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Episode 20: ポーターとスタウト〜黒く塗りつぶせ〜

今回は、英国発祥の黒ビール、ポータースタウトを取り上げよう。スタウトは厳密にはアイルランド発祥なんじゃないの?という方もいるかも知れない。確かに。

ただ、話はそれほど単純ではない。ポーターとスタウトの間には、その成り立ちから味や香りの特徴にいたるまで、切っても切れない深い関わりがあるのだ。ビールの色と同じように、その関係性については、よーく調べないと、黒く塗られてわからないといった状況であるとも言えるのである。

ポーターは、高温で焙燥されたロースト麦芽を用いることで、見た目は深い茶色、またはより深い色で、カラメルやチョコレートを思わせるようなロースト香が感じられ、甘さは控えめで、中程度の苦味とほのかな酸味を伴ったビールである。甘さが控えめで酸味も感じられることから、ボディも比較的軽く感じられ、飲みやすく感じることだろう。

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ポーターは、現代では世界のどこに行っても、どこかのブルワリーが必ず作っていると思われるほど定番のスタイルである。しかし、その誕生から現在まで、ずっと人気のビールであったわけではない。そのあたりからたどってみることにしよう。

ポーターの栄枯盛衰

ポーターは18世紀の初めにロンドンで誕生したビールである。当時、ロンドンのパブでは、古くて酸味が出てしまったビールに新しいビールをブレンドして提供するということが行なわれていたが、これがあまりに人気となったので、最初からブレンドしたものと同じフレーバーをもつビールを作るという発想が生まれた。これがポーターの起源と言われている。

前回の木樽熟成ビールのところでも述べたが、当時のビールは木樽に貯蔵されていたので、古くなったビールでは、樽に棲み着いたブレタノマイセスをはじめとする微生物により独特の香りと酸味が感じられた。

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このような微生物による影響をある程度抑えるために、ホップの効いたビールとブレンドされたとも考えられている。そのため、ポーターはホップの苦味も程よく効いており、スッキリと飲めるビールになっている。

このような程よい酸味と苦味があり、スッキリとしたビールは、当時、船から荷降ろしをしてマーケットなどに運んでいた荷役人(ポーター)に特に人気が高かった。彼らは一日のハードな仕事が終わった後、パブでこのようなビールを飲むことで疲れを癒やしていたと思われる。これがポーターというスタイル名の由来であると考えられているのだ。

ロンドンで人気となったポーターは、一気に国中へと広がっていくこととなるが、その後、過酷な運命に見舞われることとなる。

20世紀に入ると、英国では色の明るいペールエールが大きな人気を獲得するようになる。さらにチェコやドイツで生まれた黄金色のピルスナーも人々の心をつかみ始める。これら淡色のビールがポピュラーになる一方で、ポーターは徐々に人気を失っていくことになるのだ。

1940年には英国でポーターを醸造していた最後のブルワリーが閉鎖してしまう。ただし、当時、隣国のアイルランドではギネス社によってポーターが作られていたが、彼らも1970年代にはポーターの製造をやめてしまい、一時代を築いたポーターは、ついにこの惑星から姿を消してしまう。

ところが、20世紀の終わり頃、米国のクラフトブルワリーによってポーターは復活する。現在では、ポーターはどこの国のどのブルワリーでも作られているかのようにポピュラーなスタイルとなっているが、この状況からは信じられないような歴史が隠されていたわけである。

ポーターのバリエーション

オリジナルのポーターに近いスタイルは、現在では「ブラウン・ポーター」という名前で呼ばれている。上で述べたように、ほのかな酸味と中程度の苦味があり、カラメルやチョコレート、場合によってはナッツを思わせるような香ばしさが特徴である。

ただし、ローストされた香りが強すぎて焦げ臭を感じてしまうのはNGである。あくまでも飲み口は軽いのが重要である。

これに対し、ロースト香やボディが強いポーターもある。「ロブスト・ポーター」と呼ばれるスタイルである。ロブストとは英語の "robust" であり、頑強である、という意味をもつ。

アルコール度数もブラウン・ポーターより若干高めで、ホップの苦味、フルーティーなエステル香、モルトのロースト香ともに強い。色もより深く、グラスに注ぐと向こう側が見えないくらいの暗黒色である場合もある。

ブラウン・ポーターが軽く飲みやすいのに比べ、ロブスト・ポーターはフレーバーが豊かで飲みごたえがあるパワフルなポーターであると言えよう。

スタウトの誕生

チェコで誕生したピルスナーが隣国ドイツで模倣されたのと同じように、英国で大人気となったポーターも隣国のアイルランドで作られるようになる。

このストーリーの主人公が、みなさんも名前を聞いたことがあるであろう、アーサー・ギネスである。現在でもギネスのロゴには "Since 1759" と刻まれている。1759年という年は、アーサー・ギネスがダブリンの街ですでに廃業していたブルワリーを買収してビールを作りはじめた年である。

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彼は、一般的なエールも作っていたが、英国で人気を博していたポーターも作るようになる。彼が作っていたポーターは本場ロンドンのポーターよりもアルコール度数が高くどっしりとしたものであり、「エクストラ・ストロング・ポーター」と呼ばれていた。

このビールはその後、「ストロング・ポーター」に変わり、それから「ストロング・スタウト」という名称を経て、やがて単なる「スタウト」と呼ばれるようになる。"stout" という英語の形容詞には、強いとかどっしりした、という意味があることからその名称に用いられるようになったと考えられる。

これに対し、現代のスタウトはよりアルコール度数が決して高くはなく、5%を下回ることも少なくない。また,20世紀に入ってからは、発芽しない大麦を高温で焦がしたローストバーレイを用いることで独特の焦げ臭と苦みを出すようになり、これが現代の「アイリッシュ・ドライ・スタウト」の重要な特徴となっている。

