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雌犬と女の奇妙な愛憎関係を描く全米話題作『雌犬』(ピラール・キンタナ)を刊行します

国書刊行会編集部(昂)です。
 
このたび衝撃的な内容が全米で物議を醸した、スペイン語圏屈指の実力派作家による話題作『雌犬』(ピラール・キンタナ/村岡直子訳)を刊行します。
 
2020年、柳美里さんの『JR上野駅公園口』が受賞したことで話題になった全米図書賞・翻訳文学部門(National Book Award for translated literature)。世界中の非英語圏トップクラスの英訳文芸作品が集まる同賞同部門ですが、そのとき、そこで覇を競った一冊の小説がありました。
 それが本作、ピラール・キンタナ『雌犬』(La perra)です。
 
2017年にコロンビアで刊行された本作は、当初は目立った宣伝は行われなかったものの、簡潔な文体でつづられた濃密で衝撃的な物語が読者間の評判を呼び、じわじわと売れ続けていました。
2018年にコロンビア国内の栄誉あるコロンビア・ビブリオテカ小説賞を受賞し、英訳が "The Bitch" の題名で刊行。英語圏でも瞬く間に評判になり、2019年の英国PEN翻訳小説賞を受賞、2020年には上記のように全米図書賞翻訳文学部門の最終候補となりました。そして今年2022年には、国際IMPACダブリン文学賞のロングリストにも選出されています。

英語版表紙

さらには大手制作会社のRT Featuresによる映画化も決定し、2021年時点で世界15か国以上で翻訳されるなど、今まさに大躍進を続けている話題作です。
 
書店・図書館・教育関係者様向けのゲラ読みサイト「NetGalley」で事前の試し読み公開を行いましたところ、
「凄いものを読んだ」
「最高に面白かった」
「人の心をあまりに鮮烈に描き出す恐ろしい本がまた一冊現れた」
 など、多くの方から、本作への熱烈な感想をお寄せいただきました。
(『雌犬』にお寄せいただいた感想はこちら。ご高覧下さった皆様、誠にありがとうございました。)
 
では、世界中の読書界で話題騒然となっている本作『雌犬』について、以下ご紹介します。

1.『雌犬』について

まず、内容についてご紹介。

原書表紙

舞台は、この世から忘れ去られたような、コロンビア太平洋岸の寒村。
断崖の上に建つ白人の別荘で、住み込み管理人として暮らす黒人女性のダマリスは、まもなく40歳を迎えようとしていた。
子供を望んでいたものの、夫との仲は冷え切り、不妊に悩んでいたある時。
偶然、親を亡くした一匹の雌犬をもらい受け、娘につけるはずだったチルリをいう名前をつけて、我が子同然に溺愛しはじめる。
だが雌犬は成長するにつれ、勝手気ままな行動をとるようになり、ダマリスは徐々に憎しみを募らせていくのだった……
 
そんな、一匹の雌犬とひとりの女が織りなす奇妙な関係を描いた愛憎劇です。
 
編集担当がスペイン大使館主催のNew Spanish Booksというブックイベントに足を運んだ折、担当の方から熱心なご紹介があったのが、本作の原書 "La perra" でした。
 
そして、その作品のレジュメを熱心な筆致で書かれていたのが、本書の訳者の村岡直子さんでした。
 村岡さんはこれまで、トニ・ヒル『ガラスの虎たち』(小学館文庫)、フェデリコ・アシャット『ラスト・ウェイ・アウト』(ハヤカワ文庫)、マイク・ライトウッド『ぼくを燃やす炎』(サウザンブックス)などの翻訳のお仕事をされています。
 
会場で担当のKさんが本作を熱心に勧めて下さったこと、そして「一匹の雌犬とひとりの女の愛と憎しみの物語」という、いかにも面妖な関係がメインとなったあらすじ、荒涼とした浜辺に船が上がった原書の表紙に惹かれて、村岡さんの熱心なレジュメを読みつつ、原書の評判などを精査して企画書を提出。
無事に企画が通り、Kさんから村岡さんをご紹介いただき、版権を取得して、この『雌犬』を日本で紹介できることになりました。
 
そしてしばらく経ったある日。村岡さんから楽しみにしていた『雌犬』の原稿を受け取り、わくわくとした気分で一読。
胸に風穴を開けられたような衝撃を受け、村岡さんにこんな感想をお送りしました。

『雌犬』全文拝読しました。
簡潔な文体による短い作品でありながらも、陰翳に富んだ、非常に素晴らしい作品でした。
ダマリスが雌犬を溺愛し、やがて殺すまでの心理の変化のプロセスが、確かな手腕の一人称視点で捉えられていて、恐ろしいほどにダマリスの気持ちが「わかって」しまいました。
貧困、格差、家庭環境、不妊、ジェンダーロール、人種差別などはもちろん、母性の在り方、愛と憎しみの在り方、人間と自然の不条理な在り方などなど、さまざまなテーマが、物語の展開とともに複雑に変化する切り口から織り込まれていて、いっさい救いのない話にもかかわらず、陰鬱な気持ちにはあまりならず、不思議なほど満ち足りた気分になる読後感でした。
これだけ面白く豊饒な作品ですので、読者のみなさまの反応も、今から非常に楽しみです。

村岡さんの訳文については、ひとつエピソードを。
弊社では、校閲部員が全ての刊行物を校閲し、誤字脱字や年号の誤り、表現の違和や問題点、表記などを細かくチェックしているのですが、村岡さんの訳文は、その綿密かつ丁寧な仕事によって、校閲部員に「言うことはありません」と言わしめた……ということがありました。
これは私の経験上初めてのことで、異例といってよいかもしれません。
村岡さんが校正者のお仕事もされているからかもしれませんが、ほぼ完璧と言ってよいほどの訳稿の精緻さには、本当に大変驚かされました。
 
