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おまけ 〜謝辞にかえて〜

この連載は、2019年末に出版された私の訳書「コンプリート・ビア・コース〜真のビア・ギークとなるための12講」の販売促進と同期したイベントとして企画されたものである。

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この訳書やビアスタイル・ガイドラインにも書かれていないことがらについても個人的にまとめ、自分の言葉で綴ってみたいという思いもあったので、週3回更新というハードスケジュールであったが、チャレンジしてみることにした。

改めていくつかの文献に当たってみることで、発見もあったり、謎が謎のまま残ったものもあったが、自らの知見がアップデートされたのは確かであった。

2ヶ月弱という、始める前は果てしない挑戦に思われた取り組みだったが、終わってみればあっという間だったような気もする。

そもそもの動機はともかく、このような機会を持つきっかけを作ってくださった楽工社日向泰洋氏長至巳氏に感謝する。

2人の巨人

本連載を通して、改めて思ったことがある。

それは、現代のビールを語る上で忘れてはならない2人の巨人についてである。

一人は "The Beer Hunter" の異名を持つ英国人ジャーナリストの故・マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)、もう一人は米国 Brewers Association(BA) の元会長でもあるチャーリー・パパジアン(Charlie Papazian)である。

マイケル・ジャクソンは、ビアスタイルなどの概念がなかった頃から、その著書などを通して、世界中で作られているさまざまなビールについて、わかりやすい観点から分類を行ない、広く紹介してきた。彼の考え方のいくつかは、現代のビアスタイル・ガイドラインにも少なからず反映されている。

チャーリー・パパジアンは、米国で自家醸造が法的に認められた1978年に The American Homebrewers Association (AHA) を設立した。翌 1979年にはAHA主催による第1回のビール審査会も開催されている。

この審査会に出品するビールの指針として作成されたものが、現在のビアスタイル・ガイドラインの礎となっている。

AHAは、後に、やはりチャーリー・パパジアンによって設立された別団体 The Association of Brewers に併合され、これが現在の BA へとつながっている。ちなみに AHA は現在でも BA の一部となっている。

BAのウェブサイトには下記のような記述がある。

Since 1979 the Brewers Association has provided beer style descriptions as a reference for brewers and beer competition organizers. Much of the early work was based on the assistance and contributions of beer journalist Michael Jackson; more recently these guidelines were greatly expanded, compiled, and edited by Charlie Papazian.

そう、やはりガイドラインの作成にはマイケル・ジャクソンの貢献が少なくないということがこの文章からもハッキリと分かる。

ちなみに、現代では、下面発酵酵母を用いるものをラガー、上面発酵酵母を用いるものをエールと呼んでいるが、このような分類も1979年に彼らがガイドラインを作る以前にはほとんど存在しない概念であった。

どんな酵母を用いていようがビールはビールだったし、ドイツではラガーと呼ばれ、英国ではエールと呼ばれていたわけだ。

そういう意味で、彼らによってわかりやすく体系立てられたガイドラインが作成されたことで、ビールの歴史が新しいフェーズに入ったのだと実感せずにはいられなかった。

雑感

今回の連載24回の構成は最初から決めていた。順序は全体をひとつのストーリーとして辿ることができることを基本とし、それと時節的なものを踏まえて考えたつもりである。

24回のうち、16回〜18回まで3回にわたってサワーエールを取り扱ったが、これはちょっと多いのでは?と思った方もいるかも知れない。木樽熟成まで含めれば野生酵母由来のビールに4回を費やしたことになる。

本文でも少し書いたが、これは個人的にこの辺りのスタイルの共通性や差異、歴史的、地理的な関連などについて調べてまとめてみたいと思っていたからである。

自分なりにはざっくりとは整理できたものの、文献等を当たっても判然としない部分も残った。言ってみれば、それぞれのビアスタイルについて点としては理解しているが、点と点がきちんと線で結ばれてはいないという感じ。

ある程度、線が見えてきたようには思えるんだが、まだ勉強が足りない感じで、宿題をもらったような気持ちになっている。

これに限らず、伝統的なビアスタイルの歴史的経緯や地理的なつながりについて、全体を俯瞰して眺めてみるといろいろと面白いことがわかりそうである。

サワーエールについてもそうだったが、文献を辿っても、記述が矛盾していたり、事実確認ができないことも多い。謎が謎のまま残っているところが数多く存在するのだ。

いわば「ビール考古学」のような分野とも言えるが、今後、取り組んでみたい研究テーマになったかも知れない。また、これらのビールが世界にどのように伝わっていったか、つまり「ビール地理学」的なものも興味深いテーマだなぁ、と実感した。

