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【水星の魔女考察】デリング・レンブランの目指した秩序と、ミオリネへ継承された思い

はじめに


水星の魔女が衝撃的な12話の放映をもって、第一クールの放送を終えた。格好良いメカニック、魅力的なキャラクター、重厚な世界観など今までのガンダムに備わっていた魅力に加えて、「2人の顔が良い女性主人公を基盤とした学園ドラマ」という圧倒的なレズアニメのエッセンスが加わることにより、喜びやら悲しみやら驚きやらで毎話顔面をグチャグチャにしながら第一クール最終話までの12週間ほどを過ごすことができた。

あまりにも第二クールが待ちきれなくなってしまったので、今回は第二クールに向けて水星の魔女の世界の中でも非常に重要かつミステリアスな存在、ミオリネの父である「デリング・レンブラン」の行動や思想について考察していこうと思う。


デリング・レンブランの矛盾


ミオリネの父であるデリングの行動には不可解な点が多い。「戦争とは人間同士の殺し合いでなければならない」という半ば強引な論法で、GUNDフォーマットの研究を行っていた医療研究開発機関の『ヴァナディース機関』を武力行使によって強制解体(PROLOGUE)、以降ガンダム(GUNDフォーマット)とその開発に携わる人間を『魔女』と禁忌視して、徹底的な制限を続けてきた。

にも拘わらず、本編ではどう考えてもGUNDフォーマットを使っているペイル社の『ファラクト』を黙認したり、娘であるミオリネにGUNDフォーマットを利用した医療技術の開発、つまり『ヴァナディース機関』と全く同じ事業内容である『株式会社ガンダム』の設立を許したりと、その行動には一見矛盾とも取れる点が多い。

『ガンダムに反応するのはガンダムだけだから、我々のガンダムに反応したエアリアルはガンダムだ!』という謎論法でスレッタを追い込む『悪の四坊主』


チュチュ同様謎技術で髪をコンパクトにまとめるミオリネ

この記事ではそんなデリングの「矛盾」から、彼の目的を考察したいと思う。

結論から言ってしまうと、デリングの目的は「世界平和」だ。


背景


デリングの思惑を語る上で、まず最初に語らなければいけないのが、「宇宙移民(スペーシアン)」と「地球人(アーシアン)」の対立だ。
『宇宙と地球の対立』というテーマは、ファーストガンダムから語られてきた伝統的な題材で、今作水星の魔女でも語られている。

ファーストガンダムをはじめとした宇宙世紀シリーズと異なる点として、宇宙世紀では地球人が宇宙移民を支配するという構図であったのに対して、水星の魔女ではその逆、宇宙移民が地球人を支配するという構図になっている。

地球圏と宇宙圏の間では深刻な経済格差が広がっており、経済的に優位である宇宙圏の企業が地球の労働力や資源を搾取しており、地球圏では独立を求めたデモ活動などが行われている。
過去には独立をめぐって地球圏は戦争も起こしているが、その目論見は戦争の敗北によって失敗し、大量の戦災孤児や被災者を出しながら現在も被支配地域として苦しい生活を送っている。


鹿が黄色い線の外側にいるくらい荒廃してる

PROLOGUEに登場した『ヴァナディース機関』は、そんな時代に生まれた医療技術の研究開発機関である。

『GUNDフォーマット』と呼ばれるサイバネティクス(サイボーグ)技術を用い、人類が宇宙環境で活動することによって発生する身体機能障害を補うための人工臓器や機械義肢の開発を行う同社は資金繰りに難航、研究開発費用を捻出するため地球のMS開発企業『オックス・アース・コーポレーション』とGUNDフォーマットの兵器転用を条件に資本提携を行った。

その後の展開はPROLOGUEでも語られている通り。
GUNDフォーマットは搭乗者の命を奪う「呪い」の技術としてデリングはオックス・アースに対して武力介入を実施。関係者を皆殺しにすることで、GUNDフォーマットとその技術を搭載した『ガンダム』をヴァナディース機関もろとも解体。

