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人違い

高校の頃、隣のクラスにヤッさん(ヤーさんではない)という奴がいた。
サッカー部だったヤッさんは、他校にも名を轟かせる程のエースストライカーで、僕は彼と顔が酷似していた。
あまりにも似すぎていたため、顔が似ているという理由だけでサッカーが上手いと勘違いされた僕は、球技大会でトップ下にコンバートされたのはいいが、サッカーなんかまともにやった事もなく、サッカーといえば毎週読んでいた少年ジャンプの「キャプテン翼」くらいの知識しかなかったため、何度か来るシュートチャンスも「ウォォォォ!!」と、雄叫びを上げながら翼くん直伝のドライブシュートを試みるも、ボールには全くかすりもせず、ただゴールキーパーを威嚇するだけで終わり、なんかのフェイントなのか、作戦か、そのうち誰と何の戦いをしているのか分からなくなったあたり、全く動いてないのに息が切れ始めたあたりで選手交代を言い渡される始末で、まったくもっていい事はなかった。 

ヤッさんと本当に間違えられた事がある。
ある日、街中を歩いていると隣の高校の制服を着た男子が何人か、道端で立ち話をしていて、横を通り過ぎようとすると「チワス」と挨拶をされた。
当時から強度の近眼のうえ眼鏡をしていなかった僕は、人を見るたびに目を細める癖があって、ヤンキーが喧嘩を売るような顔で誰なのかを伺っていると、その中の一人が「今日は練習ないんですか?」と言った。
僕は咄嗟に「ないよ」と答えたんだが、その後、なんの?と思った。
部活は軽音楽部に所属していたが、年に何回かしか顔を出さない幽霊部員だったし、校内の行事も殆どボイコットしていたため、練習と名のつく行動はした事がなかった。
僕は、なんの話をしているのか分からないまま「練習なんか、した事ないし」と言うと、えぇっ!?と驚愕の声が上がり、僕も、えぇっ!?と少し引いた。なに?このリアクション。っていうか、君たち誰?僕の事をヤッさんと信じて疑わない隣の学校の生徒たちは、押し黙ったまま僕を見ていた。僕はこのままこの場所にいたら、なんか取り返しのつかない事になるような気がして、じゃあね、と言って、逃げるようにその場を後にした。

ヤッさんと間違えてたのか、と気づいたのは家に帰ってしばらくしてからだった。ヤッさんの顔(僕)を知っていたところを見ると、おそらくサッカー部だったのだろう。
サッカーのメッカ、静岡では小学生のサッカーチームが無数に存在し、その数は少年野球を遥かに凌ぐ。その中でメタメタに鍛え上げられ、篩にかけられ生き残った僅かな者だけが上に上がれる。高校サッカーはその中でも最上位にあり、そのままプロになる者も多く、弱小校とはいえエースストライカーといえば地域の中ではトップ中のトップだ。そんな所に君臨する奴が「練習をした事がない」という。
彼らが驚くのも無理はない。
試合の時だけフラッと現れ、点を取りまくって帰っていく。その名は「ヤッさん」
いや、そんな奴はいない。
なぜなら、そいつはニセモノ(僕)だから。
その後、噂が誇張され「伝説のストライカー、ヤッさん」の誤った逸話が代々受け継がれていったのかどうかは、定かではない。

人違い


先日、商店街を歩いていたらお客さんに会った。
人の顔と名前を全く覚えられない僕は、外で急に声を掛けられても対応が出来ないので、普段はなるべく人の顔を見ないように歩いているのだが、その日はたまたま、その人と目が合ってしまった。
数日前に腰の治療に来たお客さんだ。と思った。
「こんにちは!」と挨拶をし「(腰の)調子はどうですか?」と、声を掛けながら近づいていく、途中で僕は気付いた。
全然、知らない人だ。
そのご婦人は、ええっ!?私?と目を丸くしてして、僕も、ええっ!?だれ?と目を丸くした。
そのまま吸い続けたらコロナになりそうな変な空気が流れた。みるみる顔が熱くなり、汗が出る。緊急事態宣言が発令された。ソーシャルディスタンス、したい!できればずっと遠くの方まで!
謝ろうか、このまま走って逃げようか、それとも謝りながら走って逃げようか、などと混乱していると、そのご婦人は、そんな僕の気持ちを悟ったのか、自然と出た社交辞令なのか分からないが「おかげさまで」と言った。
その一言で、なんとなく全部が曖昧になった。日本人で良かったと思った。アメリカ人だったら銃で撃たれていただろう。(そんなわけあるか!)
そして僕は、「じゃあまた」とその場からまた逃げるようにして店に帰ったのだった。

暖かくなると変な人が増えるので気をつけましょう。

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