作者のバックグラウンドを知るということ

作家、水村美苗さんをご存知でしょうか。

夏目漱石の未完の長編「明暗」の続きを書いた「続 明暗」で芸術選奨新人賞を取り、一躍有名となった方です。
その後も出版する本の全てが何かしらの賞を受賞している作家で、親の都合により12歳の時にアメリカに移住し20年間暮らした後、日本に帰国したバイリンガル作家です。

私はつい一週間前まで全く知らない作家でした。
それが...今では私の知っている作家の中で一番詳しいと言えるくらいになりました。笑

たった一週間で何が起きたのか...?

それは...ある1つの依頼で起こりました。

「1週間で5冊の本(指定された)のそれぞれのあらすじ(200文字以内)と読んだことのない人が読みたくなるような紹介文(200文字以上)に作家の紹介(200文字以上)を書いてください(全部で3000字~5000字)」

本に関係したライティングで依頼を受けたかった私は、依頼内容のスケジュールのきつさに驚きながらも、諦めるという選択肢はなく…。
5冊を「読め」とは一言も言われていないけれど、全く読まずして、あらすじとおすすめ文は書けないし、自分らしさをもって書くためには指定された本を読むしかないと思った。
今回依頼で挙げられた本は水村美苗の処女作から最近のまでの5冊。

「続 明暗」
「私小説 -from left to right」
「母の遺産」
「日本語が亡びるとき -英語の世紀の中で」
「本格小説〈上〉」

普段の私の本を読むスピードは1週間で単行本1.5冊程度。ページ数だと500ページくらい。いくら読んで書きたいと思っても全ての本を最後まで読んでから書くことは、悔しいけど、時間的にできない。
読み切ってから書くというのは早々に諦め、せめて読めるだけ読む方針に切り替え!

人生初の5冊並行読み!

しかし、それだけでは1冊あたりの情報量はとても少ない。

書評を読むのが嫌いなので、普段は全く見ません。作者のプロフィールも普段だったら全く気にかけない。その本がどんな賞をもらっているのかも、その本を書いた作者の背景も話には直接関係してこないので、情報を仕入れようと思ったこともない。

しかし、今回ばかりはそう言っていられない...。

読み切ってもいない本をネタバレ覚悟で書評を確認し、大雑把なあらすじと読んだ人がどのような印象を受けるのか情報を収集。
さらに作者紹介を作成するために、wikiで得られる表面的なプロフィールに加えて、インタビュー記事も読み、水村さんがそれぞれの本を書いている時の背景などの情報まで収集。

そこまで情報収集をしながら本を読んでみたところ、初めての感覚を体験した。
1章読んでは次の本という形で5冊を順繰りに読み、だいたい2章ずつ読んできたところで...この本の話は水村さんのいつ頃の話で、この本の意味はあの本のここに繋がっている、という風に本同士の横のつながりが見えてくるようになった。
今までも同じ作者で複数の本を読むことはあったが、そこまでの感覚を得たことはなかった。似ている表現や同じような雰囲気を受けることはあっても、作者がどういう状況でこの本を書いていて、その影響がそれぞれの作品のどこに表れているのかまで感じたことはなかった。

今回読んだ5冊のうち4冊は、実体験に基づいている。だからこそ他の作者のときとは違う感覚を得た可能性もある。
しかし同時並行で読み、作者のことも深く知った上で読んだからこそ、特に「日本語が亡びるとき -英語の世紀の中で」の中で水村さんが言いたいことにより納得感を持った。

「日本語が亡びるとき -英語の世紀の中で」は、英語が世界共通語となった今の社会の中で、日本語が亡ぶ危険性にさらされていることが書かれている。何も知らずにこの本を読んでも、なぜ亡びるのかという理由はわかるし、一応の納得はする。しかし、「なぜ水村さんがそう思うことになったのか」という背景を知っていることは重要だと思った。

水村さんはアメリカの移住生活に馴染むことができず、日本に対して強く恋焦がれながら思春期を過ごします。日本への恋しさは、両親が持ってきた日本の小説(主に近代文学。夏目漱石や樋口一葉など)を読むことで癒していました。しかし読んでいた本の中の日本は、明治時代の日本が背景であって、現在の日本を映しているものではありませんでした。そのため、少し間違った日本へのあこがれを持つようになってしまいます。
その結果、大人になって日本へ帰国することが簡単にできるようになった際にも、憧れていた日本と現状の違いに「私が帰りたかった日本と違う」と思い、帰国するのにかなりの葛藤を抱くことに…。また、自分が愛してやまない近代小説も、読まれる機会の少なさにショックを受けています。

水村さんがそういう背景を持っているからこそ、私のようにずっと日本にいる人とは違った目線で「日本」を捉えているのだと気付いた。そういう実体験に基づいた結果から出てくる内容だと知ると
「日本語が亡びるってそんなこと考えたこともないよ〜」
と思っていたにもかかわらず、「なるほど!」とより説得力を感じた。
水村さんのこれらの背景は、他の本を読んだからこそ得られた情報だった。(ググっただけだとわからない...)

水村さんの作品は、自分で小説を買おうと思ったときに選ぶ感じでの本ではない。こうやって半強制的に自分では読まないような本を読むことも初めての経験だった。
たまには、こうやって普段とは違う形で本を読む経験をしてみるのも得られるものが変わってきて面白かった。
できれば継続的にやっていきたいけど...1週間で5冊は、お財布的にも時間的にも厳しいのが現状...
また機会があったらやりたい。

まだまだ本に関わるライターまでの道のりは遠いですな。

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