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母の口癖は「お店のパスタより自分で作ったペペロンチーノの方が美味しい」だった


私の母はかなりの自信過剰でわがままで、世界が自分を中心に回っていると本気で思っているような人だ。
そんな母の口癖は「お店でパスタ食べるくらいなら自分で作る、だって自分で作った方が美味しいもん」だった。

母は確かに料理が得意でレシピなんて見ずにぱぱっと作ってしまうし、母の作る料理はとても美味しかった。
そして母は舞茸ペペロンチーノをよく作ってくれた。

しかし私は母が作る舞茸ペペロンチーノだけは苦手だった。
スライスされたにんにくは少し焦げすぎていて苦みが出て、逆に舞茸は水分を飛ばしきれておらず旨味が濃縮されていない、唐辛子は使わない。
それでも母は自分の作るペペロンチーノが世界で一番美味しいと思っていて、私の味覚がおかしいと思っている。

これは、要するに「好みの問題」なのだ。
私は、舞茸は事前に乾煎りしてうっすら焦げ目をつけ、にんにくは粗みじんで弱火で加熱してオイルに香りをつけるくらいがいいし、唐辛子と胡椒がピリっと効いてメリハリがある味のペペロンチーノが好きだ。

今私がお店でペペロンチーノを食べると「なんだか物足りないな、私ならもっとこうするのに」と、さながら母のような考えが浮かんでしまう。
それは私が毎日食事を作り、ペペロンチーノを作るときには100%自分の好みに合わせて作るようになったからだ。
毎日食事を作っているからこそ「お店で作るより自分で作った方が美味しい」と思えるのだ。
食事を作らない人にはわからない感覚なのかもしれない。実際当時の私はわかっていなかった。

そして毎日食事を作っていた母からすれば、娘がお店のパスタを食べて「これすごく美味しい!」と喜んでいたのも理解できなかったのかもしれない。
だって「母の100%のペペロンチーノ」をいつでも作ってあげられるから。

だが当時の私には「自分の好みに合わせて作る100%のパスタ」はまだ概念として存在しておらず、「お母さんの作るちょっと苦いペペロンチーノ」と「お店が作ったそこそこ美味しい万人受けするペペロンチーノ」しかなかったのだ。
正直どっちかというとお店のパスタが好きだった。
ペペロンチーノの気分じゃなかったら色んな種類選べるし。

でも今なら少し「お母さんが作るペペロンチーノの方が美味しいのに!」と憤慨していた母の気持ちが理解できる。
そして母に私の作った「私にとっての100%ペペロンチーノ」を食べてもらいたいなと思う。




ちなみに母は存命でめちゃめちゃ元気に毎日を過ごしている。
母はカルボナーラを作ったことがないので、こないだカルボナーラを作ってあげたら「ソースが多くて気持ち悪い」と言ってきた。好みに合わなかったらしい。
母にとっての100%カルボナーラはこの世に存在するのだろうか。

おわり

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