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Episode 23: ヒストリカルビール〜先人たちの暮らし〜

前回はラオホビアを取り扱い、その中で、古いビールは多かれ少なかれスモークされた麦芽を使っていたということを述べた。

今回は、その歴史的に古いビアスタイル、現在のガイドラインで「ヒストリカルビール」に分類されているスタイルを紹介しよう。

ただ単にそれぞれのビアスタイルについて書くだけではなく、それらを貫く共通の特徴があることについても言及しようと思う。こうすることにより、それぞれのスタイルの地理的な特徴や、当時の人々の生活様式などもビールのキャラクターに反映されていることがわかるだろう。

さらには、これまでに紹介してきた主にヨーロッパのビアスタイルとも共通の特徴があることがわかる。これまでに登場したスタイルの中には、古い時代に起源を持つものが少なくないため、当然のように、歴史的なビアスタイルと共通項をもつものがあるというわけだ。

まずは、個々のスタイルについて紹介し、その後で、全体を振り返り、古い時代のビールに関する特徴についてまとめてみたい。

サハティ(Sahti)

まずは、北欧フィンランドから話を始めよう。正式なスタイル名は「フィンランドスタイル・サハティ」という。

フィンランドに伝えられている神話「カレワラ」にも醸造方法が記されており、14世紀頃から作られていたことを示す文献も存在する。ホップがビール醸造に使われる以前から作られていたため、いわゆるグルートというハーブや薬草を配合したもので香り付けがなされていた。

実際には、ヤチヤナギやノコギリソウ、キャラウェイなどが用いられていたようだが、もっとも中心的な香り付けの原料はジュニパーの枝や実(ジュニパーベリー)である。ジュニパーはジンにも使われるもので、サハティではジンを思わせるようなジュニパーの香りがハッキリと感じられる。

発酵性の原料としては大麦麦芽がメインだが、ライ麦やオーツ麦が部分的に用いられることもある。麦芽はカバノキでスモークされたものが用いられることがある。なんとサウナの熱を利用して麦芽を焙燥していたという記録もあるそうだ。

さらなる特徴としては、酵母としてパン用の酵母が用いられている点である。アルコール度数としては古くは4%〜10%以上まで幅広いものが作られていたようであるが、現代では7〜8%のものが作られている。

寒い地域だけにアルコール度数が高いものが好まれるということもあるだろう。アルコール度数が高いこともあるし、酵母の特性によるのかもしれないが、発泡性は弱く、ほとんど泡はないのも特徴である。

サハティは一度、歴史から姿を消すが、20世紀末ころからフィンランドのクラフトブルワーによって復活し、現代では商業的な製品も作られており、中には国際的審査会でメダルを受賞したものもある。

ゴットランズドリッケ(Gotlandsdricke)

続いて、フィンランドの隣国、同じ北欧のスウェーデン発祥のスタイルである。正式なスタイル名は「スウェーデンスタイル・ゴットランズドリッケ」である。

このビールはスウェーデンの首都ストックホルムの南方、バルト海に浮かぶスウェーデン最大の島、ゴットランド島に由来する。"dricke" は英語で言う "drink" の意味なので、この名称はそのまま「ゴットランド島の飲料」という意味である。

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もともとは家庭で作る、いわゆる「どぶろく」のような酒で、発酵性の原料も大麦、小麦、ライ麦、オーツ麦などさまざまなものが使われていた。要は、家庭で手に入る、あるいは農家で栽培している穀物が原料として使われていたわけである。

上のサハティと同様、香り付けにはジュニパーの枝や実が使われるので、その香りが強く感じられる。また、サハティの場合は必須ではなかったが、ゴッドランズドリッケでは、カバノキや松でスモークされた麦芽由来の燻煙香が必須である。

また、これもサハティとの共通項であるが、酵母もパン酵母が使用される。ちなみに、ゴッドランズドリッケは、発酵が終わらない若いうちに飲まれることも多く、甘くアルコール度数が弱いうちに日々の食事とともに消費されるのが通常であったようである。

