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予防法務の限界 紛争対応と裁判所の利用

紛争はビジネスの中で日常的に発生しうる。企業内で問題が起きた場合のファーストコンタクト先となる法務部は、対応の最前線だ。そこで今回は、予防法務の限界と紛争対応について考えてみたい。

1.予防法務の限界

いうまでもなく予防法務では、いかに紛争にならないようにするか、裁判所に行かなくても済むようにするかが最優先事項の一つだ。法務部が日々、契約書のレビューを行い、その文言を磨き上げる目的の一つはそこにある。しかし当然ながら予防法務は万能ではない。契約をきちんと建て付けたところで、それがコントロールできるのは契約書の中の世界のことであり、実際のビジネスはその外の世界と接点を持ちながら発展していくからだ。具体的には以下のようなことが紛争の原因となりうる。
(1)突発事象発生
現在も継続中のコロナ禍や、地政学的な問題、例えば今般のロシアとウクライナの問題などは、契約の履行などビジネスに大きく影響を与える。もちろん予防法務段階で契約をどう建て付けるかはこの点との関係でも重要だが、かといってありうるリスク全てを想定して契約書を作成するなど不可能だ。コロナ禍で感染症に対応できるような不可抗力条項をどう建て付けるかなどが議論になったのは記憶に新しい。
(2) 契約文言の不備
ライセンス契約のライセンス範囲を定める条項の文言が良くみてみるとよくわからない、実はどこまで使用許諾されているのだろうかなど、特に事後の状況変化なども絡むと、後から疑問を生じることがありうる。これもありうる事態を全て想定して契約書を作成することが不可能であることや、場合によっては担当者の注意不足などによっても起こりうる。
(3)内部管理の不備
当然のことながら契約だけが契約の履行をコントロールするものではない。内部管理体制の不備で、ビジネスが暴走したり、違法行為又は内規違反が生じることもあるかもしれない。これらは契約では制御できず、内部管理体制によることになる。しかし、内部管理体制も同じく、ありうる事態を全て想定して策定できるものではなく、当然手続的にカバーされない部分が出てきうる。
(4)相手方の不当な対応
不当要求の類である。もっとも、完全な言いがかり事案を除いて、通常は相手方とてスムーズに契約を履行したい、ビジネスを遂行したいのだ。ただその期待値が高い場合は特に、上記(3)のような問題があると、相手方の過剰な反応が起こり、こうした不当要求の類につながる場合もありうる。

以上一例を挙げたが、いうまでもなく法務部は万能ではない。法務部に予防的にコントロールできる領域など一部に過ぎないことは常に認識しておくべきだ。

2.いつから紛争なのかー対応マインドセットの変更

単なる苦情と紛争と、どう切り分けたら良いのだろう。苦情であれば、丁寧なコミュニケーションを行うとともに、対応の改善を行い、事態の解決を導きうる。これに対し、どうやっても折り合わないことが明白な場合は、紛争に該当すると考えている。つまり相手方が弁護士を立てているかどうかにかかわらず、相手方の要求が一切変わらず、そしてこれに応諾することができない場合である。この段階で苦情からの対応マインドセットの変更が必要だ。この場合、さらに当事者間でクローズドなコミュニケーションを行うことは事態を泥沼化させ、さらに、そのようなコミュニケーションの中で不利な証拠を握られることにもつながりかねない。必要に応じて内容証明郵便の発送などを行い、立場を明確に表明し、互いに客観的な対応を行うことを促す必要がある。

特に、法令上、コンプライアンス上、相手方の要求を応諾できない場合というのが存在する。例えば、金商法上の損失補填の問題がある場合や、反社会的勢力などへの対応の場合、二重払いのリスクがある場合などである。不合理な裁判外での和解が、取締役の善管注意義務の問題を惹起する場合もあろう。こうした場合特に、それ以上のクローズドなコミュニケーションは避ける必要がある。一所懸命に事態を解決しようとする努力が、相手方に対しては「本件はオフィシャルにしませんから、内々で解決しましょう」というメッセージを意図せずして送ってしまうことになり、相手方が事態をよりオフィシャルでない方向にエスカレートさせ、好ましくない第三者を介入させてくるリスクもあるためだ。

3.紛争をどう解決するのか

紛争の解決方法としては、訴訟や紛争解決機関の利用が有効だ。そもそも2.で述べたような損失補填、反社や二重払いリスクについては判決等で権利を確定させた上で支払う必要があることはいうまでもない。確かに、上記1.で述べた通り、予防法務段階では、紛争にならないように、裁判所など利用しなくても済むように、契約書を作成するなど策を講じてきた。しかし、既に紛争に発展している今、時すでに遅しである。上記1.で述べる通り、予防法務の限界を超えて(そしてその多くの場合が、法務部に起因するものではないかもしれない)、今まさに紛争になっているのだ。ここで「紛争を回避しよう、裁判所に行かないようにしよう」などという予防法務の紋切り型メンタリティはもう機能しない。今まさに、「紛争を解決しよう、しなければならない」ということが問題になっているのだ。では紛争を解決するにはどうすべきなのか、何が効果的・効率的なのか、方法を選択する時が来ているのだ。思い出してもみよう、上記2.で述べた通り、当事者間では折り合わないからこそ、紛争なのだ。そこでは裁判所や紛争解決機関といった第三者を入れた客観的なシステムを利用することこそが、解決への糸口となる。

もちろん特に訴訟を提起されるのを待つのではなく、提起するのであれば、内規に従い取締役会の決議や関係部署の承認を経るなど手続が必要となる場合がある。ここではもちろん法務部の関与が重要となる。なぜ訴訟が必要なのか、事態の解決に効果的・効率的なのか、必要に応じて外部の意見も取得し、説明を行う必要があろう。

4.和解するのか
取締役の善管注意義務との関係では、経営判断として裁判所の和解勧試に応じるかどうかが問題となる場合がありうるだろう(島田邦夫ほか「取締役・取締役会の法律実務Q&A」166頁(商事法務、2017年))。しかし実際には、それ以前の段階で、例えば訴訟を提起された段階で、経営判断として本件は和解したいなどと考える場合もあるのではないだろうか。もちろん安易なレピュテーションリスク回避が先に立つようでは善管注意義務の観点では心もとない。ここでこそコストや、敗訴リスク、ビジネス上のインパクトなど、事案の深い理解に基づく総合的な判断が必要になり、法務部の関与が必要となるところである。もちろん法務部がこれまで地道に記録してきた事態の経緯に関する記録がここで大きな力を発揮する。

5.なぜこの問題が重要なのか

なぜこの問題が重要なのか、最後に記載しておきたい。紛争を裁判所や紛争解決機関を利用せず、当事者だけでなんとか堪えて対応する場合のことを考えてみよう。もちろん既に2.で記載した、善管注意義務の問題、コンプライアンス上のリスクが生じうることはいうまでもない。しかし、それ以上に、対応する従業員の負荷の問題があるのだ。最前線で対応し、収束しないことが身に染みてわかっている問題について、いつまでも対応を強いられ、形だけでも努力している姿を見せることを強いられるとしたら。そしてその役割が末端の法務部員に押し付けられてきたらどうか。この点、令和2年のいわゆる厚生労働省パワハラ指針「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上構ずべき措置等についての指針」において、カスタマーハラスメント事案において従業員1名での対応をさせないなどの配慮を求めている。カスタマーハラスメント事案には直接該当しなくとも、紛争対応一般においてこの趣旨は十分検討される必要があろう。


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