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消えたラッキー 2 事件発生

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2 事件発生
 
 ぼくたちのマンションは、騒がしくほこりっぽい交差点に面している。すぐわきを、地上を走る地下鉄が横切り、それを支える大きな金属性の支柱が根をおろしている。真っ青な色の車両が耳をつんざく大きな音をたてて通り過ぎ、壁のむこうの駅に消えていく。それをみていると、まるで自分が地下鉄にのってわくわくするような土地へ旅に出て行くような錯覚におちいる。
 旅。みしらぬ人との出会い。そしてなにかすばらしい事が。でも出発前に少しためらうのだ。ぼくは、ちっちゃい店で働くマコトおじさんにあいさつするために少しその時間をのばすことにする。
 マコトおじさんは、いつも上機嫌だ。格子模様の帽子をかぶり、善良なまんまるした顔には、大きな口ひげをはやしている。
「やあ坊主」と、彼は言った。
「うまくいっているかい?」
「ああ、マコトおじさん」
「ママは元気かい?」
「もちろんさ」
 じっさい、マコトおじさんは友達だ。昼食に招待したり、年賀状を送ったりするような友達のひとりではないけども友達であることに間違いはない。パパが遠くはなれて働きはじめたときも、マコトおじさんは、学校の帰りにぼくの好きな雑誌をいくらでも立ち読みさせてくれた。ママやマユが家に戻るまでの間、家でひとりぼっちで待っているのがちっとも面白くないと知っていたんだ。
 コンビニとはちょっと違う。それに、コンビニと違って、マコトおじさんのちっちゃな店にはラッキーをいれても怒られない。
「ところでマサ、ラッキーといっしょに今日はどこへ行こうっていうんだい?」
 ぼくは大笑いして、テレビのドラマの中で答えるように応じた。
「オレのまえに道はない。オレのあとに道ができる!」
 マコトおじさんも笑った。ぼくは成人向け雑誌のほうをちらりと盗みみた。一冊が半開きになっていた。マコトおじさんはさっさとその雑誌を閉じてしまった。
「これは、おまえの年齢むきじゃないな」
「もうすぐ十歳になるんだよ」
「十八まで待ちな」
 そのとき、一人の客がちかづいてきて言った。
「フライデーをもらえるかな」
 あまりみかけない黒色のコートをはおり、白いワイシャツに青いネクタイ。パパのようないわゆるサラリーマンという人とはちがう。右の耳からあごにかけておおきなあざがちらりとみえた
 マコトおじさんがその客の方をむいている間に、ぼくとラッキーはその客の横をすりぬけながら叫んだ。
「じゃあね、マコトおじさん」
 ぼくは、大通りからいくつか細い道をたどってラッキーといつもの公園にたどりついた。
 ぼくは、だきかかえていたラッキーを下におろして、ひもをつかんでラッキーの好きなようにあるかせた。いつもは、マユとひものとりあいになる。ぼくがひもをにぎる順番のときも、マユは、歩かせ方が悪いだの、いろいろ文句をいうのでおちつかない。今朝はラッキーをひとりじめだ。自分のペースでゆっくりとすごせる。
 ぼくがクヌギの木陰にあるひとつのベンチのそばにきたときだ。
 リーン!リーン!リーン!ぼくはポケットの携帯電話をあわててさがした。リーン!
「やれやれ。そう早くでたとはいえないわね」
と、ママは携帯のむこうでいった。(調子の悪い日のくすんだ声だ)
「マサ、遅いわよ。少し心配したわ」
と電話のむこうでため息がきこえた。ぼくはたずねた。
「調子はどう?」
「まあまあね」
 ぼくには、ママが肩をおとしている姿がみえた。ママはぶつぶつと言った。
「聞いてよ、マサ。遅れている書類があるの。・・・たぶん昼ごはんまでには帰れないわ」
 ぼくは答えた。
「じゃあ、ぼく、マコトおじさんの店かコンビニでパンを買ってマユといっしょにたべるよ」
 こんなことが四回に二回はあるんだ。でも、ママは今回がはじめてのことのように、
「あなたは親孝行ね」と言った。
「どういたしまして」
 ぼくは、ママが微笑んでいるのを感じた。
「お金は貝の箱の中よ」
「わかってる。・・・他になにか買っていい?」
 ママがまたため息をついた。
「いいわよ。好きなのを買って」
 明らかにママは元気がない。ぼくはママをなぐさめようと努めた。
「買いすぎないようにするよ」
 別れの挨拶をしてぼくは電話をきった。
突然ぼくはラッキーのことを思い出した。あわててあたりをみまわす。ラッキーは、ぼくの足元でしっぽをふっていた。ぼくは一瞬心をよぎった不安をけとばすようにさけんだ。
「さあ、ラッキー、家にもどろう」
 
