貴方を「愛」している人たちがここにいるよ。『劇場版名探偵コナン 黒鉄の魚影』感想

 今年のコナンの映画、本当に本当に、ほんとーーーに、面白かった! 面白すぎて五回も観に行ってしまいました。五回中一回はMX4D、もう一回は応援上映のスタイルで。応援上映、初めてチャレンジしたけど楽しかった。ラムが登場するシーンで「俺にもマグロにぎってーー!!」と叫ぶお兄ちゃんがいたり、灰原の「待たせるの好きよね、新一君」のシーンで「新一君記念日だ!」って叫ぶお姉さんがいたり。みんな訓練されたのかと思うほどに合いの手が見事でした。私も「かっこいいよコナン君!」「さいこーだ新一!!」って思うままに叫びました。

 そんなわけでここからは感想文。

ポスター


TOHO THEATER LIST/東宝配給作品の上映劇場一覧  より


劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影(サブマリン)』 より

 メインビジュアル、ティザーポスター共に過去最高レベルに人数が多い! コナンと灰原、赤井と安室、黒田とラムというように対になったキャラクターが多いね。博士と、キールこと水無怜奈こと本堂瑛美がティザーに出てくるの、何気に初めてじゃないか? ストーリーの展開的にはがっつり踏み込むレベルで関わっていたからな……そしてジンの兄貴センターおめでとう!! はっきり正面から顔を見せにいくスタイルおめでとう!! 

オープニング

 ここ数年、メインテーマのアレンジがくせつよな傾向になりつつあるのですが(『ゼロの執行人』みたいなのとか好きだよ!!!)今回も多分に漏れず……。冒頭から海の中へ潜っていくときのようなくぐもったサウンド、しっかり聞かせてくるベース音で満足度が高かった。個人的に灰原が幼児化するときのバックで流れていたドロドロした低音が癖になっています(伝われ)。
 というより近年はオープニング映像も使い回しでなくアレンジが出てきたよね。今回はシルエットが多用されている演出で見応えあった(けど初見さんに伝わったかな……?)。APTX4869が流れていく所とか凝視してしまったのだが。

好きなところ


①灰原哀と彼女を取り巻く愛の話

 「灰原哀」という名前は単行本18巻でもちらっと触れられているように、博士が「愛」という字にしようとしたら却下されて「哀」になったというエピソードがある。登場時の彼女は自らを孤独で誰からも愛されず、浮いた存在として捉えていたし、吹けば飛んでしまいそうなほどに儚く、暗い存在だったのだ。実際本編中でもいじめられていた小学生時代(原作のエピソードでも言及あり)、メンバーを「彼ら」と他人行儀に呼んでいた組織の女としての時代について触れられている。
 今作では幼少期に宮野志保と面識のあった女性、直美・アルジェントが登場する。イタリア人の父と日本人の母の間に生まれ、アメリカの学校に通っていた彼女は東洋系の見た目を同級生にからかわれていたところを志保に助けられていたのだ(原作のエピソードがリンクしてきてびっくりした)。これを機に、彼女は人種や世代の違いによる差別をなくそうと決意し、今作のキーアイテムのひとつ、「老若認証システム」を完成させる。まだ「シェリー」になる前の彼女が、すでに誰かの大きな指針となっていたのが感動的だ。
 さらに潜水艦からの脱出、コナンによる救出を経て、灰原は蘭に「良かった、もう大丈夫だからね」と抱きしめられる。灰原は蘭に姉、宮野明美を重ね合わせ、「大丈夫だから」と笑ってくれた姉の姿を思い出す。組織の中で孤立していた彼女にとって互いに唯一の肉親だった明美。研究に追われる機械的な日々の中、彼女が「シェリー」を「志保」に戻し、人間らしく生きていることを実感させてくれたのではないだろうか。
 こうして見ていくと、「宮野志保」をきっかけに差別のない世界を求めた直美、「シェリー」である妹を常に「大丈夫」と支え続けた明美、そして死に損なって「灰原哀」となった彼女を無条件に受け入れてくれる少年探偵団、家族同然となった博士、姉のように気にかけてくれる蘭、逃げずに生きることを諦めさせてくれないコナン。孤独だった彼女を愛している人がちゃんといたのだ。昔も今も。
 彼女の過去や未来を何も知らなくても、「今ここにいる」ミラクルキュートでかけがえのない少女を誰かが見ている。

