23/02/05 俺はデブの隣の空席に確実に座る

電車を乗っていると不自然な空席を見かけることが良くある。
終電間際の総武線や、通勤ラッシュ時の東西線。
本来であれば空席など存在しようはずもないラッシュアワーで、なぜかぽっかり空いた席。

一秒でも早く座りたい、と誰もが思っている満員電車の中で、さながら地獄に垂らされた一筋の蜘蛛の糸が如く際立つその席は、しかしながら誰からも座られることなく、ただ座られるのを何駅もの間待っている。

意を決して座ろうとした瞬間、頭によぎる危機の予感。



「この席、ゲロ付いてるんじゃない・・・・・・・・・・?」
電車の中で遠方からそれっぽい空席を見つけ、いざ席についたらしこたまゲロがのっていた、という最悪の経験の記憶が反芻される。
そして警戒する。この空席にもゲロがしこたま乗っているに違いない。しこたまでないにしても、ちょっとはゲロが付いているかもしれないと。

しかし、どれだけ目を凝らしてみてもその座席にゲロが付いている様子はない。いくら見れども座席は清潔そのもので、その清潔さがより一層空席の神秘性を際立てる。

そうなると次に勘繰るのは、その座席の持ち主の存在だ。
さながら花見の場所取りのように、座席の下にレッドブルや氷結の空き缶が置かれていないか、目を凝らす。
こと満員電車において空き缶は場所取りの意味を果たさないが、そのごみがある状態でそのまま座席に座ってしまうと、他の乗客に自分が出したごみだと誤解される可能性もある。それはなんとしても避けたい。

しかし、どれだけ確認しても座席の下にごみがあるような様子はない。
つまりこの空席は完全なフリーの空席であり、その空席を手に入れた者がその日の満員電車の勝者となることを意味する。

ゲロもない、ごみもない、位置も良好。
この空席は自分のものだと、完全に勝利を確信し座席に着席しようとしたその刹那、両サイドから感じる凄まじいプレッシャー。

りょ、両隣にデブが座っている!!!

デブ。太りし者。
本来各人に1ずつ与えられている空席のスペースに対して1.7くらい占有してくるヤベー奴。

こちらのスペースを圧迫してくるうえに何故か冬なのに汗かいてるしめっちゃ臭そうだから、生理的になんか横に座りたくないというこちらの感情を利用して狡猾に空席を支配する満員電車のハイエナたちが、その空席の両隣に鎮座していた。

このデブたちは、さながら阿行と吽行のようにその空席を守っていたのだ。
満員電車という極限のシチュエーションの中、目の前には絶好の空席があるというのに、ただ手をこまねいて見ていることしか自分はできないのか?

いいや、違う。
悪いのはそもそも太ったデブたちである。
どうして俺はルールを破っているデブのために、俺の空席をあきらめなければいけないのか。

決心した俺はめっちゃデカい舌打ちをしながらそのデブの間に自分の体を滑り込ませ、無理矢理その座席に座ることに成功し、会社の最寄り駅につく頃にはおれの両袖がデブの汗でびしょびしょになっていた。

おれはその日の満員電車で勝者になったのだ。

みんなもデブの隣の空席は迷わず座ろう。



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