 ウオー、ウオー、ウオー。巨大な動物が、赤い目をぼくの方にむけて大きな口をあける。逃げようとしてぼくは後ろに飛び跳ねる。
そこで昼寝から目がさめた。
 コンビニで買ってきたおにぎりとジュースと、マユのつくった野菜いためと目玉焼き(マユときたら、まだ小学生五年生なのに、ママ以上に栄養のバランスとかなんとか、うるさい)を食べたあと、ラッキーとベッドで寝てしまったようだ。
 ベッドの上のくしゃくしゃのシーツの上で、子犬が首をかしげてぼくの方をみやっていた。
 誰も聞いていないので、ぼくは子犬に小さな声でささやいてみた。
「かわいい」
 ぼくは胸に子犬をだきよせゆすった。
 マユがそのとき、急に部屋の中にはいってきた。
「ノックぐらいしろよ」
 マユはカーペットの隅を指差していった。
「ラッキー、カーペットの上におもらししてるじゃないの」
 ぼくは真っ青になって言葉がでなかった。ママに怒られる。
「いっておくけど、子犬は時々外にだした方がいいわよ。公園につれていこうか」
「もう、朝、つれてったよ」
「わたしもラッキーと散歩したいの。これからいっしょにいこう」
 ぼくはベッドからとびおきた。
「ぼくは何度いってもかまわないけど」
「カーペットはわたしがふいておくから心配しないで」
 マユはえらそうにぼくにいった。最近、とくにマユはママのような言い方をする。
 今日はすばらしい天気だ。陽射しはやわらかく、ビルの上で、青いトーチのように輝いていた。ぼくとマユは子犬を小脇にかかえて通りを横切った。なにか、朝とはちがう街みたいな気がした。
 ぼくとマユは交代でひもをにぎることにした。とりあいのけんかにならないようにとマユが考えたすばらしい方法だ。
最初はマユ。しばらくまって今度はぼくの番。ぼくは、歩くペースをラッキーにあわせるので、どうしても遅れてしまう。少しマユから遅れて公園を歩いていると、マコトおじさんに出会った。
「また散歩かい?」
「うん」
 ひとしきり、ラッキーがマコトおじさんにじゃれついたあと、ぼくが行こうとすると、マコトおじさんがさえぎった。
「ちょっとまてよ、マサ」
「なんだい、マコトおじさん」
 いそいでいるんだ。「遅い!」とマユがおこりだすだろう。
 ジムおじさんもっていた紙切れを、ぼくの鼻先につきつけた。
「みなよ」
 ぼくは目を丸くした。
「ここだ。新聞の地方版にあるこの小さな記事をみてごらん」
「まだ新聞はぼくには無理だよ」
 マコトおじさんは、声にだしてその記事をよんでくれた。
『・・・久屋公園で、最近、散歩中の犬たちが誘拐される事件が連続しておこっています・・・』
 ぼくはマコトおじさんの方をみた。
「どういう意味なの?」
「書いてあるとおりだ。気をつけたほうがいい」
「そんな心配ないよ」
 するとマコトおじさんの二つの目は、その丸っこい顔のなかで凍りついた。
「人の親切な忠告は真剣にきくものだ。もしおまえの子犬がいなくなっても泣き言をいうなよ」
「ぼくの子犬が?」
 ぼくはラッキーを強く抱きしめた。
「そんなことはおきないよ。子犬はぼくと一緒だ」
「他の犬もそうだったのさ。犬たちは飼い主といっしょだったんだ。それでもいなくなってしまったんだ。ほんのしばらく、茂みのむこうにいってみると、おや、犬がいなくなっている。この記事を読んで、びっくりしたおじさんは、そういう事件がおこらないか、みまわりをしているところさ」
 マコトおじさんはいらつかせる。そんなことが何回もおこるわけがない。それなのにぼくをおどすなんて。そんな不吉なことなんて聞きたくない。ぼくは歩き出しながら言った。
「ごめん、またあとで」
 そしてぼくはそこから走りさった。
 いそいでラッキーと公園にいくと、マユがベンチに腰掛けて待っていた。彼女は、クヌギの木の枝をとおしてさしこむ太陽の光にあたってとても輝いてみえた。ひとつのイメージのようだった。でも、一瞬でもそう思ったことをぼくはすぐ後悔した。
 近づいていくと、マユはあきらかに怒っていた。
「もうちょっと早くこれない?」
「ごめん。」
 ぼくは口ごもった。
「マコトおじさんが、子犬が誘拐されないように気をつけろって」
「いいわけはいいわ」
 おやおや。ご機嫌斜めのようだ。なんて彼女は口うるさいんだ。いつもそうだ。こんな娘がなんでぼくの姉なんだろう?でも嫌いというほどではないのも不思議なことだ。
『人の心は不可思議だ』
とパパはよく言ってたっけ。彼の口ぐせだった。ここ最近その口ぐせも聞いていないが。マユはぼくの腕に手をおいた。
「何を考えているの?」
 今度は彼女は笑っていた。するとぼくも彼女にいらついていたことを忘れてしまった。そして今度は二人で、公園の中を歩いた。
 ぼくはラッキーを肩にのせた。ラッキーは王様のようだった。そしてぼくも王様のように幸福だった。マコトおじさんはばかげたことをいうもんだ。子犬が盗まれるかもしれないなんて。
 やれるもんならやってみろ!

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