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「愛は勝つ」を音楽的な視点で考察してみた

続けてKANさんの話です。
継続的に応援してて、かつライブにも足繁く通ってたアーティストが居なくなるという事例は、自分の中では初めてのことなので、自分の中で整理をつけるには時間がかかりそうです。ていうか、整理なんてつくのでしょうか。

というわけで、KANさん最大のヒット曲といえば、泣く子も黙る「愛は勝つ」(シャレでなく、あの曲弾いたら泣いてる子が一瞬ほんまに泣き止んだことがある)でありますが、ファンの方なら今さらな話ですが、あれは膨大な名曲のほんの氷山の一角です。ほんまに一角です。念のためもう一度書きます。「氷山の一角」です。
世間ではなんとなく一発屋的なカテゴリーで見られてた節もありますが、それは誤解であるということは、アルバムとライブを観たら明らかですので、ぜひ最近解禁されたサブスクで確かめてみましょう。


とはいえ、「愛は勝つ」がとんでもないポテンシャルとインパクトのある名曲であることもまた事実だと思います。
ファンの間じゃわりと知れた話ですが、自分なりに音楽的な視点からすこし振り返ってみようと思います。

自分としては、あの曲のインパクトには3つの側面があると思ってまして。KANさんのほかの作品にも通じる特徴性がわかりやすい形で盛り込まれているなと思います。

①優れたオマージュであること
②シンプルすぎるメロディーと絶妙な転調の展開
③インパクトと中毒性のあるイントロ

1.優れたオマージュであること

「愛は勝つ」には、ベースになっている楽曲があります。それは、Billy Joelの「Uptown Girl」という曲です。ベスト盤にも入ってるくらいの、名の知れたナンバーです。
百聞は一見にしかず。まずは聞いてみてくださいまし。


この曲をベースに、テンポ感こそ少し違えど、リズムアレンジのアプローチや、転調の展開はまさにUptown Girl!曲の輪郭をうまくなぞりながら、そこにシンプルなメロディを乗せて、全く違う曲に仕上げています。
ちなみに歌い方もよくよく聴くとかなりビリーに寄せてると思いますね。
作曲はもとより、編曲のすばらしさを感じます。
KANさんはBilly Joelをたいそう敬愛されていて、彼の楽曲からの引用やオマージュ楽曲がこの他にもたくさんあります。

2.シンプルすぎるメロディと絶妙な転調の展開

こちらは1.にも通じることですが、メロディの構造が恐ろしくシンプルなのも特徴。


譜例①
譜例②



有名なあの出だしと、その後に出てくるメロディです。
楽譜にすると、ほぼ四分音符と八分音符から構成されてるのがわかります。
さらに曲を見渡すと、ほぼ譜例①のメロディから展開されたメロディになっています。とても覚えやすい流れ。
そして、よく似たメロディの繰り返しのマンネリさをうまく打開させる効果を担っているのが、①と②を行き来する転調です。
調の関係で言うと、譜例②は、譜例①(D major)に対応する短調(B minor)の同主調(B major)と言う関係性になります。調性を変えることで音楽の色彩や場面が転換され、同じようなメロディであっても、ニュアンスを変えることができるわけです。

ついでにもう一つ言及すると、この曲の耳馴染みの良さの特徴の一つとして、コード進行があります。
譜例①②ともに、「順次進行」と呼ばれるコード進行が用いられています。順次進行とは、ベースラインが一音ずつ下がっていきながら推移するコード進行で、80年代〜90年代の日本のポップスでは頻繁に用いられていた手法です。この時代のヒット曲でよくみられます。
パッと思いつく限りだと

・「恋におちて」(小林明子)のサビ部分
・「サイレント・イブ」(辛島美登里)
・「格好悪いふられ方」(大江千里)のサビ部分
・「どんなときも。」(槇原敬之)のAメロ部分
・「DIAMONDS」(プリンセスプリンセス)のサビ部分

まだまだありますが、こんな感じ。
さらにこのコード進行を分析すると、「愛は勝つ」の順次進行のそれぞれのコードを同じ機能のコードで置き換えると、原型は「カノン進行」と言うコード進行に行き着きます。
「カノン進行」とは名の如く、パッヘルベルのカノンに代表される、エンドレスで循環が可能な定型的なコード進行を指します。

譜例①のコードを代理コードで置き換えると、こんな形になります。


譜例③

実際にコードを押さえながら弾いてみるとよく理解できますが、譜例③のコード進行は、ちょうど「パッヘルベルのカノン」と同じコード進行になります。「カノン進行」は非常に親しみやすい響きですので、愛唱歌やヒットソングではよく使われています。


ちなみにスピッツの草野さんがこの曲をして「全部サビ」と表現されてましたが、ほんとにそのとおり。こんな曲なかなかないよな、と思ってたら、ありましたありました。

交響曲第9番第4楽章より「歓喜の歌」一部


かの楽聖ベートーヴェンの「歓喜の歌」。
これこそ、ほぼ四分音符からできたシンプルの極致。しかも、メロディの構造も「愛は勝つ」とよく似ています。KANさん本人も、「ベートーヴェンにも通ずる感じ」って、振り返ってはったと思います。
ライブでも、この曲の間奏で歓喜の歌を引用していて、その辺の意識があることを窺わせてくれます。


3.インパクトと中毒性のあるイントロ

ポピュラーミュージックにとってイントロは、聞き手の耳を惹きつけたり、その曲のカラーを規定する上で最も重要な要素。
イントロの印象一つでヒットが左右されると言われてたくらいですから、いかにイントロが大事かということです。
「愛は勝つ」のイントロは、ピアノのユニゾンによる勢いのあるメロディ。コード進行は歌のメロディに準拠した順次進行を少し発展させたものです。


(譜例)「愛は勝つ」のイントロ冒頭


この「ピアノのユニゾンによるメロディ」のアプローチは、当時のKANさんを印象付ける一つのトレードマーク的なものになっていたと思います。
「愛は勝つ」リリース後に出したKANのシングル「イン・ザ・ネイム・オブ・ラブ」や、そのカップリングの「ときどき雲と話をしよう」なんかは、明らかに「愛は勝つ」の流れを意識して作られていると感じられます。レコード会社側の意図もあったのかもしれませんね。
ちなみに、「愛は勝つ」がヒットするきっかけとなった、「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」の企画で生まれた「やまだかつてないwink」の「さよならだけどさよならじゃない」という曲のイントロも、まさにピアノのユニゾンメロディ。これはさらに「愛は勝つ」のイメージをそのまま踏襲したようなメロディ構成+コード進行です。テンポ感変えてキーをDに変えて弾いたら、「愛は勝つ」じゃん(笑)となります。
この辺のユーモアが、KANさんらしいなと思います。


「イン・ザ・ネイム・オブ・ラブ」イントロ


「ときどき雲と話をしよう」イントロ


「さよならだけどさよならじゃない」イントロ


それでは、この辺の知識を踏まえて、改めて「愛は勝つ」を味わってみようではありませんか。
私のお気に入りの動画のひとつ。なんでアメフトなのかは深く考えないで(笑)、ユーモアあふれるパフォーマンスのこちらを楽しみましょう〜。


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