ラーメン屋が真に反体制的である理由

ラーメン屋は反体制的存在になりうる。
これは、某リベラル系論客や保守論客が経営してる店ではなく、ごく一般的などこにでもある家系や二郎などが反体制的なのだ。

ODやエナジードリンクなどで快感を得るのと同じような感覚で、快感の代わりに寿命を縮めることができる。これはコロナ禍の生権力的な風潮に真っ向から反発するものであり、親や先生に老後のことを考えていい大学に通い、いい企業に入りなさいと教えられて育つチー牛達に現代社会において稀なファナティックな視点を与えてくれる。ラーメン屋に置いて身体は新自由主義と資本主義の元に自由を手に入れる。
まあ別にチーズ牛丼でもハンバーガーでもいいだろうけど。
おそらく、二郎のような労働者の健康を乱すような料理は共産系のディストピアにおいては存在を許されない。
ここに人生の楽しみが詰まっている。

さらにラーメンの画期的なところは、敗北濃厚である、嫌煙権やアルハラなど、ポリコレ社会の文脈に目をつけられてないため、身体をかなり合法的に悪くすることができる。

若者は快楽に溺れることにより、老人から時間という資源を奪える。安楽死したい若者とってはうってつけだ。

だから、我慢して安楽死を認めてくださいなどほざく暇があるなら、ODやエナドリ、ラーメンを食べて体のそこから痛めつけよう。

それこそが僕たちが失われた人生を取り戻す唯一かもしれない方法なのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?