社会を批判すると

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世の中には、

「企業は目先の利益を追いかけるだけ!」

「大きな組織は裏でなにをしてるかわからない!」

などと熱く批判する人がいますが、批判をする人は、自分の都合や目先の利益のためにウソをついたこともなく、やましいことをした経験もないんでしょうか。


「人」は目先の利益を追う動物ですから、人が構成する「企業」も目先の利益を追って当然です。
企業や組織は、目先の利益を追う人が構成しているものですから、その集合体である社会ももちろん汚れています。
人として大切なのは、社会の汚れを理解した上で、いかに自分が潔白でいられるかということです。


不誠実な人が作る社会は不誠実な社会になり、争いを生み出します。
誠実な人が作る社会は誠実な社会となり、愛を生み出します。


「社会が不誠実だから私も不誠実にやるわよ」では、社会はなにも変わりません。


「人が不誠実だから社会が不誠実なのね」と気付くことで社会は変わります。
不誠実な「社会」が先にあるわけではなく、不誠実な「人」が先にあるんです。


社会が不誠実なのは、それを構成する人間一人一人の行動の結果です。
ですから、社会批判は、自分で自分の首を絞める行為なんです。


ということで、感情的になって社会を批判していると、知恵のある人たち、つまり「長く愛する力がある人たち」は、あなたを避けて通り過ぎていきます。

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