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ToriKudo At Goodman 1986-1984を聴いて思い出すことなど

さて、せがんだわけでもないのに自動的に?送られてきたこのボックスセットを、猫を膝に、少しだけ面倒がりながら聴いているわたしはなんとゆう幸せものだろうか。そのような厚遇に値するような所業を、わたしがやってきたとは思えないのだが。

Tori Kudo 
At Goodman
1984-1986

最初に、冬里氏からコメントを頂いているので、貼っておきます。
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シャーペンのリズム 事務員風の踊り
というのが今聞くと好きです

エピソードはたくさんありますがみな公にはできないようなことなので書けませんね
国立の金田一さんの家に居候していたので浩一郎もよく遊びに来ていて、立川の、名前は忘れましたがプログレの、夢一族系のコミュニティといろいろありました

演奏者のことで言えば1枚目のカズーは伊牟田かもしれないです

伊牟田とはセロ弾きのゴーシュにはインスパイアされた赤旗白旗シリーズというのをやったことがあります。赤旗白旗を持った彼がピアノの中にしゃがんで、ピアノを 聴きながら自分の判断でどちらかを揚げてもらう、という趣向でした。

1983の大晦日には西部講堂にご一緒した記憶があります

1984の3月と6月にシェシズがgattyでやっているのでその時もどちらかで一緒に演奏をした記憶があります

9月にシェシズで京都大阪に行っていますがその時は泊まらずに新幹線で一緒に東京に帰った記憶があります

だからちょうどマヘルのための曲を書いている頃の僕を見ているわけですね

その後はずいぶん会わなくて覚えているのは下北で結婚式があった時

以下記録に残っているライブ一覧です

1984
1.2 a-musik@山谷 "越冬闘争コンサート"
3.12 che-shizu@gatty
3.17 a-musik@gatty
6.22 @goodman
che-shizu@gatty
8.18 a-musik@寿町職安前広場 "フリーロックコンサートin寿"
8.30 @goodman
9. @goodman
9.13 che-shizu@京都 studio varie
9.14 che-shizu@大阪 スタジオあひる
10. @goodman
10.23 ミントチョコレート/che-shizu/a-musik@和光大学 “反日アンデパンダン”
11. @goodman
12.14 mshb/光束夜/highrise psf@kid ilack hall

1985
1.25 @goodman
1.31 mshb@国分寺モルガナ
2.20 mshb@goodman
2.23 mshb@kid ilack hall
3/ @goodman
3.17 @kid ilack hall “21分間連鎖行為芸術祭”
4. @goodman
5.18 @goodman
5.18 che-shizu@la mama
5.24 che-shizu@磔磔
5.25 che-shizu@eggplant
6.13 mshb@西荻 watts
6.14 mshb@baus theatre
6.14 mshb@telepcical
6.28 向井・工藤・風巻・谷川@武蔵野芸術劇場
8.18 che-shizu@crocodile
8.22. @goodman
9.19 @goodman
10.13 mshb@国立公民館
10.23 @goodman
11.9 che-shizu@調布公民館 “公民館運動”
11.18 @goodman
11.24 che-shizu/a-musik/cockc’nell/粉川哲夫etc@和光大学d棟学生ホール “trans- indépendant
11.3 mshb@watts
11.9 向井千惠×工藤冬里@調布 公民館運動
11.24 che-shizu@和光大学
12.15 mshb/che-shizu@国立公民館
12.19@goodman

1986
1.20. @goodman
2.20. @goodman
2.23 mshb/光束夜@国立公民館
3.29 che-shizu@足立区公民館
4.23 che-shizu@candy hall
4.26 @goodman
10.5 che-shizu@荻窪地域区民センター音楽室 “公民館運動”
10.25 che-shizu@下北 loft
10.31 mshb@watts
11.30
mshb@goodman

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以上です。

ライブの記録がしっかり残されているのはさすがだと思った。私の84年の日記なぞ、二日酔いだとか風邪ひいただとかしか書かれていない。わたしは23歳でまだ学生をやっていたが、冬里氏とて、非常に若かった。20代半ばであったろう。音楽に対する気構えが違ったように改めて思った。

さて、とゆうわけで Disc1を聴いている。

すでに売り切れで販促は不要とのことなので、私に求められた役割はよくわからないままだが、勝手なことを綴ろうと思う。

澁谷さん達の丁寧な楽曲解説もついているので、特に無知なわたしが解説する必要もなかろうかと思った。

所々に長めの曲があるアルバムの構成で、とても短い「曲」も含まれている。冬里氏名義のアルバムとしては、圧巻は14曲目の純粋なピアノソロ。


短い曲は、曲とゆうより、風景を切り取った今時のTwitter2分動画のようにも思えた。

それにしても、これらの一連の世界は今となっては神話の世界である。篠田氏の表記が「篠田雅巳」となっており、ベースはどう聴いてもわたしには西村卓也氏のベースに聞こえるのだが、表記は「森下寿一」となっている。これは芸名なのだろうか。それとも私の記憶に断層が生じてしまっただけなのか。