アルコール度数は通常は5〜6%であるが、これまたサハティの場合と同じように歴史的には3%程度から12%程度のものまでさまざまなバリエーションがあったと伝えられている。サハティ同様に発泡性は極めて弱く泡はほとんどない。

きちんとした醸造設備で作るのではないため、いわゆる自然発酵に極めて近いものであったと考えられており、若干の酸味を伴う場合もある。

グロズィスキー(Grodziskie)

グロズィスキーは、ポーランドのポズナンに近い街、グロズィスク発祥のビアスタイルである。

このビールの特徴は、小麦麦芽がメインで使用されていること、さらにその麦芽がオークの木でスモークされていることである。つまりこのビアスタイルはスモークされた小麦ビールなのである。

ドイツのラオホはブナの木でスモークされた大麦麦芽を使っているが、このスタイルはオークでスモークされた小麦麦芽を使っている。漂う香りそのものも違うし、口当たりも大きく異なる。

ボディはライトで、みずみずしく、カーボネーションも強いため、爽やかですがすがしいスモークビールである。

リヒテンハイナー(Lichtenheiner)

リヒテンハイナーは、ドイツのチューリンゲン州イェーナに近いリヒテンハインという街発祥のビールである。このビールは現在のビアスタイル・ガイドラインでは定義されていないが、独特の味わいや香りを持つものである。

一言で言えば、小麦ベースのスモーク・サワーエールである。ほのかにスモーキーな香りと乳酸による酸味が特徴的である。

アルコール度数は3%程度のロー・アルコールビールだが、発泡性が高く、小麦が使われていることもあり、豊かな泡が特徴でもあった。原料となる大麦と小麦の比率などもさまざまな流儀があり、この地方特有の地酒として独特なキャラクターを示していたと言える。

歴史的には中世から作られていた記録が残っているが、その飲みやすさから19世紀には、チューリンゲン地域で非常にポピュラーなビールであった。ところが、20世紀に入ると一気に人気を失い、1980年には歴史から姿を消す。

今世紀に入る頃になって米国やアジアのクラフトブルワリーによって限定的に醸造が行なわれている、まさに幻のビアスタイルと言えよう。

アダムビール(Adambier)

アダムビールは、ドイツのドルトムント発祥のビールである。14世紀頃から作られていたが、20世紀半ばには一度絶滅し、1980年代以降のクラフトビール・ムーヴメントの中で復活を果たしたビアスタイルである。

特徴はアルコール度数が高いこと、ブレタノマイセスや乳酸菌由来の酸味が感じられること、ほのかにスモーキーな香りが感じられることである。古くから作られているビールのため、色合いは濃色である。

発酵性の原料としては大麦麦芽ベースであるものの、一部小麦が用いられることもある。

共通する特徴

以上を読むとわかると思うが、これら、歴史的なビアスタイルには共通する特徴がある。それは以下のようなものである。

1.スモークされた麦芽が使われている
2.小麦、ライ麦、オーツ麦などが用いられている
3.ジュニパーベリーなどのハーブや薬草がホップの代わりに用いられている。
4.発酵にパン酵母が用いられている
5.酸味が感じられる

確かに、よくよく振り返ってみると、上で述べたビアスタイルには、これらの特徴が共通して見られることがわかる。

まず、前回のラオホビアの回でも述べたとおり、昔は直火で麦芽を焙燥するのが手っ取り早い方法であったため、ほぼ例外なく、歴史的なビアスタイルにはスモーキーな香りが感じられる。

さらに、スモークに使用する木は、北方の寒い地域では松やカバノキなどの針葉樹が、それより南の地域ではオークやブナが用いられていたことを考えると、その地域に植生している身近な木材を使って麦芽の焙燥が行なわれていたことがわかる。

