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第二十三回「寸志さん、お得意の「鮫講釈」の元は誰の講談なの、の巻(寸志滑稽噺其の二十二)

杉江松恋(以下、杉江) その二十二は、「浮世床」「鮫講釈」「反対俥」ですね。
立川寸志(以下、寸志) 「反対俥」がネタおろしです。

■「浮世床」

【噺のあらすじ】
床屋で順番を待っている男たち、思い思いのことをして暇をつぶしている。へぼ将棋を指している者、講談本に読み耽る者。中には図々しく居眠りをしている者までいるのだが。

杉江 じゃあ、順番に行きましょうか。「浮世床」からです。長い噺で「将棋」「本」「夢」など、分解が可能ですから寄席ではいっぺんに全部聴くことは珍しいですが。
寸志 このときの「浮世床」はフルバージョンでやってます。初演の会の「寸志ねたおろし」でネタおろししたものです。憶えたのはひと月くらい前です。たぶん(立川)左談次師匠の音源聴いてやりたくなったんじゃないかな。軽くていいですよね。
杉江 「本」のところとか、左談次口調でやるといいですよね。アンケートに「流れるようで気持ちよく聴けました」ってありますけど、たぶんこれ寸志さんが影響を受けて左談次口調だったんですよ(笑)。
寸志 ですね。「まか、まから、まから……じふらふざへもん」とかね。あと杯洗の「チチンツテンテン」とかも、完全に左談次口調ですね。このネタは好きなんだけど、僕じゃないなって感じがするんですよね、あんまり。でも、江戸っ子同士の会話でポンポン行けば楽しいし。本当のことを言うと、最後の「夢」はそれほどいいと思っていなくて、「将棋」から「本」までが楽しくできればいいかなあと。それで思い出しましたけど、四代目(三遊亭)円之助師匠の音源も好きなんですよ。亡くなった(四代目三遊亭)小圓朝師匠のお父さんの。将棋の早指しのところとかは参考にしましたね。
杉江 実は「将棋」の音源とかあまり聴いたことがないんですよ。「本」とか「夢」とかはよくあるんですけど。私が好きなのは前の(十代目桂)文治ですね。あの口調でカーッとやられるとおかしくておかしくて。
寸志 おかしいですよね。でも、僕にとっては「浮世床」はやっぱり憧れが強くて、ザ・左談次っていうところです。でも、こういう演目が軽くできるといいな、とは思う噺ではあるんですよ。
杉江 これは逃げ噺(時間調整などのため、短くやってひとまずウケさせることのできる噺。どこで切ってもいい)として憶えたわけじゃないんですか。
寸志 はい、そういう手駒を持つというよりもより積極的に、軽ーい噺を軽ーくして、「お後が大勢」みたいな感じで降りたい、ということですね。
杉江 なるほど。前のほうの上がりでやるわけですね。最近やってますか。
寸志 やってないです。このときがラストです。
杉江 今おっしゃった「将棋」から「本」で終わるというのは本当にふんわりしていいと思うんですよ。「夢」まで聴くと、そこまで全部やるんだ、って私は思いますもの。
寸志 そうなんですよね。「夢」は途中あまり笑いどころがないんですよね。引きこんどいてサゲをぶつける。「誰だい、『半ちゃん、一つ食わねえか』って起こしたのは」と言った時のお客さんの反応とかは好きなんですけどね。
杉江 あのフレーズだけは楽しみですね。
寸志 そうなんですよ。
杉江 (立川)志らくさんがよく言う、そのフレーズを言わないならその噺をやるな、というやつですよね。

■「鮫講釈」

【噺のあらすじ】
東海道、宮・桑名宿の間は海路である。その船が海の真ん中に来たときにぴたりと止まった。どうやら鮫に見込まれて乗客の一人が呑まれるらしい。見込まれたのは講釈師だった。

