小池とんぼ/文筆家

現実と想像。両方の世界を愛する文筆家です。ときどき、言葉たちと空想の旅にでかけます。フ…

小池とんぼ/文筆家

現実と想像。両方の世界を愛する文筆家です。ときどき、言葉たちと空想の旅にでかけます。フォローされると飛んで喜びます。

最近の記事

今日も、夢の中へ

こんな経験はないだろうか。 目的地に向かって歩こうとしているのに、足が思うように動かない。約束の時間に間に合おうと焦って足を必死に動かそうとするのに、それでも動かない。自分の足なのに、自分の足ではない感覚。目的の場所は目の前に見えているのに、たどり着けない焦燥感。 そこで目が覚める。夢だったのか。よかった、と安心する。 きっとこんな夢も見たことがあるだろう。 どこか懐かしい景色が広がっている。何か切ないその場所に自分は立っている。あてもなく歩く。普段から気になっていた

    • 【書評】「虐殺器官」 伊藤 計劃

      物語の面白さはもちろんのこと、作者である伊藤 計劃が本作を病床で書きあげたのち夭折したこと、2007年に書かれた近未来SF小説でありながら、当時にとっては近未来といってよい2020年代の現代世界における重要な問題を反映している予言的な要素もあり、伝説的なSF小説としても語られる本作。ようやく読む機会があったので書評を残したい。 世界各国で次々と起こる紛争と悲惨な虐殺。もともと平和を保っていたずのない地域でもなぜか惨劇が起こってしまう。そしてそれらの紛争を背後で操る謎の男ジョ

      • 【書評】平野啓一郎「本心」

        静かに、しかし消えることのない確かな余韻を残す小説である。愛する人を亡くした経験のある人には、この物語があなたの心に寄り添ってくれるだろう。 亡くなった最愛の母親をアバターで再現するという近未来SFの形をとりながら、人の心の奥深さを描き出す。 とにかく、人の心の繊細な動きの描写が見事である。例えば、相手に寄せる淡い想いは「好き」という言葉で描いたとたんに陳腐に感じられてしまう。人の感情というのは波のようもので、それを型にはめて固定化しようとすると、すぐに形が崩れてしまう。

        • 【書評】空白を満たしなさい

          平野啓一郎の『空白を満たしなさい』を読んだ。 世界各地で、死んだはずの人々が蘇る不思議な現象が起こる。三年前に会社の屋上から転落し自殺したとされる男、徹生もまた蘇る。妻と赤ん坊を持ち、仕事にもやりがいを感じていた徹生は、自分が自殺するはずがないと信じ、自分の死の原因を究明し始める。そして衝撃的な事実に直面する・・・。 この物語は、死者が生き返るというSFミステリー的な設定を持つが、その本質は生と死の意味を追求することにある。また、家族愛も重要なテーマである。自分が先立たな

        今日も、夢の中へ

          紛争と日常: 我々ができること

          ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの戦争。これらの連日の報道に、多くの人々は無力さを感じていることだろう。国家の存亡や自分たちの生存をかけて戦う人々の大きなうねり。その中で起こる人道的な悲劇に対して、我々は圧倒的に無力であると感じるかもしれない。 こんなとき、我々はどのような態度をとるべきなのか。 こんな話がある。 我々が戦争の報道に心を痛めるのは、ミサイルで死んだ少年がもし自分の子供だったら、と想像するからだ。自分や愛する人たちをその状況に置き換えて考えると、

          紛争と日常: 我々ができること

          ジャニーズファンは神様です

          ジャニーズ性加害は共犯事件である。ジャニーズ事務所、テレビ局、広告主、そしてファンによる共犯だ。 人気タレントを起用するとファンが番組を見てテレビの視聴率が上がり、企業が広告を出す。広告にジャニーズタレントを使えば自分の好きなタレントを応援するためその会社の製品をファンが箱買いしてくれる。 簡単な構図だ。そして今、社会では旧ジャニーズ事務所、メディア、広告主が批判にされされている一方で、ファンの問題については全くと言っていいほど触れられていない。 ここに一番の恐ろしさを

          ジャニーズファンは神様です

          【短編小説】感情カクテル~ 満たされない男編

           そのバーの名は「エモーション」。賑やかな繁華街に建つ、さして特徴もない雑居ビルを地下一階に下りたところにある。10席くらいのカウンターと小さなテーブルを並べた、こじんまりしたバーだ。こうした店に多くの人が持つであろうイメージ通りの黒いベストに蝶ネクタイを締めたマスターが、若干薄くなった白髪交じりの髪をオールバックに決めて、今夜もカクテルシェイカーを振る。  見るからに普通のバーである。違うのはカクテルだ。この店では、お酒ではなく、感情をシェイクする。今宵も、お好みの感情に

          【短編小説】感情カクテル~ 満たされない男編

          感情カクテル ~失望した夜に(短編小説)

