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消えたラッキー 3 右頬のあざの男

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3  右頬のあざの男
 
 公園は、街の中にあるにしてはけっこうな広さだった。小さなステージもあって、そこでは時々バンド演奏があったりする。街のお祭りがあったりするときなど、そこに静かな場所をみつけることはむずかしいほど人であふれかえる。
「すごくのどがかわいたわ。なにか飲みましょう」
とマユは言った。ぼくは白状した。
「お金がないんだ」
「わたしがもっている。おごるわよ」
「本当にマユはいい人だね」
 マユは笑った。
「うちらのお母さんも悪くないわよ。おこづかいくれたんだし」
 ぼくらは公園の奥にある、飲み物屋をめざして歩き出した。
 途中、ジャングルジムやブランコやシーソーや砂場を横ぎった。
「小さい頃はここが大好きだったけど」
 確かに、ある時期この公園はぼくにとって宝島のようだった。
 急にマユがぼくの腕をつかんだ。とてもその力が強かったので、ぼくはもう少しでラッキーを手放しそうになった。彼女はぼくの皮膚をつねくったのだった。
「マサ」
「何だよ、急に」
「うしろに変な男がいるわ」
 ぼくはうしろを振り返った。しかし、目をこらしても、人ごみの中にそんな変な奴はいなかった。両手を子供と手をつないでいる若いパパやママが何組か歩いている。白い帽子をかぶったおばあさんがハトにパンを与えている。ハトは彼女をとりかこんだあと、いっせいに頭をこえて飛び去っていく。このおばあさんが変だといえばへんだが、変な『男』ではない。ぼくはマユにたずねた。
「どんな男だったんだ?」
「変な男だったのよ。赤っぽい大きなあざが顔にあったわ」
 なにか恐怖にかられて、彼女の目は大きくなっていた。
「わたし、誰かにつけられているような気がしてふりかえったの」
 彼女は、そっと肩ごしに振り返った。そしてつぶやいた。
「いないわ」
 それから、ぼくとマユはしばらく、その頬に大きなあざのある男のことを忘れてしまった。ばたばたするハトの中をパンを投げながら歩いている、ハトおばさんのことを話題にして笑いあった。
 今度はゲートボールの遊び場のところにきた。年をとって退職したくらいの人たちが、金属の玉を棒でころがし、別のちいさな金属の玉にぶつけようとしていた。単なる遊びだと思うが、何十人ものひとが、まるで世界を賭けているみたいにしている。その中のひとりが、試合にあきたのか、ぼくらにむかって叫んだ。
「おーい、そこのガキ!足にあたってもしらんぞ」
「公園はみんなのものよ」
 マユは言いかえした。ぼくらは笑いながら遠ざかっていった。やぶの中に、飲み物屋の屋根がみえてきた。
「コーラがのみたい」とマユはいった。
「ラッキーにもやろう。きっとよろこぶよ。」
 マユはそのことばに笑わなかった。顔が青ざめていた。
「どうしたんだ」
「あそこ・・・。」
「何?」彼女は指を指した。
「みたのよ。そこに。あのやぶのうしろに」
 マユときたら!彼女には本当にサスペンスの才能がある。まちがいない。 
 ぼくはどなった。
「なんだい、なんだい。君がみたのは」
「あのいやらしい、大きなあざの男よ。バカ!」
 ばかものあつかいされるのがわからなかった。むしろ、だまされているんじゃないか?ぼくはマユの目を見ながらいった。
「夢でもみているんじゃないか?」
「何のこと?」
「大きなあざの男のことさ」マユは前もぼくをだましたことがあったじゃないか。しかし彼女は繰り返した。
「バカ!」
 彼女の目はおびえて、口はふるえていた。おやおや、泣いてしまいそうだ。やめてくれ。ついに彼女は怒鳴った。
「あなたなんか大きらい」彼女は走りさった。
「マユ!」 ぼくは追いかけた。腕のなかでラッキーがいやがった。
「マユ、待てよ」
 いったい彼女はどこへ行ったんだ?やぶのかげに彼女のTシャツがちらりと見え、そして突然消えた。そして恐怖におののく彼女の声をぼくは聞いた。
「マサ!」なにがおきたんだ?ぼくもどなった。
「マユ!」ぼくは急いだ。しかしなかなかそうはいかない。なぜなら、腕の中でラッキーがいやがり暴れるからだ。
「マサ!」彼女はそこだ。この木のうしろだ。ぼくはまわりこんだ。
『大きなあざの男だ!』
 奴はマユの腕をひっぱっていた。しかし、手を腹にあててうなっているようだった。彼女が男の腹にけりをいれたようだ。
「彼女を離すんだ!」
 ぼくは地面にラッキーをおくと、頭を低くして奴に突進していった。すぐに、男はマユの手を離し逃げ出した。
しばらく、ぼくらはぼうぜんとしていた。
「これでも幻だっていうの?」
 ぼくは赤くなってあやまろうとして口ごもった。マユは勝ち誇ったように言った。
「奴がつけているって言ったでしょう?きっとのぞき趣味なのよ」