その後、GUNDフォーマットに関する技術を「魔女の呪い」として厳しく規制している。


デリングの目的

デリングがオックス・アースを解体するにあたって、記者会見で世間に大々的に発表したのは、以下のような内容だ。

デリング「私はこれまで、数多の戦場を経験し、一つの結論を得ました」
「兵器とは、人を殺すためだけに存在するべきだと。一点の言い訳もなく、純粋に殺すためだけの兵器を手にすることで、人は罪を背負うのです」
「しかし、ヴァナディースとオックス・アースのMSは違う。相手の命だけでなく、乗り手の命すら奪う。」
「これは道具ではなく、もはや呪いです」
「人と人が命を奪い合うことこそ、戦争という愚かしい行為における最低限の作法であるべきです」
GUNDフォーマットの開発凍結記者会見におけるデリングの演説


いくらなんでも民間企業1社を武装解体して関係者を皆殺しにするには言い分が弱すぎる事が分かる。当然この言い分の弱さはアニメの作劇上意図されたものであり、この建前とは別にデリングとMS開発評議会には裏の目的がある。


MS評議会A「これでオックスアースも終わりだな。アーシアン風情が出しゃばるからこういうことになる」
MS評議会B「事が容易く運べば良いがな。カルド・ナボ博士(ヴァナディース機関主任)が応じるかどうか・・・」
MS評議会C「しかし大丈夫なのか?民間企業の分を超えるのでは?」

デリング「超えてしまえば良いのです。ヴァナディースの連中がガンダムを完成させてからでは手遅れになります。我々MS開発評議会は決断するべきです」
記者会見1時間前のMS開発評議会での会議

詳しい思惑は語られてはいないが、少なくともデリングが記者会見で語ったような戦争倫理の維持が目的であるようには思えない。
しかし、この会話でなによりも注目するべきなのは、デリング以外のMS開発評議会員の発言である。

MS評議会B「事が容易く運べば良いがな。カルド・ナボ博士(ヴァナディース機関主任)が応じるかどうか・・・」

上記の発言から、MS開発評議会はヴァナディース機関に対して「GUNDフォーマットの開発凍結」という強制執行を行う予定はあったものの、それは少なくとも関係者の殺害といった極端の手段ではなく、ヴァナディース機関の主任たるカルド・ナボに、応じるか否かの選択権があるような性質のものであったことが読み取れる。

MS開発評議会としては、アーシアンに対して「民間企業の分を超えるような」強制執行を行う自覚はあったものの、それは武力介入ではなかったのである。
では、武力介入は誰の意図したものであったのか。これは、デリングが独断で行った武力介入と考えるのが自然であろう。



デリング「本社ともども、予定通り仕掛けろ」
部下「評議会の承認は?」
デリング「責任なら私が取る」
デリングと部下の会話

演説前のこの会話からわかるように、デリングは評議会に無断でオックス・アースに対して武力介入を行ったのである。
つまり、PROLOGUEで描かれたヴァナディース機関に対する虐殺は、デリングの個人的な意思の元実行されたものなのだ。

ここで一つの疑問が浮かぶ。
なぜデリングはMS開発評議会の思惑に背いてまで、オックス・アースの関係者を殺害したのか、という点だ。

MS開発評議会メンバーの言葉を借りるのであれば、GUNDフォーマットの開発が凍結された時点で、アーシアン企業のオックス・アースは「終わる」のである。
にも拘わらず、デリングは関係者を独断で皆殺しにしようとした。

恐らくデリングは、GUNDフォーマットの「凍結」ではなく、関係者の殺害によるGUNDフォーマットの「根絶」を目指したのだ。ただの開発凍結では、GUNDフォーマットの研究がどこかで秘密裏に行われるかもしれないし、他の民間企業が後追いでGUNDフォーマットの開発を行うかもしれない。