           そのバーの名は「エモーション」。賑やかな夜の街に建つ、どこにでもありそうな雑居ビルを地下一階に下りたところにある。10席くらいのカウンターと小さなテーブルを並べた、こじんまりしたバーだ。こうした店に多くの人が持つであろう期待を裏切らない、黒いベストに蝶ネクタイを締めたマスターが、若干薄くなった白髪交じりの髪をオールバックに決めて、今夜もカクテルシェイカーを振る。  見るからに普通のバーである。違うのはカクテルだ。この店では、お酒ではなく、感情をシェイクする。今宵も、お好み

          感情カクテル ~失望した夜に(短編小説)

          感情カクテル ~うんざりしたときは(短編小説)

           そのバーの名は「エモーション」。賑やかな夜の街に建つ、どこにでもありそうな無個性の雑居ビル。そこを地下一階に下りたところにある、10席くらいのカウンターと小さなテーブルを並べた、こじんまりとした店だ。こうした店に多くの人が持つであろう期待を裏切らない、黒いベストに蝶ネクタイを締めたマスターが、若干薄くなった白髪交じりの髪をオールバックに決めてカクテルシェイカーを振る。  見るからに普通のバーである。違うのはカクテルだ。この店では、お酒ではなく、感情をシェイクする。今宵も、

          感情カクテル ~うんざりしたときは(短編小説)

          【短編小説】感情コレクション

           その不思議な男に出会ったのは、仕事帰りにふと立ち寄ったバーだった。その男は先客として、カウンターで一人で飲んでいた。歳は自分と同じくらい。三十半ばだろうか。人懐っこそうな表情に、オーダーメイドであろう高級なストライプスーツを身に着けている。黒い皮張りの大きなアタッシュケースを足元に置き、カクテルのグラスを傾けていた。  バーの客はその男と自分だけ。どちらともなく、会話が始まる。いまどき珍しいその大きなアタッシュケースに興味を魅かれ、 「仕事は何をされているんですか?」

          【短編小説】感情コレクション

          必死な男たちの季節(ショートショート)

           この季節がやってきた。夏も終わり、涼しく気持ちの良い気候につられて、大勢の若い男たちが街に繰り出し、ナンパに精を出す。  どの男も必死だ。女の子の気を引くために、めいめい工夫を凝らしている。ある者は黒いスーツでビシッと全身を固め、朗々とよく響く声で女の子に男らしさをアピールする。別の者は秋らしいブラウンのロングコートをまとい、艶のある甘い声で自分の優しさを訴える。あちらの男は派手な緑のジャケットでしゃれこんで、さわやかな口調で女の子に語りかける。  頑張る男たちをしり目

          必死な男たちの季節(ショートショート)

          プロジェクトX、B社の場合(ショートショート

          社運をかけたプロジェクトX、B社の場合 社長 「おい、例のプロジェクトの状況はどうだ?」 常務 「そうですね、部長に確認しておきます」 常務 「おい、社長が進捗を心配しているぞ」 部長 「そうですね、課長に伝えておきます」 部長 「おい、常務が進み具合を気にしているぞ」 課長 「そうですね、係長に言っておきます」 課長 「おい、一週間以内に完成できるか?部長にせっつかれてさ」 係長 「そうですね、担当者に言っときますね」 係長 「おい、あのアプリ、どんな感じ?課長が

          プロジェクトX、B社の場合(ショートショート

          プロジェクトX、A社の場合(ショートショート

          社運をかけたプロジェクトXについて、A社での会話 社長 「おい、例のプロジェクトの状況はどうだ?」 常務 「はい!直ちに進捗状況を確認します」 常務 「おい、プロジェクトは進んでいるか?」 部長 「はい!部署の総力をあげて取り組んでいます」 部長 「おい、あのプロジェクトを早く完了させろ」 課長 「はい!総力を挙げて取り組んでいるところです」 課長 「おい、早急に開発を完了させるんだ」 係長 「はい!チーム一丸となってやり遂げます」 係長 「おい、あのアプリ、一週間

          プロジェクトX、A社の場合(ショートショート

          【短編ホラー小説】左手

          ある、郊外の住宅地。なだらかなカーブの道端で、二人の中年女性たちが神妙な面持ちで話している。 「昨日、ここで自動車事故があったらしいね」 「そう、車がガードレールに衝突して、運転していた男の人が亡くなったそうよ。可哀想に」 ***** その事故の三か月前。 田辺はいつものように、愛車のマセラティを駆って街中をドライブしていた。歩行者たちが羨望のまなざしを向けているのが分かる。4600ccのエンジンをふかしてやれば、大体の車はビビッて道を譲る。この優越感が田辺の何よりの楽し

          【短編ホラー小説】左手

          【短編小説】ドクダミの家

          「日本全国に空き家は846万戸あり、その数は増えている。空き家はやがて老朽化し、廃屋となる」 驚いたな。空き家ってそんなにあるのか。スマホの検索画面を閉じる。さて、どうレポートをまとめようか。目をつぶって考える。 「現代社会の住宅課題」という大学のレポート課題に、僕が選んだテーマは「空き家問題」。自宅周辺でも、空き家が増えているような気がしていたからだ。現地を調査することがレポートの条件で、「工学は理論と実務の結晶だ」が口癖のあの教授らしい。 我ながらいいテーマを見つけ

          【短編小説】ドクダミの家