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オレンジジュースとカポエイラ

オレが期待してるのは薄っぺらい夢とか、壮大に見えるけどその実やっぱり展開が透けて見えるペーパーバックのストーリーなんかじゃない。そんなものの処分に困っているとしたらいいことを教えよう。パステルカラーのハトロン紙とレースのリボンで飾って、フリマアプリにでもだすと良い。そのうちどこかのバカが買ってくれるだろう。ただしメルカリはおすすめできない。あそこの連中は見境がないくせに強かだ。キミの手には負えないよ。
昭和から平成、令和と時間が流れても人間ってのは、やっぱり面倒な生き物なんじゃないかな。その証拠に情報が増えるのに比例してトラブルも増える一方。とまあ嘆くようなセリフの反面、個人的なメリットはある、特に金になるという点は否定しない。オレみたいな怠け者には嬉しい話。おかげさまでそこそこ結構な暮らしをさせていただいている。
今でこそ瀟洒な住宅街で通っているが、30数年前この一帯は猥雑な繁華街だったらしい。お決まりの危ないビジネス絡みの店も少なくなかったそうだ。その名残がオレのオフィスのあるこのビル。悪い気を呼び寄せるDNAなんてものがマチにもあるんだろうか。だとしたら病巣は完治されたとはいえないらしい。原因はお前だろっ、そういいたいのかな。いいよ言ってなよ、それが君の精神になにかいい影響を与えるなら、オレにとってもいい功徳という理屈だ。それにしてもどういう思考回路でそんな言葉が出てくるのかね。失礼な話じゃないか。
「いまからそっちへ行くけど、いるよね出かけないよね。よしわかったあと15分。待ってて」
相変わらずの一方的な連絡。
クライアントがやってきたのはかっきり1時間と30分後。なにがあと15分なんだろう。
「もうどうにかならないのこのオフィス。なんで5階建てでエレベーターがないの。よっぽどおカネに苦労してるか。商売上手な不動産屋にだまされたか」
ふうふう言いながら悪態をついてるこの女。安西瑛子が今回のクライアントだ。先程からのやり取りからわかるようにもちろん付き合いは長い。むしろ長すぎるぐらいだが。
「安西…でいいのかな。それとも別の名前があるならそっちでも」
「呼び方なんて気にするようになったの。大人になりましたね。ホントにボクちゃんのクセに少しは」
そうだこいつは昔からキレイな顔からは信じられないくらい性格に問題のある女だった。山手のお嬢様学校出身というカモフラに騙されてはいけない。その性悪ぶりは年齢を重ねて、さらに磨きがかかったみたいだ。この女なりにいろいろとつらいことがあったんだろう。思い切り冷たい視線を浴びせてやった。
「あらっ、私襲われちゃう。犯されるのこんなロマンのかけらもないような部屋で」
「やめなさいよ、おぼこいフリなんてあんたには似合わない。ついでに言っとくと、どんなに不自由しててもあんたに手を出さない自信だけはある。最後の理性とも言う」
「しっつれいな奴。アンタ、アンタって、私はなにかバクの仲間かなんかか。なぜ、この友情を壊したくないからとかいえないの。んなことだから女にモテないんだよ」
口が減らないってのはこういうシーンで使う言葉なんだろうな。ちなみにアンタっていうのはブラジル…だからポルトガル語か。とにかくあのあたりでのバクの呼び名だ。釣りのエッセイ等で有名な某大作家によると、オスのアンタはたいそうなモノ持ちでその長さは1mにもなるという。頭にそんな豆知識が浮かんだが、発言は控えておいた。自分から物事を面倒にする必要はない。気を取り直して俺は言った
「冗談はこれくらいにしとこう、要件は手短に頼むわ」
「そうそれなの。テレビなの。無くなったのテレビが」
なにが『そうそれなの』なんだろう。テレビが無くなった?
「ええっとなにかな。テレビって普通はそうカンタンになくなるものじゃないよな。酔っ払って壊しちまったとか。さもなけりゃ、そうだな飲みすぎて」
「だから盗まれたの。泥棒」
テレビ泥棒って今どき?イヤ30年前だってテレビを盗むやつなんていないだろう。テレビを盗むメリットがある時代と言ったら昭和も30年代、頑張って40年代前半までだろう。生まれてないから知らないけど。
いぶかしげなオレの表情に、満足したように安西は続けた。
「テレビ盗むか?って思った。思ったでしょ。そうなの盗まれたのはテレビだけど。困ってるのはそこじゃないの。複雑なんだけどそれがあんたにどうにかしてもらいたい一件」
回りくどい女だ。とはいっても滞っている家賃や協力者への謝礼などなど。ドラマや小説とは違って、なにかと経費というやつはかかってくる。気の進まない仕事もあるうちが花だ。ましてや比較的気軽に相手ができて、金払いのいいクライアントは大歓迎ということなんだろうな。へっまるで他人事だね。
「ええっと、オレはその盗まれたテレビを探せばいいのかな。それとも代わりのテレビを買うのに付き合ってほしいとか。8Kで75インチだと値が張りますぜマダム」
こういう的はずれなセリフが口をついて出るあたり、我ながらバカだと思う。安西の目に哀れみを示す色合いが濃くなった。
「テレビの購入については相談する相手が別にいます。あなたの手をわずらわせる必要はありません。お願いしたいのは無くなったテレビを探すことです」
口調が変わったね。明らかにオレのところに話を持ち込んだことを後悔している証拠だ。どうするオレ。このままだと想定していた収入の大幅ダウンは免れないぞ。とりあえずクライアントは大事にしないとな。
「ええっと、もしかしたら知らないのかもしれないんだが、オレはあんたの思っている以上に好奇心が旺盛なタイプだ。それにこれで記憶力もなかなかのもんだ」
何を言い出すんだろうこのバカって、そんな表情をするなよ。美人さん度が16%っくらいダウンしちゃうだろ。まあいい、オレは構わずに続けた。
「そのテレビっていうのはもしかして、いや多分あれなんだろ。そうだろ」

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