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Episode 22: ラオホビア〜火のないところにも…〜

新型コロナウイルス感染症に伴ういわゆる「巣ごもり需要」「ぼっちキャンプ」ブームの影響か、燻製キットが売れているらしい。

いいねぇ、燻製。「煙」の記憶は人類にとっての「火」の記憶なんだという話をどこかで聞いたことがある。「火」の発見によって、人類は暗い夜でも明かりを灯し、暖をとり、加熱調理する技術を手に入れた。その記憶があるから、人は燻製に惹かれるんだと。

いやぁ、それは流石に話が飛躍してんじゃないの?と思うんだが、今回はその燻製のような香りを持つビール、ラオホビアの話。燻製にした麦芽を原料として作られたドイツ発祥のビールである。上の論理からすれば、人はラオホビアに惹かれずにはいられないはずだ。

ラオホビアの「ラオホ(rauch)」とはドイツ語で「煙」の意味である。つまり、ラオホビアとは、いわゆる「スモークビール」を指す。これまたド直球なネーミング。

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では、なぜこのようなビールが作られるようになったのか、そのあたりから解き明かしてみよう。

麦芽のつくりかた

ラオホの話に入る前に、麦芽を作る話をしなければならない。ビールの主な原料は大麦であるが、そのままでは糖化し、アルコールを作るのが困難である。大麦に含まれるデンプン質を糖化しやすくするためには発芽させて、糖化に必要な酵素を活性化する必要がある。

発芽を促すためには、大麦を水に浸す。これを「浸麦(しんばく)」と呼ぶ。発芽した大麦をそのままにしておくと、どんどん芽が伸びてしまう上、保存にも向かない。そのため、浸麦の後、熱を加えて乾燥させることで、発芽を止め、保存性を高めることができるというわけである。

この処理を「焙燥(ばいそう)」と呼ぶ。このとき、加える熱の温度が高ければ、色の濃いロースト麦芽が出来上がるし、熱が70〜80度と比較的低ければ、色の淡いピルスナー麦芽のような麦芽が出来上がる。

昔は色の濃いビールばかりだったという話はこれまでも触れてきたが、要は昔は低温で焙燥する技術が確立していなかったからである。

古くから使われてきた焙燥技術は次のようなものである。まず、目の細かい網に発芽した大麦を広げ、かまどに入れて下から直火で炙る。このとき、網の下から伝わる熱で麦芽を乾燥させるわけである。

ところが、この網目からは熱だけではなくて煙も上がってくる。なんてったって、直火だから。このため、麦芽には多かれ少なかれ燻煙香がついたというわけである。事実、ヨーロッパなどで古くから作られているビアスタイルの中にはスモーク香が感じられるものが多い。

英国のポーターなども、かつては若干スモーキーだったと言われている。

19世紀に入り、熱風を与えることで比較的低温で焙燥する技術が確立され、これによりピルスナーのような黄金色のビールが作られるようになったというわけである。

バンベルク

というわけで、スモーク香のついた濃い色のビールは、古くはどこでも作られていたはずである。ところが、焙燥技術の進歩とともに、より麦芽そのものの持つパンやビスケット、カラメルのような香りや、ホップの香りを活かしたビールが作られるようになり、スモーキーなビールは徐々に姿を消していく。

そんな状況の中、あえてスモークした麦芽を用いて古き良きラオホビアを作り続けている街がある。ミュンヘンの北西200キロほどに位置するバイエルン州の街、バンベルクである。バンベルクは現在では麦芽製造の中心地でもある。

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バンベルクは第二次世界大戦でも奇跡的に戦火を逃れ、丘に広がる旧市街に広がる大聖堂をはじめとする建物群は、中世初期の美しい姿をほぼそのまま現代に伝えている。このことにより、1993年にはユネスコの世界遺産に登録されている。

かつて作られていたスモーキーなビールを現代にそのまま伝えているという意味ではビールにおいても世界遺産の街と呼ぶにふさわしいかも知れない。現在のビアスタイル・ガイドラインでも、ラオホビアは「バンベルクスタイル・ラオホビア」とその街の名を冠して呼ばれている。