②灰原哀と江戸川コナンという断ち切れない関係

 灰原哀になる前のシェリーが唯一頼れると信じた相手が同じくAPTX4869によって幼児化した工藤新一だった。新一の代わりに出会った阿笠博士を経て「江戸川コナン」にたどり着いた彼女は、彼の並外れた推理力、普通なら「チェックメイト」となる難事件も諦めず突破していく強さを目の当たりにする。そして彼女は糾弾した。「どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったの?」貴方ほどの人間が、どうしてお姉ちゃんを死なせてしまったの。灰原の悲痛な叫びがコナンに、忘れかけていた『宮野明美の死』を思い出させる。月影島の浅井成美と出会うよりも前、「頼んだわよ、小さな探偵さん」の言葉と共にコナンの手を(文字通り)血に染めた女性こそ、灰原にとってかけがえのない存在だったのだ。彼女に対してコナンがすべきことは第二、第三の「宮野明美」を救うこと。それを隣で見てもらうこと。だからコナンは灰原が少しでも諦めようとする時、死へ引かれようとする時、「逃げんなよ」と手を引くのだ。自分の過ちから目を逸らさない、逃げずに「黒ずくめの組織」という脅威にも立ち向かってみせる、そのことを証明したいから。コナンが新一に戻りたいのは、蘭と再会して自分の思いを自分の声で伝えなければというモチベーションもあるが、灰原の存在も間違いなく原動力となっている。なんてたって、APTX4869の解毒剤は彼女の存在なしにはできないからね。
 終盤の「バイバイだね、江戸川コナン君…」からの「そんな顔してんじゃねーよ!」の流れはぐっときてしまった。灰原はコナンと別れる時、つまりコナンが新一に戻るときにそう言おうとしてるんだな、って。だけどまだコナンは元の姿に戻れないし、沈んでいこうとする灰原を諦められないんだ。
 ところで話がそれるが、灰原哀にとっての江戸川コナン(そして宮野明美)と似たような構図になる登場人物がもう一組いることを皆さんはお気づきだろうか。そう、バーボン(=安室透、降谷零)にとってのライ(=赤井秀一)、そしてスコッチ(=諸伏景光)である。安室が赤井を憎んでいるのは自分の幼馴染であり、同僚でもあるスコッチを自殺させたから。気に食わない男でありながら、安室の中には赤井の実力と人間性に対する絶対的な尊敬と信頼がある。ゆえに、赤井ほどの男がなぜ自殺させてしまったのかといくら悩んでも答えの出ない問いに怒りを覚えるのだ。なお、その理由は階下からの足音(=バーボン)に気を取られ、掴んでいた銃から手を離してしまったからなのだが、赤井がその残酷な真実を伝えるのはいつになるのだろうか。灰原とコナン、バーボンとライ。貴方ならお姉ちゃんを救えたはず。お前ならスコッチを、ヒロを生かしてやれたはず。そう考えるとティザーポスターの二人の立ち位置も納得がいく。劇中で二人が、互いを組織に潜入していた頃のコードネームで呼び合うシーンは憎しみを裏返した確かなリスペクトと信頼の表れだ。

③灰原哀と毛利蘭というほっとけない関係

 灰原哀にとっての毛利蘭は、姉そっくりの存在だ。彼女の言動やその奥に込められた思いがどこか姉を想起させる。姉という彼女にとってそれまで唯一確かな「愛」だった何かを蘭にも感じるからこそ、最初は避けていたものの、次第に彼女の持つ強さと温かさに惹かれていったのだ。劇中で灰原が蘭に貰った「大丈夫だからね」という、不確かだけどついていきたくなる言葉。自分が何者か知りもしないのに、必死になって助けてくれる姿。
 ところで明美の恋人であった赤井秀一もまた、泣いている蘭を明美に重ね合わせたことがある。「平静を装って陰で泣いていたバカな女」。いつも明るく振る舞っていた明美の「弱さ」の部分までもが蘭と明美の共通項だ。バカな女。そして自分も彼女を守れなかったバカな男である。
 そんなわけで、灰原と赤井が工藤新一=江戸川コナンに託すものは大きいのかもしれない。彼女の幸せを、彼が彼女を幸せにするところを見届けなければならない。
 

④灰原哀と阿笠博士という父娘関係

 灰原にとって姉に似ている存在が蘭ならば、父親代わりとなるのは阿笠博士だ。行き倒れたシェリーを助けだし、「灰原哀」という新しく生きるための名前をつけてくれた。
 劇中で、攫われた灰原を連れ戻すために博士とコナンは組織のメンバーを追い詰める。しかし、あと一歩のところで逃してしまう。少年探偵団の保護者役で、いつも頼れる男であった博士が崩れ落ち、涙を流すのを見ながらコナンは「ぜってー連れ戻す」と決意を宣言するシーンは印象的だ。しかしその後、必死になるあまり冷静さを欠いたコナンの行動を窘めるのも博士の役目。諦めること、涙を流すことが許されないコナンと違って、涙を流すことで冷静さを取り戻した博士。焦って探偵バッジに呼びかけるコナンの小さな手を止めた博士の大きな手、我に返ったコナンの表情。このシーンは作画の表現と演技の力が相まって、落ち着かねば、でもどうする? という緊張感がひしひしと伝わってくる。
 一方で直美の父が狙撃される場面、キールこと本堂瑛海は父を思い出すが、灰原は姉、宮野明美を思い出すのだ。彼女の「家族」は生まれた時から姉だけだった。「血のつながった」父との思い出を持たない灰原。父親はいないのが当たり前だったため「父親を失ったことがない」灰原。
 切なくなったけど大丈夫だ、灰原には生きて帰るべき場所があるし、家族となってくれる存在がある。だから灰原は「貴方には生きる義務があるの」と直美に手を差し伸べた。

 さて、これを書き終わったらもう一度観に行こうか。早くも来年の特報が待っているらしい。愛に溢れた素敵な映画に感謝を込めて。

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