プールとパン(創作)

 ぼくはプールで彼女と一緒にご飯を食べることを夢見ていた。四時間目の授業の間はそのことを主に考えていた。夏の強すぎる日差しが、窓際に座るぼくのその考えの爽やかさを増した。自分に青春みたいなものは縁があってはならないと考えているからか、空想でさえめまいがしそうだった。しかもその空想のせいで、苦手な数学の授業の理解は、高二にして、少なくともすでに一時間分遅れたことになる。
 妄想のなかでぼくは、購買で買ったメロンパンを食べていた。メロンパンの食感は嫌いだったはずだけど、もそもそしていても気にならなかった。彼女は、紙パックの甘いミルクコーヒーを飲んでいた。水飲み場のふちに腰かけて、足を揺らしている彼女は、太陽の光を受けて輝いていると思った。
 授業が終わって昼休みになって、現実ではぼくは、空想と比べると薄暗い教室の中で、友人とサンドイッチを食べていた。彼女は何人かのグループで学食に行ったようだった。
「昨日のあれ、どうだった?」
友人が言う。
「なにもないよ。だいたい、道端に落ちてるおみくじとか、効果あっても困るだろ」
「たしかに。けど凶だっけ?持ってんなあ」
「持ってないよ。ていうか、あの散らばり具合は気味悪かったよな。写真撮ったもん」
昨日の帰り道、友人と歩いているうちに、ぼくたちは道に大量に捨てられたおみくじを発見した。こういうものは処分するときの手順があるのではないかとか、いったいどこのおみくじなのかとか(名前が書いていなかった)、さまざまな疑問がわいてきたが、結局、夕焼けに染まるおみくじのあやしげな魅力には勝てず、ひとつずつ手にとった。髪の毛でもまとわりついていそうな気味の悪さにもかかわらず、なぜか捨てる気になれなくて、いまは勉強机の引き出しに入ったままだ。
 友人が手に取ったおみくじは大吉、ぼくのは凶だった。けれどその書かれ方がすこし変で、大吉と凶の文字は印刷だったが、大吉の下に毛筆で「夢が叶う」、凶の下にも同じく毛筆で「夢が叶う」と、大きく書かれてあった。
「ふたりとも夢が叶うんならよかったよな」
「大吉だからってのんきだな。凶で夢が叶うってなんだよ」
「叶うとまずい夢なんだろ」
 そう言って友人は笑った。

 翌日の昼ご飯は、友人とプールサイドで食べた。プールの鍵は案外簡単に借りられた。
 じっさいに水道のふちに腰を下ろしてみると、そこには日よけがなくて、直接浴びる太陽の光が眩しくて暑かった。買ってきたレモンティーもすぐぬるくなってしまいそうだった。
「一昨日のおみくじだけどさ」友人は口を開いた。「まだ持ってる?」
「まあ一応。なんで?」
「おまえは捨てたほうがいいかも」
「急だな」
「昨日帰るときにおまえと別れてから古本屋行ったら、ずっと探してた本がたまたま見つかってさ。おみくじ効果じゃん!と思って。マジなやつかもよ」
「偶然だろ」
 それ以外にもいろいろあったんだよ、と言って、友人はぼくに昨日起こった出来事を語った。たとえば普段買い食いしているスーパーで、いつもなら売り切れているチョココロネを残りひとつで手に入れることができたり、気が向いて初めて買ったブラックコーヒーが美味しかったり、そのときの支払いが財布にはいっていた残金とぴったり同じだったり、ということを延々と語っていた。
「そういう細かいことが昨日の帰り道で続いて嬉しかったんだよ。まあちょっと怖いけどさ。凶で願いが叶ったらやばそうじゃん」
 ぼくは友人が嬉しかったことと願いが叶うこととは別の話なんじゃないかと思った。けれど、嬉しくなることが彼の願いだったとしたら、これは願いが叶ったことになる。
 すると、友人の言葉を信じるなら、ぼくの叶うとまずい夢というのはいったいなんだろう。彼女とご飯を食べるのは叶うと嬉しいから、まずあのおみくじの効果で叶うことはないだろうな、と考えて、購買で買ったチョコチップメロンパンをかじった。

(ミズウミ)

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