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UPの感想


前回、あまりにも『UP』の感想がテキトー過ぎたので、ちょっとこちらで書き直したい。ついでに出版社PR誌のことも少し書いておきたい。


前回書いた通り、私は東京大学出版会のPR誌『UP(ユーピー)』を愛読している。私の読書力では難しい内容の論文もあるので、毎回全部読んでいるわけではないのだがそんなことは気にしない。


2022年10月発行のものが記念すべき通巻600号であった。600号を見られるなんてラッキーと思いつつ、500号はいつだったのかと東京大学図書館のOPACで調べてみた。

おそらく第43巻6号が通巻500号だったのではないかしら。(合冊製本されているようでOPAC上の情報に通巻表示がなかった。)発行年は2014年だ。その頃は『UP』のことは知らなかった。


この600号に「出版社PR誌は何処へ」というタイトルで東京大学出版会理事長の吉見氏が寄稿していたのだが、これがまたおもしろかった。


出版社PR誌の嚆矢が丸善の『学鐙』だという話にはじまり、その後の各出版社PR誌の創刊、『UP』600号分の記事の蓄積からの今後のデジタル展開の展望について・・・


内容よりも、よく5ページに収まったなという感想が真っ先に出るくらい吉見氏の熱量を感じた。論文というよりマシンガントーク。読んでいても、「ちょちょ、ちょっとすみません、そこもう少しゆっくり」「ちょ、一回戻っていいですか?」となる。


熱の籠った文章を読むと、「たしかに」とうなずくことばかり書かれていた。吉見氏の言う通り、このようなPR誌は掲載論文がどんなに素晴らしいものでも、一瞬で埋もれていく。現代においてwebにupしないものは発見されないと思った方がいい。

『UP』に関する情報はweb上では非常に限られたものしか見つからない。基本は東京大学出版会のHPにある情報だが、これは目次情報しかない上にチマチマ1号ずつ確認しなくてはいけないのでストレスが高い。あとはCiNiiとかのデータベースだがこれも連載名や著者名がわかっている場合しか使えないし、結局はどこかの図書館へ現物を見に行くか複写物を取り寄せるしかない。

そもそも検索という行為がPR誌には馴染まない。こういう冊子の良さとして、パラパラと見ておもしろそうなものを読むという行為がある。セレンディピティというのか。あらかじめわかっているものを検索して読む行為とは決定的に違う。

これに関して冊子は電子の追随を許さないだろう。私がいまいち電子派になりきれないのもこの部分が大きい。そもそも、著者名とか連載名とかちゃんと覚えてなんていられない。そして、データベースは一字違えば検索できないことが多い。

人気連載であろう「注文の多い雑文」もCiNiiではこのキーワードだと第2回から第16回までしかヒットしない。「注文(ちゅうぶん)の多い雑文」と括弧つきでヨミを付加したタイトルで検索しないと全部出ない。ちなみに第1回はどちらにしろ出ない。恐らく違うタイトルなのだろう。


思い出した!『UP』の連載のうち、「学術出版」と「すずしろ日記」と表紙裏の「学問の図像とかたち」、この3タイトルだけ、CiNiiでもNDLサーチでもヒットしない。恐らく雑誌記事索引の収録対象でないということなのだろうが、これはよくない。タイトルがついているものは全て収録してほしい。ちなみに「学術出版」は『UP』の編集者が学術出版業界についてリアルタイムのトピックを書いている連載で、貴重な情報源となっている。


あぁ!どんどん思い出してきた!出版社じゃなくて機関誌だけど、国立民族学博物館が発行している『月刊みんぱく』の巻末に「ことばの迷い道」という連載(?)がある。これは毎号、様々な言語学者が入れ代わり立ち代わり書くコラムなのだが、これもCiNiiでもNDLサーチでもヒットしない。どうなっているんだ!しかもこの連載(?)、第〇回みたいな回数表示がないので、いつからやっているのかわからない。いつからやっているのかわからないのでこれが連載なのかも実際はわからない。でも毎号載っている。そうそうたる言語学者たちが書いているのよ。すごいの。


話を戻して、出版社PR誌に書かれる記事の内、研究者が書いた連載は書籍化もされるが、この600号記念の寄稿のようにその場限りのものは、このままではもう日の目を見ることはない。もったいなさすぎる。編集者が書く「学術出版」も失われる。個人的には編集後記や業務日誌的なものも失われてほしくない。こういうところにしか出てこない知見がある。すべて記録を残してほしい。

吉見氏はデジタル展開についていくつかの提案を書いている。そうだね、やったほうがいいねと思えるような妥当な提案なのだが、読み進めるうちに、

―(略)―アマゾンのコメント欄には、読者が本の内容を理解しないまま、一方的に自分の考えで本の価値を断定する例が散見されます。読者が本を読み込むスピードは、ネット社会のスピードに追いつきません。その結果、多くの日本人が情報処理的な「読書」を重ね、本を真に読む力を失いました。

-(略)―つまり、PR誌という場を実験台にして、「作者→読者」という一方向性だけでなく、「作者⇔良質の読者」の双方向的な媒介性から新しい本が次々に生まれていく回路を構築すべきなのです。


なるほど、うまくいかなそうだな。


うまくいかなそうだなって思っちゃった。だってすごい閉鎖的な雰囲気がするんだもん。旧来の選ばれし知識人だけが集うサロン的なものをwebで展開しようとするのならやめたほうがいい。Webって真逆なものだから。


いや、これは私の考えが悪いか。Webでバズりたいわけではないのなら別に閉鎖的でいいのか。PRを誰に向かって、なんの目的で、最終的にどういう認知具合を目指すのかということだ。

大学図書館で働く身としても学術の世界(特に学会)は排他的だなと感じる。排他的であることを非難したいわけではない。集団として一定の安全を確保するために有効である部分もある。(もちろん負の部分も多いとも思う。)

Webでそれを再現するのも、意識してそうするというのならうまくいくだろう。今後どのような展開をしていくか楽しみにしている。



・・・なんてダラダラ書いているうちに月日は流れ、先日12月号(通巻602号)が発行された。

なんと!一年間分の総目次が掲載されているではないか!!

これだよ!!!!!

とりあえずこれをHPに掲載してくれ!
テキストでダウンロードできればなおよし!

デジタル展開っていろいろ考えること自体が楽しいだろうし、
いざ実行しようとするこコンテンツ作りが大変なんだろうけど、

とりあえずは、こういうのでいいです。

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