最後に入っている久下氏とのデュオが、構成も立体感があって聴きごたえがある。特に11分目あたりからのピアノソロから再び合奏に展開するあたり。この曲は延々と長い。そして17曲目に出てくる子どもの歌は、ジハちゃんのような気がするのだが、誰かわからない。

全体として、ソロアルバムの名目となっているが、内容は、ここに登場する複数の楽器演奏者全員による一種の記録作品のように思う。

彼は、自分とゆう狭い空間を自我対象として見ているのではなく、自分を生成していた世界全体を、自分として見ている気がする。

工藤冬里を聴いている、感じているあなたも、すでに「工藤冬里」の一部である。冬里を醸成した一連のセッティングこそが、「工藤冬里」そのものである。彼の実体は、実体ではなく、エフェクターや機器類を透過してきた音像、音を吸収し反響する舞台と観客の集合体こそが「工藤冬里」である。

わたしは当時のグッドマンにそれほど足繁く足を運んだわけではないが、小さすぎる店内に大きすぎるブラックホールのようなグランドピアノが置かれ、その向こうで背中を丸めてピアノを弾いていた冬里氏を観に行ったのは記憶している。客は数人。両手に溢れんばかりの小銭を押し頂いて歩く冬里氏は、冗談だったのか、本当につまづいたのかわからないが、小銭を全部、盛大に床にぶちまけて、梅図かずおの漫画に出てくる少女のような絶叫で「ぎゃぁぁぁぁ」と叫んだ。

ちゃんとした記事を書くなどと大嘘を言ってしまった。だってこのボックスセット自体が、ひとつの記事だもの。記事に関する記事は、書けない。

逆に、記事とは程遠い、1984年のわたしの手帳から、わたしの当時の最低な日記を一部抜粋しておこう。

📖📖📖📖📖📖📖📖📖📖📖📖

6/23 福島10MSPのミーティング。のち弥生宅でコーイチロー、西村、ロリー一味と宴。反日アンデパンダンの話。夜中イーハに行く。
6/28 コーイチロー、金田一と浅草で遊ぶ。
6/29 vedda's dream theatre の打ち合わせ。行かず。
7/6 ナムジュンパイク観にいく。コーイチロー、鈴木くん、まりちゃん。
7/30 なにもする気なく暑い。クッションカバーを作ろうとして失敗。夕方、鈴木、西村来る。酒こぼされて困る。
9/7 豊島園へコーイチロー、鈴木、西村、熊井と行く。夜、久保来る。
11/3 安定剤のみすぎて足ふらつき休み。
11/4 この日も体調悪く、加えて雨。猫帰らず。
11/15 電話だけはじゃんじゃんかかる。
11/17 弥生宅、小山、ロリー、ダンカン、まり、洋介、他総17名。
11/18 猫帰ってきた。
11/23 5時京都につく。ナカザ宅。向井さんとリハ。
11/25 ZABO。
11/30 新宿ロフト。人民。町田くんが酔いつぶれて大変。レイズへ行く。
12/1 小山君とフリスのコンサートへ行く。→メリジェーン、ベルリン。
12/3 ラママでコリーナ、須山、原マスミのライブ。面白かった。
12/4 2,3限のあと、半日がかりで風の旅団をみにいった。
12/9 フリスの送別会 新宿どんじゃが。 天鼓、カムラ、やぎさん、竹田、ロリー、大熊、テリー、鈴木、小山(て)、冬里、etc.。終電で帰る。お疲れ。
12/10 5限休講。疲労と風邪で朝から寝てた。日の経つのが早い。

12/13 朝から1曲つくる。夜は伊勢丹7F(吉祥寺)でわたしたちの2034年コンサート。のち、「ぐ」へ。
12/16 カワラン楽団、高橋一派のライブ、テイクオフ7へゆく。すごいひと。のち鮎洋コンビに押しかけられる。頭痛い。
12/17 風邪悪化し夜半より熱。
12/18 無理やり河口湖スタジオへ。メンツは、カメ、板倉、トピー、鮎生、エンジニア、等。明け方まで。
12/19 10時起き、夜半にわたしの出番。またしても明け方まで、板倉のギター難航す。
12/20さすがに皆くたばってしまった。昼頃川口湖畔でお茶を飲んでから都内へ。ばったり眠る。
12/26コーイチローより西部講堂の話。夜、クロコ、A-Musik、4時頃タクシーで帰る。

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あと、冬里くんの当時の フライヤ、持っている。

画像1

画像2

関係ないが、この年のピアソラのチケットと、小山君が書いた欲しいベースの絵も貼ってみよう。なかなか、楽器に対する愛情に満ちた良い絵である。後に彼はこの通りのエレアコタイプのベースをゲットしたはずである。

今の若い人は、説明に絵を描かないね。ネットで検索したら出てくるものね。

画像3

画像4

今日はこれでお終い。また、2枚目以降も聴いて、関係ない話を投稿します。よろしく。

わたしが提示している不明点、質問、疑問については、可能なら誰か返事してくれたらありがたい。

小山景子

2021年6月24日夜半



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