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9月の俳句(2023)

長月終わる?

正確には新暦の9月が昨日で終わった。旧暦では、今年の場合10月15日の新月の日が9月1日になるというから、甚だ分かりづらい。長月は「晩秋」であるから、季節的にはそのほうが合っている。

今年の9月は例年以上に暑かった。それでも季節は前進する。昼間の暑さは真夏と変わらなくても、いつの間にか朝夕が涼しくなり、風が爽やかになっていった。

秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

平安時代前期の歌人、藤原敏行の有名な歌である。『古今和歌集』秋の部の巻頭歌にもなっている。

秋風を詠んだ歌といえば、忘れられない一首がある。万葉の歌人額田王のあの歌だ。

君待つと吾が恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く

恋しい人を待つ微妙で繊細な感覚が表現されていてすばらしい。

さて、「長月」の語源は「夜長月」だとか。秋の夜長を実感するのはもう少し先のことだが、「長月」という一見味気ない名前の奥に、深い味わいを想像するのもわるくない。

長月や梢に秋の気配かな

ほんとうの「長月」はこれからだ!



9月1日

子どもの頃、9月1日といえば「始業式」の日だった。夏休みの宿題や工作を抱えて登校した。友だちに会える楽しさと、休みが去ってしまった残念さが入り交じる日だった。今の子どもたちは、土曜日が休みになったせいで夏休みが短くなり、猛暑の中で授業が始まっている。

9月1日は「防災の日」だった。1923年(大正12年)のこの日に発生した関東大震災にちなんだものである。そして今年はちょうど百年目の節目の年だった。

百年は学びの日なり震災忌

関東大震災では10万人以上の人が死亡・行方不明になった。大規模な火災が発生し、大勢の人が焼け出されて家を失った。震災といえば、阪神淡路大震災と東日本大震災が記憶に新しいが、日本は間違いなく震災列島なのだ。災害の記憶と危機意識は、時の流れとともに薄れていく。記念日はそれらを再確認するためにあるのだろう。

知り合いの先生から、『関東大震災 文豪たちの証言』(石井正己・中公文庫)がいいよ、という案内をもらった。石井正己氏には同趣の著書が何冊かある。まだ読めていないけれど、記憶にとどめておく。


メダカの話

毎朝メダカに餌をやるのは、小三孫姫の役割だ。ベランダにメダカの水槽が三つある。一つは先の冬を越してきた親メダカの水槽。あとの二つはその子供たちの水槽だ。子メダカ水槽のうちの一つは、孫姫のメダカである。
越冬した親メダカは、春先からたくさんの卵を産み、稚魚が増えた。

しかし夏の終わりごろには親メダカたちの寿命が尽きて、その数は徐々に減ってきた。そしてついに最後の一尾「ケンタロウ」が死んでしまった。健康で長生きしたメダカにつけた名前だった。

大いなる旅の終わりや目高逝く

目高にも惜しまるる死あり秋の風

翌日の朝、だれもいなくなった水槽を洗う。底石もきれいにし、太陽の光にさらす。水槽の透明感がうれしい。
夕方、きれいになった水槽にバケツに汲み置きしてあった水を入れ、さらに孫姫メダカの水槽の水を足して、子メダカを移動させる。

秋晴れや次世代目高育ち居り

小三孫姫はカブトムシも飼っていた。名前は「まっちゃ」と「みどり」。2匹はたくさんの子どもたち(幼虫)を残して、9月の中頃に旅立っていった。

幼子が みどりとつけし 甲虫 永遠とわに眠りぬ 草土の下


夜景

9月の中頃、思い立って工場夜景を見に出かけた。行き先は堺泉北臨海工業地帯。夜の阪神高速湾岸線を走ると、上から工場の灯りが眩しく輝いているのが見える。浜寺あたりで高速をおりて、まっ暗な工場地帯に車を進める。赤白に塗り分けられた煙突から炎が噴き出している。しかし、工場地帯に入ってしまうと、逆に夜景が見えない。おまけにまっ暗で、どこを走っているのかわからなくなる。

大きく場所を移動して、遠くから工場群を見渡せるところを探す。すぐ前が海で対岸に工場群が見える場所を見つけたが、あまりにも離れている。

スマホと古いコンパクトデジカメでは撮影できそうにないので、早々にあきらめて眺めるだけにする。

遠灯りひたすら黒き秋の海

秋の海眠らぬ国の浮かびけり


彼岸

9月23日は秋分の日。この日を境に昼の時間が夜の時間よりも短くなっていく。そして彼岸の中日でもある。
マンションの中庭に出ると、2羽のヒヨドリが木々の間をすばやく飛び回っていた。今頃の時期に求愛行動だろうか。よくわからないが、みごとな飛行がおもしろい。

鵯の追いつ追われつ秋彼岸

庭に生えてくる雑草を抜く。雨が降った後は土が軟らかくなって抜けやすいが、晴天が続くと地上の部分だけちぎれて根が残る。痛っと思ったら、蚊が腕にとまっていた。時すでに遅し。

秋の蚊に喰われて痛き草の庭


髙島屋東別館

日本橋の堺筋に面して建つ古いビルディングが、以前から気になっていた。髙島屋東別館という。

これについては、また別の機会に書こうと思うが、この建物の3階に髙島屋資料館がある。内部はかなりリフォームされているが、昔のエレベーターが残されていた。

エレベーターの階を示す針が、時を刻むのを止めた時計の針のように思えた。

盤面の古き数字やとき流る


中秋の名月

9月29日は中秋の名月、「お月見」だった。今年は旧暦の8月15日と満月が重なり、まん丸の澄みきった月を愛でることができた。
前日は曇り空で、雲の間から時々顔をのぞかすだけだったが、お月見の夜はみごとに晴れた。

雲間よりのぞく月影風寒し(十四夜)

三五夜に掛けて欠けざる月を愛で(十五夜)

十六夜や月見団子の売り切れし(十六夜)


運動会

秋は運動会や体育大会の季節。とはいうものの、最近は6月頃に行う学校も多い。孫たちの小学校もそうだった。
我が家と道路を挟んだ向かい側に、小学校がある。ここは昔のまま秋に運動会を実施する。この半月余りは、運動会の練習が連日行われていて、放送の声や音楽が賑やかだった。そして月末30日の土曜日、いよいよ本番の運動会が行われた。
「皆さん空を見上げてください。雲一つない好天になりましたね。1年生の皆さんは初めての運動会、6年生の皆さんは最後の運動会になります。」
校長先生の挨拶の声が聞こえてくる。
今日一日我慢すれば、またもとの静かさが戻るのだろうが、ちょっとさびしいかも。

赤白の応援の声天高し


「9月の俳句」、一日遅れで何とか完成しました。もう少し写真が欲しかったな、と思います。肝心の俳句はといえば、いまいち納得のいくものはありません。句を詠もうという意識が希薄なひと月でした。もっと自由に言葉を生み出したいですね。


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