「だけどたいした奴じゃない。奴はぼくをみるなり逃げ出した」
 ふたりは口を閉ざした。そのとき、ぼくは気づいた。ラッキー・・・ラッキーが消えた!ぼくは叫んだ。
「ラッキー!」
 右、左。ぼくはやぶの中をさがした。いたるところを。
「ラッキー!ラッキー!」
 マユも同じように探し回った。しかし、みつからない。ラッキーがいないのだ。
 突然、カメラのフラッシュのように新聞の記事が、ぼくの頭の中にきらめいた。
『・・・久屋公園で、最近、散歩中の犬たちが誘拐される事件が連続しておこっています・・・』
「盗まれた!」
「どういうこと?」
「まちがいない」
 ふるえる声で、ぼくは、マコトおじさんのこと、新聞の記事のことを説明した。
「マコトおじさんの話をちゃんときいてなかったばっかりに・・・。」
 沈黙。ぼくは木にもたれた。卒倒しそうだった。
「目をまわしちゃだめよ」
 マユは叫んだ。
「絶対さがしだすわ。約束する」
「でも・・・」
 ぼくはどうしていいかわからなかった。それは罪悪感と悲しみの入り混じった状態だった。ラッキー・・・かわいそうなラッキー・・・。彼を守ることができなかった。目と鼻の先で盗まれたのだ。
 ぼくはぼそぼそしゃべった。
「君をまもろうとするやいなや奴は逃げた。マユ。奴はそれが最初からねらいだったんだ」
「つまり」
「ぼくが、ラッキーを手離すことを狙って、君にとびかかったんだ」
 ぼくらは黙ったままおたがいの目をみやった。二人とも同じことを同時に考えついたのだった。それはこういうことだ。
『共犯者がいたんだ』マユは叫んだ。
「そうだわ。きっとそうよ」
ぼくは叫ばなかった。やっとの思いでしゃべった。
「大きなあざの男・・・奴はおとりだ。奴が君を襲っている間に、もう一人がラッキーを盗む。」
 こんにちはというのと同じくらい単純で、地球と同じくらい昔からある手口だ。ぼくらは罠にはまったのだ。
「ぼくらはばかだった」
「ばかはあなただけにしてよ」
とマユは答えたが、ぼくは聞いてなかった。ぼくの足はすごく震え、ぼくは木の根元に倒れこんだ。心臓が鳴っている。太鼓のように強く響く。ラッキー、ラッキー・・・。
 ぼくらのまわりには緑の木々が茂り、そのむこうには花がいっぱいだ。でも、ぼくにはそれらがすべて真っ黒に感じられた。
「あらあら、まさか泣くんじゃないでしょうね」
 彼女はそういいながら、ぼくの目の前に座った。
「行動しなくちゃだめよ。マサ」
「なにができるっていうのさ」
「さがすのよ」
 会話がかみあっていない。でも今は議論するには事態が重すぎる。尋問者のような目でおたがいみつめあった。マユは言った。
「警察にいくのよ」
「警察が何をしてくれるっていうんだ?」
 マユは、ぼくの頭が本当におかしくなってしまったのかというように空をあおいだ。
「これは奴の犯罪なのよ。きっと奴は警察に知られているわ。あの大きなあざの男は」
「そう。ぼくらはいつも希望をすてないさ」
「警察がきっとラッキーをみつけてくれるわよ」
 ぼくはげんなりして頭をふった。いらいらしていた。
「まだ登録もしてない子犬だよ。そのことを考えた?」
「ええ・・・」
 マユはだまったままだった。ぼくは、目をおとし手で無意識に地面の草をいじっていた。マユは、ぼくが抱いていたラッキーを最後に地面おいたあたりをみつめていた。
 そのとき、マユは突然叫びだし、ぼくはとびあがった。
「マサ。みて」
 ぼくの鼻の先に茶色い皮製のセカンドバッグがあった。
「これが地面に落ちていたの」
 ぼくの体は熱くなった。
「お手柄だ、マユ。あけてみて、早く」
 いそいでマユはセカンドバッグの中をあけた。ぼくは彼女の横に座った。彼女はミニスカートの上にバッグの中身をあけた。
「タバコとライター、お財布、それと・・・」
「名刺だ!」
 ぼくらは同時に叫んだ。ぼくはおもわず笑いそうになった。マユは冷静だった。
「このバッグがあのあざの男のものとはかぎらないわ。でも、マサ。これはいい兆候よ」
とマユは言った。マユは満足していた。
「これは私の手柄ね。わたしがけっとばして、奴がひっくりかえったときおとしたのよ」
 マユは名刺を読んだ。わからない文字があるようで、マユは、スマホでそれを検索した。そして心臓がとまりそうにな顔をした。
「どうかしたの?」
とぼくはたずねた。マユは尋問官のように眉をつりあげた。
「ここよ」と、マユは、名刺の上の文字を指差した。
「これはなあに?『実験動物卸』って?」
 人は言葉の意味を知らないほうが幸せなことがある。知らなければ、幸せなままだったろう、ことだってある。
 マユはぽつりといった。
「『じっけんどうぶつおろし』・・・薬の実験のために、研究所とか大学病院に、犬とかの動物を売る仕事だって。たぶん奴の職業」

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