見出し画像

妄想日記⑥もしも私がおじさまだったら。

由梨は綾子の他にも昔の仲間を何人か訪ねたそうで、みんな目を白黒させて逃げたらしい。
そのうち二人はすぐに転んで起き上がれなかったそうだ。
「年取るとね、何にもないところで転んでなかなか起き上がれないんだよ」
カラオケボックスで歌いまくって夜明かしをした朝、疲れ切ってソファにもたれながら俺たちは手をつないで話していた。
「厚底の靴履いて走り抜けていたのに?」
脱ぎ捨てた厚底ブーツを眺めて由梨は鼻で笑った。
「色々失うんだよ、知らないうちに」
「きゅうしょくのおじさんも?」
「ああ。無くしてばかりだよ」
「そう考えると私は死を選んで幸せだったのかも」
「でも、死にきってないんでしょ?」
由梨はソファに横たわり、俺の太ももに頭を乗っけてきた。
目を閉じて再び話し始めた。
「さあ。でも、死んでるんじゃない?皆、『何で?』『死んだはずじゃ』っていうよ。私、駅のホームから電車に飛び込んだの。痛いって思って目を開けたら、電車から降りてきたおばあさんに時間旅行に誘われたってわけ」
「来てよかった?」
「わからない。今はただ眠いかな」
俺は由梨の髪をなでた。
「寝たらいいよ。時間が来たら起こしてあげる」
「先に帰ったりしないでよ」
「そんなことをするわけないじゃないか」
しばらくしてから由梨は寝息を立て始めた。
くびれたウエストや寝ころんでもあまり崩れていない胸に目が行く。
キスをするかどうか迷ったけど、しなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?