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旅32-ひっそりとエネズ

エネズって町を知っていますか? まあ、知らないよね。トルコとギリシアの国境近くにある町。『歩き方』には載っているが、地図ページにあるだけ。そこに行ってきました。もちろん情報はありません。あるのは…、トロイア戦争後にアイネイアスが訪れたという事実、いや言い伝えかな。

トロイアの英雄アイネイアスは「エネ」と呼ばれることがある。このエネズという町はその英雄の名に由来している。
僕はチャナッカレを早朝に出発、船で海峡を渡りケシャンという町へ。ここもガイドブックに情報がないがこのあたりでは大きい町で、交通の要地のようなものでもある。町外れのオトガル(バスステーション)から無料ワゴンで町中へ、中心部のミニバス乗り場でエネズ行きミニバスに乗り込む。ここまで、周りにいたトルコ人がすべてセッティングしてくれた。ほとんど外国人観光客なんか来ないこの街、だからこそ優しい。素朴な町に綺麗なモスク。トルコの田舎町である。

エネズはケシャンから西へ約60km。所要一時間。見渡す限り畑が広がる。途中の村で数人が乗り降りする。急な坂道。下るときの勢いでミニバスは登っていく。
そしてエネズ到着。何もない。実は、ここにはアイネイアスに由来するものが残っていない。人に聞き探してみたけどないと言う。あるのは史実のみ。ほー、と思う。ほーってなんだ? そうだ、真っ白だ。イベントはない。なんか飲むか。カフェはないので、ペットボトルの蓋を開ける。そして記憶の蓋を開ける。

戦争に敗れたトロイアの残党は、トロイの南アンタンドロスから出港、ここエネズに立ち寄っている。(僕は、アンタンドロスは深夜バスで通ったのみで終了です。) ここから内陸にあるトラキアへ使者を使わした。トラキアにいるトロイアの王子と財宝を旅の資金とするために。しかしトロイアが負けた後、王子は殺され財宝は奪われていた。それを夢の中死者の言葉で知った彼らはいち早く脱出、寸でのところでトラキアの追手を逃れ、船を南へ進めた。つまりこここそ、アイネイアスの旅の出発点、船出の地である。旅の準備が終わり、当てにしていた財産を奪われての出発。

現在のエネズの海岸線は海中から海草が頭を出し揺れていた。深い港ではない。大型船が停泊できるわけではない。彼らが乗った船はどれくらいの大きさだったのだろうか。

海に向かって立つ城もその後代のものだ。町ももちろんそうだ。やはりあるのは史実だけ。僕は海を見て目を閉じて想像する。風が強い。城の上に立つと寒くない気温なのに涙が出てくる。風が冷たい。海沿いを歩いた。ゆっくり歩いた。こっちを見ている犬を避ける。向こうの半島へ架かる橋の袂まで来た。そして町へ戻る。

町の食堂で昼飯。食べ終わってテレビを見ているとチャイが出てきた。清算の時、当たり前のようにチャイ代は含まれていない。バスを待っているとオジサンたちに呼ばれチャイを御馳走になる。言葉が通じないけど同じテーブルに座らされる。カードゲームがテーブルで行われている。そしてチャイを啜る。

田舎町はいいなあ。何もないけどそれがいいなあ。風は冷たいけど空気は暖かく、遠いところに来たことを実感するのだ。そしてケシャンへ戻る。ひっそりと、アイネイアスの後を辿る旅を始めた。

一路ソフィアへ向かうのだが深夜バスに乗るエデルネでトラブル。ケシャンからのバスはエデルネの郊外で僕を下ろす。それもなぜかカプクレへ行けと言う。なぜ?英語が通じないが悪い人ではない。バスの同乗者のおじさんに連れられて着いたのはサービスエリア。17時過ぎに到着。バスのエデルネ出発は23:45。食堂しかないSA。それもここはバスの停留所の印もない。僕の乗るバスはここには寄らないから道路に出て止めろと言われる。どれが僕がチケットを交わされたバスかわかるはずもなく。それでも深夜暗い道路脇でバスを待つしかない。乗用車はわかるがバスとトラックの区別さえつかない。間違えて違うバスを止めて舌打ちされる。切符を買ったMetro社のバスが来るも、行き先が違った。トイレにも行けず、待つこと45分。やっとバスが来た。体は冷え切っている。でも乗れただけ良かったと思うしかない。マイナールートを通ると得てしてこういうことが起こる。

僅かな明かりしかない深夜の道端で国境を超える大型バスを止めた僕。エネズはもとより、エデルネ・ケシャン・カプクレという街を知っている旅人は1000人に1人もいないだろう。そりゃそうだ、チャリで旅してなければ止まるところではない。
エネズでほぼ何も見れず、降りかかってきた困難。アイネイアスの船出とはくらべものにはならないんだけれど、これはこれで忘れられない出発だった。

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