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仮面同好会

 僕はテスト成績が悪い上に部活動に所属していなかったため、ある放課後職員室に呼び出された。担任の田中先生は相変わらずこげ茶色のひらひらした服を着ていて占い師のような格好をしていた。
「どういうことですか? この成績は」
「いやその・・・・・・」
「明日の放課後、北棟の三階に行きなさい。行かなかったら退学です」
 よくわからなかったが退学になるわけには行かなかった。僕は次の日の放課後、北棟の三階で怪しげな部屋を見つけた。

『仮面同好会・・・・・・お好みのマスクを手にとってお入りください』

 廊下に長机に出されていて、そのように書いてある紙が置いてあり、人の顔をかたどった白いマスクがいくつか並んでいた。僕は潔癖性の気があり少しためらったがマスクをかぶって部屋に入った。

「ようこそ仮面同好会へ」
 中は普通の教室と同じように机が並んでいた。座っている生徒は全員が仮面をつけていて異様な感じだった。リーダーと思われる生徒が近寄って話しかけてきた。
「ここのルールは三つ。決して仮面をはずさないこと。決して本名を名乗らないこと。週三回以上出席すること。守らなかった場合は察している通りになる」
「はあ」
「君はなんと呼べばいいのかな。みんな名札をつけているだろう?」
 そのリーダーらしき生徒は「会長」という札を提げていた。「のびしろ」「入道雲」「パンジー」「しゃぶしゃぶ」など皆思い思いの札を提げていた。少しやりとりをした上で僕の名前は「アルミニウム」に決まった。
「じゃあよろしく。アルミニウム君」

 よくわからないまま北棟の三階に通う生活が続いた。僕は「ゲンゴロウ」と名乗る男子と話すようになった。
「実はここには裏ルールというものがあるらしい」
 ゲンゴロウは乾いた声で話した。年上か年下かわかりにくい。
「裏ルール?」
「この仮面同好会から抜けられるルールさ」
「成績が上がればいいんじゃないの?」
「そんな単純なわけないだろう。学校からは反抗的と見なされた退学一歩手前の人間が集められているんだ。もっと危機感を持った方が良い」
 ゲンゴロウがどんな表情で話しているかはわからなかった。
「それで裏ルールというのは」
「誰かの本名を特定すればいいらしい。ちなみに俺はもうお前の本名がわかった」
 僕が呆然としていると会長がゲンゴロウに歩み寄った。ゲンゴロウは会長に耳打ちをした。くすくすとしのび笑いが聞こえたような気がした。
 ゲンゴロウはそれ以降仮面同好会に現れることはなかった。

 別に損をしたわけでもないが僕は傷ついていた。北棟の三階に来ると黙々と本を読み気が向いたら授業のノートを見返した。教科書を取り出したら遠目でも学年がばれる可能性がある。僕のノートは無駄に充実していった。
「そろそろ慣れてきたかい?」
 会長が声をかけてきた。会長は僕の前の椅子に座り体をこちらへ向けた。
「ええまあ」
「裏ルールについても聞いたみたいだね」
「はい」
「確かに僕は本名を特定したケースを学校に報告している。でも誰が誰を特定した、ということだけで実際の名前はわからないし、どのような処分になるかも知らない」
 会長は身を乗り出した。
「どのタイミングが一番ばれやすいと思う?」
 僕は黙っていた。
「廊下で仮面をつける瞬間さ。自分ででもいいし知り合いを使って尾行したり見張ったりすればおしまいというわけさ」
「汚いですね」
「そう? バカらしくて僕は好きだよ」

 実を言うと僕は仮面を持ち歩くようになっていた。誰が使ったかもわからない仮面を使うよりはマイ仮面を持っていたかった。
 考えた末、北棟に入った時点で人気の少ないところに行って仮面をつけることにした。他の人とばったり会ってしまうこともあった。でも気にしないことにした。どうせ向こうには僕が誰だかわからないのだ。
 ある日ついに仮面をつけた生徒と出会った。長髪の女子だった。僕が軽く手を振ると向こうも答えてくれた。特定につながらないあたりさわりのない話をしながら三階へ向かった。この学校に来てから一番安心できた時だったかもしれない。とりあえず次の定期テストは真面目に勉強してみようと思った。

よろしくお願いします。何かしら形にしたい気持ちはあります。