だからこそ、見せしめとして関係者を全員殺害することで、GUNDフォーマットという技術を世界から根絶しようとしたのである。

ではなぜそうまでして、デリングはGUNDフォーマットを根絶しようとしたのか。


本編でも描かれた通り、GUNDフォーマットとその技術を搭載したMSは、身体に対する文字通り致命的な負荷と引き換えに絶大な力を搭乗者に与える。
まさしく「魔女の契約」めいた呪いの力だ。

PROLOGUEの時点で、GUNDフォーマット搭載MS(以下ガンダム)に登場したヴァナディース機関の「ただのクルー」や「研究開発員」が精鋭部隊であるドミニコス隊を圧倒、アンチドートと呼ばれる対GUNDフォーマット専用兵器を用いなければ制圧できなかった。

また、その虎の子の対ガンダム兵器でさえ、ガンダム側のパーメットスコア次第では容易に突破されてしまう。

本編12話でも同様に、アンチドートを備えたグラスレーの対ガンダム専用精鋭部隊のドミニコスが、地球のガンダムによって全滅させられるシーンがある。

地球のガンダムに搭乗していたのは、スレッタと歳もさほど変わらない少女だ。
まともな戦闘訓練も恐らく受けていないような地球出身の少女に、精鋭部隊を単独で全滅させられるだけの強大な力を、ガンダムは与えるのである。

「生きてる!」


つまり、ガンダムとはこれまでの戦場のルールを一変させるほど、強力な兵器なのである。「搭乗者の命を奪う」というその一点に目を瞑れば、の話ではあるが。

そして、その強力な兵器であるガンダムをMS開発評議会および評議会を要するベネリット企業連合は、一切コントロールできていないのだ。頼みの綱のアンチドート(解毒薬)でさえ、魔女の毒を御すことができなかったのである。


そんなアンコントローラブルな「乗り手の命を奪う」兵器が存在することで最も得をする人間は誰か。
それがアーシアンである。

アーシアンはスペーシアンからの弾圧で疲弊しきっている反面、スペーシアンへの憎しみも強い。
そんな中、「命さえ顧みなければ」スペーシアンを圧倒できる兵器がアーシアンの手に渡ったらどうなるか。
「自分が死ぬ前により多くの敵を殺す」ための泥沼のような戦争が起こるに違いがない。
スペーシアンとの圧倒的な経済力と物量の差を、アーシアンは覆すことができるようになるのだ。「命」を引き換えに得た力を以て。

そのような戦争が起きれば、必ずスペーシアン側にも甚大な被害が出る。今まではせいぜいテロの鎮圧程度の規模だった小競り合いが、宇宙全土を巻き込んだ大戦争になる。

だからこそ、デリングはGUNDフォーマットという呪いを、魔女たちを殺すことによって解毒したのである。

つまり、デリングは戦争を起こさないためにヴァナディース機関の全員を殺害しようと目論んだのだ。
そして、「支配するスペーシアンと、支配されるアーシアン」という歪な秩序を、それが歪と知ってなお維持しようとしたのだ。

しかし、結局その目論見は外れ、レディ・プロスペラやベルメリア・ウィンストンのような「魔女の生き残り」たちが、再び戦争を引き起こす毒、即ちガンダムを製造しはじめてしまったのである。

 毒1
毒2



デリングがガンダムを認める理由


しかし、デリングの目的がガンダムという戦争を引き起こす「毒」の解毒であるならば、本編でのデリングの行動には不可解な点がひとつある。

ミオリネによる『株式会社ガンダム』の設立を許した点だ。
ミオリネの設立した株式会社ガンダムは、「GUNDフォーマット技術による医療技術の研究開発」デリングが解体したヴァナディース機関と全く同じ事業内容を持つ。
にも拘わらず、なぜデリングは会社設立を許したのか。