現在でも、バンベルクには10ヶ所のビール醸造所が存在し、そのいくつかでは伝統的なラオホビアを作っている。中でも日本でも比較的入手しやすい代表的な銘柄としては、丘の旧市街に醸造所を構えるヘラー醸造所シュレンケルラ・ラオホビアであろう。

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バンベルクのラオホビアは、ブナの木の薪を使ってスモークされた麦芽を使用している。まるで「液体のベーコン」とでも形容されるような燻製香の高いビールとなっている。

さまざまなラオホ

一口にラオホビアと言っても、実はさまざまなバリエーションがある。上のシュレンケルラの場合、一番ポピュラーなものは、メルツェンをベースにしたものである。正式なビアスタイル名は「バンベルクスタイル・メルツェン・ラオホビール」という。穏やかなスモーク香と麦芽由来の甘みに特徴がある。

面白いのは、小麦を用いたヴァイツェンをベースにした「バンベルクスタイル・ヴァイス・ラオホビール」である。

ヴァイツェン酵母を用いることで、麦芽由来の燻煙香の他にバナナのようなエステル香や、クローヴに似たフェノーリックな香りが感じられる。フェノーリックな香りはほのかにスモーキーに感じられることもあるので、まさにこのスタイルにふさわしいとも言える。

現在のガイドラインではこれらの他、色の淡い「バンベルクスタイル・ヘレス・ラオホビール」、アルコール度数が高い「バンベルクスタイル・ボック・ラオホビール」が定義されている。

ベースが何だって構わない。スモークした麦芽さえ使えば、どんなラオホだって作れるわけだ。この懐の深さが、長い苦難の歴史を生き抜いてきた秘訣なのかも知れない。

その他のスモークビール

世界には、バンベルクスタイル以外のスモークビールも存在する。前述の通り、歴史的に古いビアスタイルの中にはスモーキーなものが多かったし、現代のクラフトブルワリーの中にもユニークなスモークビールを作っているところが数多く存在する。

いわゆる「バンベルクスタイル」のスモークビール以外にも、ビアスタイル・ガイドラインでは「スモーク・ポーター」「その他のスモークビール」が定義されている。

ポーターもかつてはスモーキーだったという話は上でも少し触れたが、スモークポーターは、あえてスモーク麦芽を利用して作られたポーターで、カラメルやチョコレートのような麦芽由来の香りとスモーク香がバランス良く感じられ、ホップの苦味もハッキリと感じられる。

このスタイルのテンプレートとも言われるのが、米国のアラスカン・ブルーイングが作るスモーク・ポーターで、ハンノキでスモークされた麦芽と氷河の雪解け水を利用して醸造されている(下写真)。

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ちなみに「その他のスモークビール」というスタイルは、バンベルクスタイルのどれにも当てはまらず、スモークポーターにも該当しないビールを指す。ベースのビアスタイルとして何を使おうが、スモークに使う木材として何を使おうが、醸造家のアイディア次第ということになる。

冗談抜きで、どんなビールも燻製にできるのである。

代表的銘柄

《バンベルクスタイル・メルツェン・ラオホビール》

  Aecht Schlenkerla Rauchbier Märzen(ドイツ)
  富士桜高原麦酒・ラオホ(山梨県/JGBA2021銀賞** IBC2021銅賞*)

  NAMACHAん Brewing・なまちゃんのラオホ(東京都/JGBA2021銀賞**)
  六島麦酒・六島ドラム缶会議(岡山県/JGBA2021銅賞**)

  田沢湖ビール・ラオホ(秋田県)

* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards


RCサクセションの初期の楽曲「けむり」の中で、忌野清志郎は「火のないところにも煙は立っている」と歌った。冷えたラオホでも十分に煙を感じることができるのだ。燻煙香を感じるビールには、ぜひスモークした食材を合わせてみたい。ベーコンでもスモークチーズでもいいし、北海道出身の私としてはニシンの燻製を肴にしたい。バーベキューやキャンプのお供にラオホビア、というのも、もちろんアリだろう。楽しみ方はあなた次第だ。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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