スタウトを手に入れたら、原材料名を確認してみてほしい。そこに麦芽やホップに加えて「大麦」とか単に「麦」などと記載されていれば、それはローストバーレイが使用されている証拠である。

現代では、ギネスはアフリカやアジアでもライセンス醸造を行なっている。私がマレーシアで出会ったギネスは、副原料としてレモングラスが使用されたもので、スッキリとはしているが、馴染みのあるビールとはあまりに異なっていたため、衝撃を受けたことがある。現地の風土には合っていたのかも知れないけれど。

スタウトのバリエーション

スタウトにもさまざまなバリエーションがある。まずはみなさんの多くが味わったことがある「アイリッシュ・ドライ・スタウト」。深煎りのコーヒーを思わせるアロマや焦げ臭、苦味が特徴のスタイルである。

アーサー・ギネスが当初作っていたアルコール度数の強いスタウトにより近いスタイルが「エクスポート・スタウト」で、度数は最大で8%程度にまでのぼる。ちょうど、ブラウン・ポーターに対するロブスト・ポーターと同じ立ち位置にいるスタイルと言って誤解はないだろう。

さらに、乳糖(ラクトース)を加えてボディを強めた「スイート・スタウト」やオートミールを用いることで滑らかな口当たりを実現した「オートミール・スタウト」などがある。

さらにはロシアなど北方圏の国々へ輸出するためにアルコール度数を高めた「インペリアル・スタウト」というスタイルもあるが、これはどちらかというとポーターのハイアルコールバージョンとして考える方が妥当である。

この他、現代のビアスタイル・ガイドラインでは定義されていないが、非常にポピュラーなものに「オイスター・スタウト」がある。これは原材料として牡蠣の殻や身を使用したものである。牡蠣とスタウトは相性がいいと言われるが、実際、牡蠣殻はアルカリ性のため、ビールの酸味を抑制する他、清澄化を促進し、より透き通ったビールが出来上がるという効果もある。

真実は闇の中

以上、ポーターとスタウトについて紹介してきたが、実のところ、ポーターとスタウトを明確に区別することは難しい。歴史的にもどちらが先に誕生したか、という議論も、かつてはなされていた。いずれも18世紀に誕生しているが、これについては、スタウトという名称が用いられる以前からポーターという名称が存在していたことから、ポーターが先であろうと考えられている。

訓練されたテイスターが官能評価を行なう際も、ポーターとスタウトを完全に見分けることは難しいことが多い。ローストバーレイを用いている場合は、その独特の焦げ臭と苦味から、区別することはある程度可能であるが、正直なところ、判然としない場合もある。

さらに、日本に関わらず、世界のどこへ行っても、クラフトブルワリーが作るスタウトの中にはローストバーレイが使われているものもあれば、そうでないものもある。名称がスタウトであっても、実はポーターと呼んだ方が妥当なビールもある、ということかもしれない。

そういう意味では、アルコール度数が5%前後の黒いエールは、ポーターかスタウトのどちらかだろう、くらいに考える方が気が楽だったりする。ボヘミアのピルスナーとジャーマンピルスナーの差異がわずかであったと同様、ポーターとスタウトの境界も曖昧で、黒く塗り潰されたブラックボックスに覆われているというわけだ。

美味しい黒いエールに出会ったとき、それがロンドン生まれでもダブリン生まれでも構わない。その一杯で一日の仕事の疲れがとれればそれでいい。そう考えてみてはどうだろうか?

代表的銘柄

《ブラウン・ポーター》
  Fuller's London Porter(英国)
  Samuel Smith's Taddy Porter(英国)
  鎌倉ビール・花(神奈川県/JGBA2021銀賞**)
  箱根ビール・こゆるぎブラウン(神奈川県/IBC2021銅賞*)
  ブリマーブルーイング・ポーター(神奈川県)

《ロブスト・ポーター》
  Anchor Porter(米国)
  KONISHI ITAMI BEER ジャパンエール・ブラック(兵庫県/IBC2021金賞* JGBA2021銅賞**)
  スワンレイクビール・ポーター(新潟県/IBC2021銀賞* JGBA2021銅賞**)
  ヘリオス酒造・銀河鉄道999 車掌さんの黒ビール(岩手県/IBC2021銅賞*)

《クラシック・アイリッシュスタイル・ドライスタウト》
  Guinness Draught(アイルランド)
  大和醸造・はじまりの音 スタウト(奈良県/IBC2021金賞* JGBA2021金賞**)
  Bright Blue Brewing・ノスタルジースタウト(山梨県/IBC2021銅賞*)
  KIRISHIMA BEER STOUT(宮崎県/JGBAA2021銅賞**)
  箕面ビール・スタウト(大阪府)

《エクスポート・スタウト》
  Guinness Foreign Export Stout(アイルランド)
  Coopers Best Extra Stout(オーストラリア)
  Lion Stout(スリランカ)
  The Virginia Beer Elbow Patches(米国/IBC2021銀賞*)
  箱根ビール・風祭スタウト(神奈川県/JGBA2021銀賞**)
  飛騨高山麦酒・スタウト(岐阜県)

* IBC: International Beer Cup
** JGBA: Japan Great Beer Awards

ローリング・ストーンズの "Paint It Black" は、辛い現実を見たくないという衝動を歌った曲だっただろうか?しかし、ポーターやスタウトといった黒いエールに関して言えば、その黒い色に隠されている秘密をあえて想像しながら楽しむのも悪くない。いや、そんな堅苦しいことなど考えることもなく、パブで仲間と語り合いながら、グラスを傾けてみるだけでもいいだろう。本来、そんな気軽なものだったはずだから。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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