好きな本のお話

いつも自分の作品についてばかり投稿していますが、時には好きな作品について語ろうと思います。
私がライト文芸の中で一番好きな作品は三秋縋さんの「いたいのいたいのとんでゆけ」ですね。この作品は、私が応援している小説家さんが好きだとおっしゃっていたのを聞いて購入して、今では私の愛読書の一冊です。この先、作品のネタバレを含みますので未読の方は注意してください。

あの作品の一番好きなところは、陰鬱な心情や情景を緻密に繊細に描写するところです。タバコや死体の匂い、薄暗い自室、そして鮮血に濡れた少女。どのシーンを切り抜いても手に取るように頭に情景が浮かび、時には吐き気すら催す書き表しようが美しいなと感じました。
また、瑞穂と霧子の対比や関係性の変化が興味深い作品でした。かつての死に急ぐ友人をなくし、死なない理由を探す方が難しい主人公と、いきたくても生きにくく、突然の死によって与えられた猶予10日程度の人生を少しでも安心して過ごすために人を殺す少女。そして、アパートの隣の部屋の美大生と言う何度も不可思議で器用で不器用なキャラクターがとてもいい味を出していると思います。

また、読んでいて感じたのは村上春樹の「風の歌を聴け」のような場面展開ですね。偶に作品で見かけますが、唐突に回想を織り交ぜる事によってその状況をより鮮明に描き出したり、厚みをもたせたりする手法が何度か用いられているのですが、ちょうどいい塩梅で作品の流れを崩さないようにされているところに感銘を受けました。自分では到底真似できない表現方法に感服しながら何度も読み返しています。

そして、あの作品は元気の出る物語なんです。陰鬱で殺伐としたストーリーの中で、これ以上ないどん底から見上げる世界の美しさと、底から抜け出さずに幸せにを見つけること。これはあとがきを読んでから、二度目に読んだときに理解しました。少し違うかもしれませんが安部公房の「砂の女」の終わりのような感覚がありました。こんな状況でも人は生きていけるし、幸せになれるんだという安堵や元気をもらえる作品でした。多分これが伝えたかったことなんだろうと信じています。

「いたいのいたいのとんでゆけ」はぜひとも手にとって読んでいただきたい作品です。もしも書店等で見かけることがありましたら、ぜひ薄暗い幸せを味わってみてください

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