杉江 「鮫講釈」は寸志さんの得意ネタですけど、このときは十一分バージョンなんですよね。「NHKのコンクール(新人演芸大賞予選)用に十一分でやります」って宣言して、時間計りながらやってました。
寸志 ああ、そうですね。予選のために応募動画を作る必要があって、そのための十一分バージョンなんですよ。もう新型コロナウイルスの時期に入っているんで。
杉江 あ、そうか。落語家を集めるんじゃなくて、動画を撮ってもらって審査するシステムになってたんですね。
寸志 ここ二年くらいそうですね。「鮫講釈」はそういう意味でも自信を持っていて、「じゃ、こことここをカットして」という編集を迷わないくらいにお腹の中に入ってます。たぶん、ここまで取っておいたんでしょうね。
杉江 やるネタが無くなったときのために。
寸志 「御神酒徳利」という噺があるでしょう。最後のほう、西から東海道をずっと江戸に戻ってくるところに道中付けの言い立てがあるじゃないですか。「御神酒徳利」を得意にしているある師匠の話なんですけど、その言い立てを自分の体調のバロメーターにしてるんですって。例えばその日、自分の調子を確かめようと思ったら言い立てをバーッとしていって、「ああ、今日は大丈夫。口回るな」とか「あれ? 今日はなんかあんまり調子良くねえな」とか確かめる。
杉江 ああ、なるほど。
志 僕の中でそういうバロメーターに当たるのが、この「鮫講釈」です。例えばお風呂入りながら「さても、その夜は極月十の四日」とかやりますよ。まあ、なんで落語でやんねえんだって話ですけど(笑)。この部分が好きなんですよね。「鮫講釈」はこれまで二人に教えたことがあります。一人は(三遊亭)遊かりさんでした。
杉江 何かと交換ですか。
寸志 「鷺とり」です。で、もう一人は桂伸び太さん。
杉江 桂伸治門下の前座さんですよね。
寸志 彼はものすごく熱心なんですよ。僕はまだ二ツ目なんで、そういうときには師匠(立川談四楼)の許可をもらうんです。遊かりさんのときにももちろんそうしましたし、伸び太さんの場合は前座さんなんで、「前座さんですけど、教えて構わないですか」と伺ったら「かまわねえよ。いいじゃねえか。芸協に『鮫講釈』が行くんだよ」っておっしゃってました。
杉江 芸協の「鮫講釈」は別系統のものもありますね。神田派からもらったのかな。寸志さんのとは鮫の仕草が違う。
寸志 あ、思い出した。いいですか、この話して。
杉江 (笑)。どうぞどうぞ。
寸志 家元(立川談志)のひとり会の音源で、「私の好きな芸」という題名での漫談があるんです。これを「早起き名人会」で流したことがあるんです。そのとき声帯模写の松井錦声先生を呼び入れて、家元が、「私の好きな講釈をやってもらおうと思うんです」って。(神田)伯龍とか、(一龍斎)貞山とかの物真似をしたんです。
杉江 貞山は先年無くなった八代目の前の前、たぶん六代目ですよね。
寸志 で、たぶん貞山の真似だったと思うんですけど「鮫講釈」で出てくる、「但馬の国豊岡、京極の家老で石塚源五兵衛は、隠居して名を魯山」っていうところを僕は凄くよく覚えていて、それなんです。だから、僕の「鮫講釈」のあの口調は、「松井錦声の貞山」なの。
杉江 そうなんだ(笑)。
寸志 あの音源が僕は耳に残っているんです。それこそ高校時代は繰り返し繰り返し聴いていたから、そのコピーになっちゃった。
杉江 おもしろいですね。そういう講談に対する興味があるのとないのでは大違いだと思うんです。「鮫講釈」やるならそういう関心がないと、単に口調だけやっても楽しくないんじゃないのかなあ。
寸志 僕も「好きで聞き込んでる」なんて到底言えないレベルですけどね。これはまあ、申し訳ないけど、若手と言われる人の中では僕が一番いいと思うんです、「鮫講釈」は。「鮫講釈」の講釈に関しては自信を持っています。
杉江 この噺は、僕が一つお願いしたことがありましたよね。『東海道でしょう』(藤田香織と共著。幻冬舎文庫)という本を出したとき、神奈川県立歴史博物館の市民セミナーみたいなところで東海道に関する講演をやったんだけど、単に素人が話したんじゃつまらないからって、寸志さんにサプライズゲストで来てもらったんですよね。桑名宿に差し掛かったところで突然出てきて、「鮫講釈」をやってもらった。
寸志 ああ、やりましたね。楽しかったなあ。
杉江 あれびっくりしてましたからね、お客さんが。何が起きてるのか、みたいな顔になってましたからね。
寸志 しかも、なぜか僕のおなかのところがずっと光っているの。「あの噺家さん、腹になんか映ってるぞ」って。あとで写真見たら、プロジェクターの電源を消し忘れてた。
杉江 そうそう。ドラえもんのポケットみたいになっちゃってたんですよね(笑)。

