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「社畜」であり続けられる人は幸せであろう

本記事は、本日読んだとある記事を踏まえた呟きをとりあえず吐き出してみたものです。ろくな結論はありません。

社畜に甘んじたくなければGWに浮かれて遊びに行っている場合じゃないだろ!

という、主張。

元記事のURLを張り付けてもいいのだけれど、批判や否定、果ては攻撃などと万が一にも受け取られるのは本意ではないので、ここではChatGPTに作ってもらった要約を張り付けるにとどめておきます。

文章は、ゴールデンウィーク(GW)の連休を利用して大型休暇を楽しむ一般的なサラリーマンの態度を批判的に考察しています。連休中に無意識的にお金を使い、混雑に巻き込まれる行動が、なぜ喜ばれるのか疑問を投げかけています。著者は、連休を楽しみにしているだけでは、日常の不満足な労働環境から逃れることはできないと主張し、平日の生活も楽しむためには、古い生活サイクルや価値観を破壊し、新たなマインドセットを構築する必要があると提案しています。

論点:連休の意義と楽しみ方: 連休をただの現実逃避としてではなく、生活の質を向上させる機会としてどう捉えるべきか。
働き方の現状と問題点: 日常が耐えがたい労働となっている現状に対し、どのように改善策を講じるべきか。
価値観の転換の必要性: 長期休暇を待ち望む文化から、日々の生活を充実させる文化へのシフトが必要である点。


これらの論点を踏まえて、個々人が自らの生活と働き方を見直し、より良い生活の質を追求するための具体的なステップを考えることが重要であると言えます。

間違いなく正論だとは思いますよ。だいぶん意識の高い正論だ。

が、これによって何となくモヤモヤしてしまう自分がいます。

休日に浮かれることも許されない「非社畜」は、本当に「社畜」より幸せな人生を送れているんだろうか?

「会社員」以外も似たようなもの

結局、社畜生活が悪くないから社畜しているのでは

自分の境遇を顧みて言わせてもらうなら、社畜を続けられるなら続けられるで充分幸せですよ。レールがあって、管理システムからの指示通りに動いていれば必ず安全に駅に辿りつけることの有難味。これは圧倒的だ。

つまるところ、社畜大いに結構じゃないの

それで人生全うできるなら、そうすればいいと思いますよ。私などはいろいろあって脱線してしまったので、GW関係なくなってしまいましたから、いろいろ必死ですが、これは過去の行きがかり上そうなっただけ。

社畜になれた人は存分にその境遇を満喫すればいいんじゃないですかね。

たしかに飼い主が先に死んでしまうこともあります。まあそういう事態になったら大変だとは思います。しかし、世の中、譲渡会的なシステムあるから。大変は大変だろうけど、少なくとも社畜歴のない人よりは大丈夫ですから。

とりあえず、自分が天才でも秀才でもない皆さんは誇りをもって社畜人生を全うしてほしい。若い人はとりあえず社畜を目指すのが最適現実解。これは皮肉でも嫌味でもなく、心底そう思います。

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