それはひとえに、彼がミオリネの父親だからである。
彼は、自分の娘のミオリネに対して常に試練を与えてきたのだ。すべてはミオリネが成長するため、権謀術数と力が支配するベネリットグループで自分の後継として「生き残らせる」ために。

ベネリットグループでは力が全てで、デリングでさえもその論理からは逃れられない。実際、デリングは本編で何度も暗殺を企てられている。
そんなベネリットグループで、自分の後継者、つまりトップとして生き残るためには、並大抵の力では不足なのだ。

だからこそデリングは娘のミオリネに試練を与え続けるし、それを乗り越えるために「進む」ミオリネの足を引っ張るようなことは絶対にしない。

ではミオリネは株式会社ガンダムの設立によって、何に向かって「進んだ」のであろうか。

それは、『GUND技術』という毒の解毒であり、魔女の呪いの解呪である。

現状のGUND技術は命と引き換えに莫大な力を得る呪いの契約に成り下がってしまっているが、ヴァナディースがGUND技術で目指した未来は本来そのようなものではない。
人間を宇宙環境に適応させるための医療技術なのだ。この技術の恩恵を最も受けるのは、宇宙で暮らしているスペーシアンのはずなのである。
つまり、GUND技術とは本来スペーシアンの、ひいては人間にとっての『祝福』であるはずなのだ。

デリングの解毒は不完全なままで終わった。
全てのGUND技術関係者の殺害、という手段によってGUND技術の『祝福』を『呪い』に変える事と引き換えに、アーシアンとスペーシアンの歪な平和を勝ち取ろうとした。
しかしその不完全な解毒でさえも失敗し、結局はレディ・プロスペラやベルナルド・ウィンストンのような毒を残してしまった。

だからこそ、デリングは自身の娘であるミオリネに対して、
「GUND技術の解毒」を継承させたのだ。
完全なGUND技術の解毒。『呪い』を排し、『祝福』だけを受け取るための完璧な解毒を、ミオリネに託したのだ。

デリングがミオリネに対して言い放った「逃げるなよ」という言葉は、自分が逃げてしまった完全なGUND技術の解毒、血塗られた「魔女の呪いを解く」という営みに立ち向かうミオリネに向かって発せられた、彼なりのエールなのかもしれない。

「逃げるなよ、お前が考えている以上に、ガンダムの呪いは重い」


最後に; 北欧神話と水星の魔女のつながり


ヴァナディース機関は、おそらく北欧神話のVanadís(ヴァン神族の女神)が語源であるように思う。

北欧神話において、ヴァン神族はオーディン率いるアース神族に『グルヴェイグ(黄金の力)』という女神を送り込んだ。

グルヴェイグは特殊な魔法を使ってアース神族の女達を唆し、それに怒ったアース神族は、槍で何度も突き刺したが、彼女は死ななかった。
同胞であるグルヴェイグを槍で刺されたヴァン神族は激怒した。
このことは、最終的にヴァン神族とアース神族を巻き込んだ抗争に発展した。

この抗争が終わりを迎え和解する時、ヴァン神族とアース神族の全員はそれぞれの唾液を一つの器に垂らし、それを和平の証とした。そして、その和平の証が消えてしまわぬように、その唾液に人間の形を与え、『クヴァシル』という人間を作り出したという。


どこか、水星の魔女とリンクしているような気がするのは気のせいだろうか。
ヴァン神族、つまりヴァナディース機関が作り出した魔女の力(グルヴェイグ)と、それを巡る抗争。
グルヴェイグを槍で突き刺したアース神族は、そのままヴァナディース機関を武力で解体したベネリットグループとも重なる。

北欧神話になぞらえるのであれば、和平の徴たるクヴァシルはエアリアルだろうか。
つまり、ルブリスを巡って生まれた『呪い』をエアリアルが『祝福』に変える、水星の魔女の今後の物語はそんな決着を迎えるのではないだろうか。

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