■「反対俥」

【噺のあらすじ】
これから鉄道に乗ろうという男、急いでいるので人力車に乗ろうとするが、つかまったのはとんでもなくのろい車だった。呆れて降りたが、今度は正反対の早すぎる車が来る。

杉江 次はネタおろしの「反対俥」です。
寸志 これは(立川)キウイ師匠から教わりました。キウイ師匠は八代目の(橘家)圓蔵師匠から教わってるんですね。「八代目圓蔵からもらった」という、そのルーツをもらえたのはありがたかったです。
杉江 円鏡の圓蔵ですね。それは欲しいでしょう。
寸志 でも、キウイ師匠は教え方が独特なんですよ。「こうしてみようか」という提案が。「じゃあ、君が土管を十一回跳べるようになったら上げて(完成と認めて、口演を許可する)あげる」とか。他にない基準で。
杉江 独特すぎる。土管十一回跳ばなくていいでしょう(笑)。
寸志 だから僕は二回しか跳んでません。
杉江 膝に悪いしね。
寸志 はい。特に工夫してるところも、そんなにないかな。「反対俥」はいろんな工夫するじゃないですか、皆さん。空飛んだり、水中潜ったり。前回の「桃太郎」の話にも通じるんですけど、僕がやりたいのは「落語黄金期の落語」で「その頃に現代として入れた現代」までを噺に入れたいんです。もちろん今から見れば相当昔なんだけど、そこで現代という要素は止めて、なるべく黄金期に近い落語をやりたいんですよ。そう言うと「寸志、志低いな」って思う人もいるかもしれないですけど、それが根っこの部分なんです。もちろんウケるための工夫は惜しまないですけど、本当にやりたいのはそっち。となると、「反対俥」もある時点で止めておきたいんですよ。あと、水潜ったりするのは講談の「海賊退治」の真似と言えば真似でしょ。パクリではないけど同一アイデアだからなあって、そういうこと思っちゃうから、あんまり激しい改変はしてないですね。もちろん走り回ったりもしません。
杉江 客席をね(注:キウイさんは走ります)。
寸志 いちど走ってみようかなと思ったこともあったんですけど、僕がやってもあんまりウケないでしょう。やっぱりああいうのはキウイ師匠とか(快楽亭)ブラック師匠がやるからおもしろいわけで。
杉江 Twitterで「乱心した」って書かれますよ。「寸志、乱心! 突然客席」。
寸志 「とうとう走った。キウイ師匠からの指示か?」みたいな。ああ、(アンケートを見て)「今度はキウイ師匠バージョンでお願いします」って書いてあるなあ。
杉江 走れってことでしょ。跳べってことでしょ、これ。
寸志 疲れる噺なんですよ。身体動かすし。もっと歳を取ったときにやったほうがいいのかもしれません。それこそ左談次師匠の「反対俥」は何回か聴いたことありますけど、若さでやる二ツ目と違って、ワーッとかやるんじゃなくて、身体の揺れもほどほどなんです。「ちょっとやってみました」ぐらいで。「歳を取ったときに、ちょっとやってみたよん」ぐらいな感じが僕にはいいのかな、と思いますね。
杉江 僕は十世(桂)文治のが好きなんですよね。もう枕の小噺から文治の世界で。笛をピピーッ、ズドーン、ロンドン(各自調査)。
寸志 そこなんですよ。だって、それってもう完全に戦前のギャグじゃないですか。そういうクラシカルなところで止めておきたいですね。
杉江 前の東京オリンピックより前ってことですよね。1964年ぐらいまで。
寸志 そうです。「反対俥」なんか、明治における現代の噺なわけだから、そこで止まっていてほしい。でも僕も「花を召しませ、召しませ花を」の歌を入れて、「それ戦後だろ」ってツッコミは入れましたけどね(注:岡晴夫「東京の花売り娘」)。
杉江 なんて屈折したツッコミなんだ(笑)。
(つづく)
(写真:川口宗道。構成:杉江松恋。編集協力:加藤敦太)

※「寸志滑稽噺百席 其の三十四」は8月25日(木)午後8時より、地下鉄東西線神楽坂駅至近のレンタルスペース香音里にて開催します。前回の模様は以下のYouTubeでダイジェストをご覧になれます。コロナ対策の意味もあるので、できれば事前にご予約をいただけると幸いですsugiemckoy★gmail.com宛にご連絡くださいませ(★→@に)。



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