Special Thanks

私の訳書「コンプリート・ビア・コース」の出版元である楽工社のお二人には冒頭で謝意を述べたが、これに加えて、最後に何名かの方に謝辞を述べたい。

まずは、2016年に亡くなった小田良司・日本地ビール協会元会長と、私のビールにおける師であり、高校の大先輩でもある田村功先生に心から感謝したい。

お二人がいなければ、私は今、セミナーで講師をやることも、本を翻訳するなどということもしていなかっただろう。彼らのおかげで、私の人生はかなり面白い方向にシフトしたものだと感じている。

田村先生には未だに教えを請うことが多い。彼らから学んだことを次の世代にどう伝えていくか、私を含む同世代の仲間にはその責任があると考えている。

次に、田沢湖ビール小松勝久・初代工場長に感謝したい。

ちょうどこの連載を行なうことを決意して準備を進めていた昨年11月、都内で、小松さんの解説を聞きながら、1989年にNHKで放送された「世界ビール紀行」というドキュメンタリーを見る、というイベントが開催された。

このドキュメンタリーは、まさに上記のマイケル・ジャクソンが進行役で、世界中で作られているビールの歴史や背景、醸造所のようすなどをリポートしたものであった。

私はこの番組は初見であったが、この連載を綴るに当たっても参考となることが多く、学生のようにメモを取りながら見させていただいた。自分の考えや知識を補完し、整理することができる絶好の機会であった。

小松さんに加え、この学びの場を提供してくださった神楽坂ラ・カシェット樋口昇マスターにも深く感謝する。

さらに、私が日本地ビール協会の講師であることを名乗った上で、この連載を行なうことを快諾してくださった同協会の山本祐輔理事長にも感謝したい。

本業も教員である私は、常日頃から「人に教えることが最大の学び」であることを実感している。その意味で、同協会のセミナーで講師をするという経験をさせていただいていることで、一番勉強させていただいているのが自分であると思っている。

最後に、私のビアジャッジ仲間、醸造家のみなさん、セミナーやイベントであった方々、さらにはこの連載の読者の皆様にも深くお礼を申し上げる。ぜひ、感想やご意見など頂戴できれば、この上ない喜びである。

参考文献

この連載を書くにあたり、いくつかの文献をたびたび参照した。他にもチラ見したものがいくつかあるが、何度か参照した代表的なものを(自らの訳書を含めて)以下に挙げる。

[1] ジョシュア・バーンステイン, 小嶋徹也 訳, コンプリート・ビア・コース〜真のビア・ギークになるための12講, 楽工社, 2019.
[2] Horst Dornbusch, Beer Styles from Around the World: Stories, Ingredients & Recipes, Cerevisia Communications, 2015.
[3] マイケル・ジャクソン, 小田良司 訳, ビア・コンパニオン 日本語版, 日本地ビール協会, 1998.
[4] ランディ・モーシャー, 土岐田明日香 訳, ビール大全, 楽工社, 2017.
[5] 日本ビール文化研究会, 日本ビール検定公式テキスト, 実業之日本社, 2012.
[6] 田村功, ベルギービール大事典, スタジオタッククリエイティブ, 2013.

さて、ビアスタイル・ガイドラインは審査会でビールを客観的に評価するための指針である。その意味では、醸造家のみなさんがこの指針にとらわれる必要は一切ないと考える。

スタイルに定義されていない部分こそ、醸造家の独創性が試される部分であろうと思うし、いくらスタイルから外れようと、ユニークなアイディアで、新しいものをどんどん作り出していただきたいと、「いちクラフトビールファン」としても思う。

また、同様に消費者、ビールファンの皆さんにとっても、ガイドラインは必要な指針というわけではない。ただ、ざっくりとビアスタイルについて知っていれば、銘柄を選ぶ際のヒントになるかもしれないし、ビールの楽しみ方や味わい方が広がるきっかけにもなるかもしれない。

肩の力を抜いて、そのくらいの気持ちで触れていただくのがいいのではないだろうか?

ビールの主原料は麦芽やホップという農産物で、発酵は酵母という微生物によって行なわれる。そういう意味でワインやコーヒーなどと同様、ビールにもテロワール、というような概念があるのかもしれない。

ただ、発酵のコントロールまで完璧に行なうのは難しいとしても、人間がコミットする要素が大きいという意味において、ビールは他の醸造酒に比べても、より工業製品的な性格が強いと個人的には考えている。

歴史上、ラガーリングやホップの使用をはじめとして、ビールの世界では何度かの技術革新が見られてきたわけであるが、今後も予想もしなかったような「ビール産業革命」とも言えるイノベーションが起こる可能性は高いと思われる。

そんな日が来るのを、ゆっくりとビールを片手に待ってみようではないか。

ーおしまいー

最後にもうひと押し…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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楽工社のウェブフォームからお申し込みください。

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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