さらに発酵性原料として大麦以外の小麦、ライ麦、オーツ麦が用いられているのも特徴的である。小麦やライ麦は古くからパンを作るために用いられており、特にヨーロッパにおいてはポピュラーな穀物であった。

したがって、ビールを作る際にも大麦ではなく、これら、手軽に手に入る原料で酒造りが行なわれていたのは極めて自然なことであると考えられる。日本を含め、アジア各地で米をベースにした酒が作られていることを考えても、これは極めてリーズナブルであろう。

これはベルジャンヴィットやベルリーナ・ヴァイセ、南ドイツスタイルのヴァイツェンなどのビアスタイルとも共通する特徴だと考えれば納得できるであろう。これらも古代の製法を現代まで伝えるビアスタイルであると考えられるわけだ。

最後は発酵である。サハティやゴットランズドリッケでは、発酵にパン酵母が用いられていた。これは生活の中でパンを作る上で用いられたものを酒造りにも用いているということで極めて自然な話であると考えられる。

スパイスビールの回でも述べたが、ビールの香りや苦味づけにホップが用いられるようになったのは15世紀以降の話で、それまではハーブやスパイス、薬草や木の枝などが用いられていた。サハティやゴットランズドリッケでジュニパーが用いられているのは偶然ではないだろう。

さらに、乳酸菌やブレタノマイセス由来の酸味が感じられることも、これら古いビアスタイルに共通する特徴である。これは、発酵や熟成が木樽で行なわれていたこと、さらには、ベルギーのランビックと同様に自然発酵に近い方式で発酵が行なわれていたと考えることで理由付けられると思われる。

要は、身近な穀物を用いて酒を作り、その焙燥には、地域に植生する木材を用い、身近なハーブや薬草で風味を付け、発酵も身近な原料を用いて行なわれていた。実際には酵母を加えるというよりは、日本で塩漬けを作る場合のように、自然な乳酸発酵を促すような手法がとられていたことが想像できるのである。

これら、歴史的なビアスタイルを俯瞰すると、我々の遠い祖先、かつて生きていた人々の生活の一端が見えるような気がしてこないだろうか?

代表的銘柄

《ヒストリカルビール》

  CARVAAN・サハティ(埼玉県/IBC2021銀賞*)


* IBC: International Beer Cup


歴史的なビールは、その発祥地においても作られているのは稀で、特に商業的製品として輸出入されることもほとんどない。クラフトブルワリーにおいても、試験的に醸造されることはあっても、レギュラーな銘柄としてリリースされることはほとんどないであろう。もし、出会うことがあったら迷わず手にとってみよう。あるいは、これらを求めて、欧州へ旅立ってみるのも悪くないかも知れない。

さらに知りたい方に…

さて,このようなビアスタイルについてもっとよく知りたいという方には、拙訳の『コンプリート・ビア・コース:真のビア・ギークになるための12講』(楽工社)がオススメ。米国のジャーナリスト、ジョシュア・M・バーンステインの手による『The Complete Beer Course』の日本語版だ。80を超えるビアスタイルについてその歴史や特徴が多彩な図版とともに紹介されている他、ちょっとマニアックなトリビアも散りばめられている。300ページを超える大著ながら、オールカラーで読みやすく、ビール片手にゆっくりとページをめくるのは素晴らしい体験となることだろう。1回か2回飲みに行くくらいのコストで一生モノの知識が手に入ること間違いなしだ。(本記事のビール写真も同書からの転載である。)

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また、ビールのテイスティング法やビアスタイルについてしっかりと学んでみたいという方には、私も講師を務める日本地ビール協会「ビアテイスター®セミナー」をお薦めしたい。たった1日の講習でビールの専門家としての基礎を学ぶことができ、最後に行なわれる認定試験に合格すれば晴れて「ビアテイスター®」の称号も手に入る。ぜひ挑戦してみてほしい。東京や横浜の会場ならば、私が講師を担当する回に当たるかもしれない。会場で会いましょう。

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