『雌犬』は邦訳にして本文160頁弱のごく短い作品で、ゆったりとした本文組で文章もきわめて簡潔なので、早い人であれば映画を一本見るくらいの短い時間で読めてしまいます

しかし、そこで描かれているテーマや物語は圧倒的に濃密で、短く、一切救いのない暗い内容のはずなのに、「凄いものを読んだぞ」という大変な満足感があります。

2.推薦のことば

現在、『平家物語』『平家物語 犬王の巻』アニメ化が話題となっている古川日出男さんから、推薦のことばをいただきました。

全篇に乾いた〈距離〉が満ちる。
人が愛に渇いて、世界中が愛の雨を枯渇させて、乾いて。
物語はまさに〈断崖〉の上に立つ。

本作に通底する愛への渇きについて、物語の舞台である断崖と重ね、キリキリと胸に迫る切実さを感じさせる素晴らしい表現で触れていただいています。
 
また本作は、現代スペイン語圏の錚々たる作家たちも絶賛しています。

『雌犬』は、真の暴力を描いた小説だ。作者キンタナは、私たちが知らないうちに負っていた傷口を暴き、その美しさを示して、それからそこに一握りの塩を擦り込んでくる。
――ユリ・エレーラ

この本は、あなたを変える。残忍であると同時に美しいコロンビア沿岸の荒々しい風景のなかで、母性、残酷さ、自然の揺るぎなさに注ぐまなざしがここにある。結末は忘れられない。
――マリアーナ・エンリケス

この飾り気のない小説の魔力は、一見何かまったく別のことを物語りながら、多くの重要なことについて語ることにある。それは暴力であり、孤独であり、強靱さであり、残酷さだ。キンタナは、冷静で、無駄のない、力強い文体により、読者を驚嘆せしめるのだ。
――フアン・ガブリエル・バスケス

「愛」「渇き」「暴力」「残酷さ」「強靭さ」……
 
推薦文に登場するこうしたフレーズからも、本作が秘めた濃密で圧倒的な力が伝わってくるのではと思います。
 推薦のことばやあらすじを読んで『雌犬』に興味を惹かれた方、きっと間違いなく好みにぴったりとハマり、満足感のある濃密な読書体験ができると思いますので、大いにおすすめいたします!

3.作者ピラール・キンタナについて

作者ピラール・キンタナ(Pilar Quintana)は、1972年コロンビアのカリの比較的裕福な中流家庭に生まれます。
教皇庁立ハベリアナ大学卒業後、テレビ業界や広告業界で働いていたものの、本当にやりたいことは「旅をすること、書くこと、ものを書いて生活すること」と気づき、仕事をやめて中南米諸国やアメリカ、インド、ネパール、オーストラリアなどをめぐり、2003年に、出版社プラネタ社に送っていた長編『舌のこそばゆさ』が刊行され、作家としてデビューします。

その後は国内外で文学的力量が高く評価され、2007年にはヘイ・フェスティバルの「39歳以下の傑出したラテンアメリカ作家39人」の一人に選出。
やがて2017年に刊行した代表作『雌犬』は、世界15か国語以上に翻訳され、2018年コロンビア・ビブリオテカ小説賞、2019年英国PEN翻訳賞を受賞。そして2020年には全米図書賞翻訳部門最終候補にノミネートされました。
その他の作品には、長編『珍奇な埃の蒐集家たち』(2007、ラ・マル・デ・レトラス小説賞受賞)、『イグアナの陰謀』(2009)、短編集『赤ずきんはオオカミを食べる』(2012)があり、最新長編『深淵』(2021)で、スペイン語圏最高の文学賞の一つであるアルファグアラ賞を受賞しています。
暗く複雑な人間の側面を、簡潔かつ濃密に描くスタイルを特徴としていて、現在、世界的にも大きな注目を集める実力派作家です。
 
※作者Twitterはこちら

4.装幀・装画について

装幀は、デザイン事務所アルビレオ草苅睦子さん、装画は、書籍の装画からファッション広告に至るまで活躍中の気鋭のアーティストのPOOLさんに描き下ろしていただきました。

彫刻作品と見まがうほどのリアルさと透明感で、一度見たら忘れられないPOOLさんによる個性的で引き込まれる装画は、なんと3Dモデルで作られています。
 鬱蒼としたジャングルを背景に、雌犬チルリと女性ダマリスの姿を、作品の描写通りに、たいへん細かく丁寧に仕上げていただきました。


また、扉のデザインには、開いた時にぐっと目を惹くような仕掛けが施されています。

本文は読みやすくなるよう、ゆったりと組んでいます。

カバーをめくった表紙も、シンプルながら非常にスタイリッシュな仕上がりです。

ぜひ書籍を手に取って、開いてみて、読んでみてください。
(デザイン、用紙の質感にまでこだわった紙の本がおすすめですが、気軽に読める電子書籍版を今回もご用意しておりますので、電子派の方はぜひご利用下さい。)

本作『雌犬』は、これから訪れるうだるような季節にもぴったりの一冊です。 ぜひ本書を手に取り、世界でも話題になった濃密な読書体験を味わってください!

雌  犬

ピラール・キンタナ
村岡直子 訳
四六判 ・176 頁
ISBN978-4-336-07317-4
定価2,640円(税込)



 



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