した上で、広い意味で商業的価値が認められる情報を保護することに主眼があるといえる。
(『逐条解説不正競争防止法』(経済産業省))

 以上のとおりですから,この要件が問題となることはほとんどないでしょう。

6 非公知性

 「非公知性」が認められるには,一般に知られておらず,又は容易に知ることができないことが必要とされています。具体的には,当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていないなど,営業秘密保有者の管理下以外では,一般的に入手することができない状態とされています。ここにおける非公知は,特許における発明の新規性での非公知よりは緩やかに認められています。
 
 なお,リバースエンジニアリングは,営業秘密保有者の管理下以外で情報を入手することができる手段といえます。しかし,専門家を用いて多額の費用を投じ,長時間にわたる解析が必要な場合等には,なお非公知といえるとの裁判例があります(大阪地判平成15年2月27日)。
 他方,一般に利用可能でかつ過大な費用を要しない解析技術により,市場に流通している商品を分析して得られる情報について,非公知性を否定した裁判例もあります(大阪地判平成28年7月21日)。

7 禁止行為(民事)

 それでは,営業秘密性が認められるとどのような効果が生じるのでしょうか。
 営業秘密については,不正競争防止法は,6つの行為を「不正競争」と定義しています(同法第2条第1項第4号~10号)。

四 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)
五 その営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
六 その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為
七 営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為
八 その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為
九 その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正開示行為があったこと若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為
十 第四号から前号までに掲げる行為(技術上の秘密(営業秘密のうち、技術上の情報であるものをいう。以下同じ。)を使用する行為に限る。以下この号において「不正使用行為」という。)により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為(当該物を譲り受けた者(その譲り受けた時に当該物が不正使用行為により生じた物であることを知らず、かつ、知らないことにつき重大な過失がない者に限る。)が当該物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為を除く。)

 難しいので少しかいつまんでご説明します。
 まず,不正の手段で営業秘密を手に入れる行為や,不正に得た営業秘密を使用したり開示したりする行為はダメです(4号)。
 不正に取得する行為があったことを知りながら(あるいは重過失により知らず)その営業秘密を手に入れたり,使用・開示したりする行為もアウトです(5号)。手に入れたときは不正取得があったことを知らなかったとしても,その後に知り(又は重過失により知らないまま)その営業秘密を使用,開示する行為もまたダメです(6号)。
 営業秘密の保有者からちゃんと開示された場合でも,不正の利益を得たり,保有者に損害を与える目的でその営業秘密を使ったり広めたりする行為も禁止されます(7号)。
 情報の流れの中で不正な営業秘密の開示があったことを知りながら(又は重過失により知らず)その営業秘密を取得,使用又は開示する行為(8号)(取得後に悪意又は重過失となった場合も同じです(9号)。)も禁止です。
 最後に,上記4号から9号の行為(技術情報に限る。)の使用により生じた物を譲渡したりする行為(故意又は重過失にある取得者による譲渡等も含む。)もまた,不正競争行為となります(10号)。

 もっとも,情報を取引によって取得した場合であって,取得時に営業秘密の不正取得・開示行為が関与していることについて知らないか重過失なく知らない場合は,その後,悪意重過失に転じたとしても,取引契約の範囲内ではその情報(営業秘密)を適法に利用できるとの例外規定もあります(第19条第1項第6号)。

8 民事上とりうる手段

 不正競争行為については,不正競争防止法上,侵害の予防等のための差止請求権(同法第3条),損害賠償請求権(第4条)などが認められています。

9 刑事責任を問われる場合

 不正競争防止法第21条第1項は,営業秘密についての不正なかかわりに関する行為について,10年以下の懲役若しくは2000万円以下の罰金(又は併科)を定めています。

第二十一条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者
二 詐欺等行為又は管理侵害行為により取得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、使用し、又は開示した者
三 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、次のいずれかに掲げる方法でその営業秘密を領得した者
イ 営業秘密記録媒体等(営業秘密が記載され、又は記録された文書、図画又は記録媒体をいう。以下この号において同じ。)又は営業秘密が化体された物件を横領すること。
ロ 営業秘密記録媒体等の記載若しくは記録について、又は営業秘密が化体された物件について、その複製を作成すること。
ハ 営業秘密記録媒体等の記載又は記録であって、消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装すること。
四 営業秘密を営業秘密保有者から示された者であって、その営業秘密の管理に係る任務に背いて前号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し、又は開示した者
五 営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員(理事、取締役、執行役、業務を執行する社員、監事若しくは監査役又はこれらに準ずる者をいう。次号において同じ。)又は従業者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、その営業秘密を使用し、又は開示した者(前号に掲げる者を除く。)
六 営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員又は従業者であった者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その在職中に、その営業秘密の管理に係る任務に背いてその営業秘密の開示の申込みをし、又はその営業秘密の使用若しくは開示について請託を受けて、その営業秘密をその職を退いた後に使用し、又は開示した者(第四号に掲げる者を除く。)
七 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは前三号の罪又は第三項第二号の罪(第二号及び前三号の罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示によって営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
八 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、第二号若しくは第四号から前号までの罪又は第三項第二号の罪(第二号及び第四号から前号までの罪に当たる開示に係る部分に限る。)に当たる開示が介在したことを知って営業秘密を取得して、その営業秘密を使用し、又は開示した者
九 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、自己又は他人の第二号若しくは第四号から前号まで又は第三項第三号の罪に当たる行為(技術上の秘密を使用する行為に限る。以下この号及び次条第一項第二号において「違法使用行為」という。)により生じた物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供した者(当該物が違法使用行為により生じた物であることの情を知らないで譲り受け、当該物を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供した者を除く。)

 なお,法人が関与した場合には,同法第22条第1項第2号において,5億円以下の罰金といういわゆる両罰規定も定められています。

10 まとめ

 いかがでしょうか。
 営業秘密の不正な持ち出し等は民事上も刑事上も大きな責任になる得る行為です。
 このことは,故意又は重過失ある第三者にも共通しています。
 他方,事業者において,事業上重要な情報は,自動的に営業秘密として保持されるわけではありません。従業員との関係でも,取引先との関係でも,適切に秘密保持に関する契約や就業規則等を整備しておかないと,足元をすくわれる危険もあります
 他社から情報提供を受ける場合も同様です。

 ソフトバンク社は楽天モバイルに対して訴訟を提起する方向との報道もなされています。刑事事件の捜査も,場合によっては広がるかもしれません。

 この事件を他山の石として,事業の見直しをしてみてはいかがでしょうか。


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